第六十話 街道の開通式の朝。
昨日やっと、新王都と旧領都の間へ街道の敷設が終わったんだ。
今日は午後から、街道の開通式がある。
この先、近い将来、父さんはクレンラード王国の公爵位を還す予定だ。
なるべく遅れないように、旧領都の外側、クレンラード王国との間に国境を作らないといけない。
窓の外はまだまだ薄暗い。
流石に今朝は、デリラちゃんに起こされる前に起きたよ。
昨日は、酒は控えめにして早めに寝たし。
『ねぇウェル。起きてるかしら?』
「(あ、おはよう。エルシー。珍しいね。どうかした?)」
朝っぱらからエルシーの方からご挨拶。
彼女はまだ、大太刀のままなんだろう。
だからこうして直接、俺の頭に話しかけてこられるんだ。
今日はこれからきっと、マナの消費を節約する必要があるんだろうね。
そうじゃなければ、最近はマナが足りてるはず。
だから姿を見せて、俺に話しかけてくるはずなんだよ。
『あのねウェル』
「(うん?)」
『今日はほら、午後から街道の開通式でしょう?』
「(そうだね)」
『それでね、お願いがあるのだけれど』
「(いいよ)」
『あら? まだ何も言ってないわ』
「(だってさ。エルシーが必要だからでしょう?)」
『そうね。ありがとう。あのね、ちょっと早めにマリサちゃんたちのとこへと行って欲しいのよ――』
朝からエルシーが頼み事。
早めに旧領都へ行きたいとのことだった。
どっちにしても、色々と準備があるから了承。
俺はエルシーの眠る部屋へ行き、大太刀の姿のエルシーを腰に差した。
そのあと、ナタリアさんのいる厨房へ。
「ナタリアさんいる?」
「あらあらあなた。おはようございます。もう起きていたのですね?」
「おはよう。あのさ――」
「ちょっと待ってください。簡単に朝ご飯を詰めておきますので、あなたはデリラをお願いしますね」
俺の姿を見て、朝ご飯を食べてる余裕がないことなどを、
皆まで言う前に、色々と察してくれてるんだろうね。
さっそく朝食だったご飯を、お弁当に詰め始めてくれる。
本当によくできた奥さんなんだよね。
「ありがとう。助かるよ」
『ごめんなさいね。ナタリアちゃん』
「いいえ。おはようございますエルシー様。お気になさらないでくださいね」
『ありがとう』
俺はナタリアさんのいる厨房を後にする。
次はデリラちゃんの部屋。
彼女はお姉さんになるから、あ、そういう意味じゃないよ?
もうすぐ六歳になるからさ、何もなければ自分の部屋で寝るようになったんだ。
例えば、エルシーと眠ったりしなければ、という意味でね。
「(デリラちゃん――)」
ナタリアさんが呼びに来る前。
それこそまだ朝早いから、規則正しい寝息が聞こえてくる。
『こんなに朝早いんですもの。寝ていても仕方がないわよ。それにしても……』
「(うん。可愛いよねぇ……)」
親馬鹿な俺と、孫馬鹿なエルシー。
『孫馬鹿。……否定できないわ。あなたはあなただったけれど、デリラちゃんは別格ですもの』
「(俺もそう思うわ)」
着替えはナタリアさんが用意してくれているだろうし。
ドレスは腐るほど母さんが持ってる。
俺はデリラちゃんをそっと抱き上げて。
うん、可愛い。
しつこいけど。
「――ぱーぱ」
「?」
やば、起こしちゃった?
「――みみずたべるの?」
寝言だった……。
「(いつのときの夢みてるんだか……)」
『うふふ。まだ半年ほどなのにね』
「(まったくだよ)」
でも、あれがなければ、今こうしていないんだ。
ありがとう、デリラちゃん。
お義母さんに見送られて、俺たちはナタリアさんを連れて朝一番で旧領都へ。
「ルオーラさん。ゆっくりお願いね?」
『かしこまりました』
凄い。
まるで揺れを感じさせない浮上。
あ、やっぱり。
木の高さくらいしか上がらないで飛んでくれてる。
これも凄い気遣いだよね。
助かるわ。
旧クレイテンベルグ城。
父さんたちの邸宅へ到着。
日も昇りきっていないほど薄暗い時間なのに。
執事のエリオットさんがお出迎え。
あ、エルシーの気配。
デリラちゃんの額にキスしたら。
『わたし、行くわね』
「(うん。いってらっしゃい)」
俺の耳元でそう言う。
そのまま急いで邸宅へ入っていくエルシー。
急いでたんだね。
『おはようございます。こちらへどうぞ。若様。奥様』
小声で話しかけてくれるエリオットさん。
デリラちゃんが寝てるのをわかってるんだ。
俺たちはこっちにある俺たち夫婦に用意されている部屋へ。
実はここ、母さんが用意してくれてた俺の部屋。
俺が十五歳のとき、母さんの膝で泣かせてもらったあの部屋なんだ。
調度品が入れ替えられてる。
あのときよりもベッドが大きい。
俺が使わない姿見。
ナタリアさん用に用意してくれたんだろうね。
もちろん、壁のあちこちにある収納には、デリラちゃんのドレスや、ナタリアさんのドレスが山のように詰められて、いつも綺麗にされてるらしい。
ちなみに、俺の服はない。
昔は母さんが用意してくれてたんだけど、討伐で使う作業着のようなものが多くなったから。
それでも今日の服装は、母さんが用意してくれたもの。
ほんと、俺も可愛がられてるって、実感するよ……。
デリラちゃんをベッドに寝かせる。
うん。
肝の太い子だよ。
ぜんぜん起きなかったし。
しっかしまぁ。
『みみず』ってどれだけ印象深いものなんだか。
あれから何度か寝言に出てくるんだよ。
ナタリアさんが言うには、最初に出会ったときのやりとりが楽しかったからじゃないかって話。
みみずってさ、子供には可愛く見えるかも知れないけど。
てかてかに黒く茶色く光ってて。
うねうねしてて、どうなんだろうね。
俺はちょっと、そうは思えないわ。
大人になったんだろう、俺もね。
ちなみに、ナタリアさんは苦手なんだって。
デリラちゃんがつまんで持ってきて。
怒ってしまったんだってさ。
それ以来デリラちゃんは、棒でつつくくらいに我慢してるんだそうだ。
だから俺もつつかれたのか?
「あなた」
「ん?」
「ご飯。どうしますか?」
結構慌ただしかったんだけど。
なんとも慌てる素振りを見せない、落ち着いたナタリアさん。
「あ、そうだね。デリラちゃんが起きてからにしよっか」
「わかりました。お茶だけでも」
「うん。もらおっか」
「はい、あなた」
相変わらず、かいがいしく俺たちの世話をしてくれる。
基本的に世話好きなんだって、お義母さんも言ってたっけ。
良いお嫁さんをもらったよ、俺は。
ほんっと、感謝してます。
ナタリアさん。
「――ぱぱ」
「お?」
「――みみずたべる……」
「あ、あぁ……」
「うふふふ」
寝言だった。
そりゃそうだよ。
まだ外は薄暗いんだもんね。
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