第五十八話 母たちは町へ買い物に、俺たちは屋敷で打ち合わせに。
クレイテンベルグの建国宣言をしたからって。
俺が国王になったからって。
鬼人族の集落にいたときと、実際にやらなきゃならないことは変わったりはしない。
新しい王都と、旧領都。
ついでにクレンラード王国の面倒をみるようになったから。
守備範囲が増えたくらいだと思ってるんだ。
それに今は、俺だけじゃなく鬼の勇者たちが一緒だ。
昔みたいにある程度、魔獣が育ってしまう前に間引いているから。
俺が勇者だったときと、あまり変わらないはず。
あのときと違うのは、機動力くらいかな?
当時の俺は、騎士団を連れて歩いていた。
俺にはほら、エルシーがいたから、魔獣は生きてるうちは聖剣――いや、魔剣じゃないと傷をつけられない。
どんなに鋭利な剣だったとして、マナを帯びてる皮膚を貫くことができなかったんだ。
俺が倒した魔獣は、後ろで控える騎士たちが回収をする。
城の解体所に持ち帰ったら、解体専門の部署があって、そこで魔石なんかを回収する。
そんなことの繰り返しだった。
あのころは、魔獣が育つ前に討伐してたから、育ってしまって脅威になる前に、俺らが魔獣の元へ出かけて倒していた。
だからうまく間引くことができていた。
マナを無駄に浪費しない、効率の良い方法をとっていた。
もちろん、エルシーのサポートあってのことだけどね。
ただ、俺が追い出されたあと、あの元騎士団長が頭の悪い指揮をしてたんだろうな。
ある程度育つまで、魔獣が国を脅かすまで放っておいたんだろう。
だから俺の後任勇者のベルモレット君。
彼は身体ができる前に、育っちまった魔獣を相手にしたんだ。
彼が疲弊するのも仕方のないこと。
おかげで、母さんが代わりに出なきゃならない状況になった。
正直、父さんも気が気じゃなかったと思うよ。
あれはロードヴァット兄さんの失態だ。
俺は助けてやることはできないよ。
怒った母さん怖いもの……。
父さんは、もっと怖いもの……。
あぁ、思い出すばかりで話が脱線したわ。
機動力の違いだっけ?
今は四人の鬼の勇者たちと、俺を入れて五人。
それぞれに一人ずつ、グリフォン族のパートナーがついてる。
俺にはルオーラさんが。
ライラットさんには、ルオーラさんの従兄弟でエルーオーラさん。
ジョーランさんには、同じく従兄弟のベルオーラさん。
ジェミリオさんには、女性のアリアーナさん。
アレイラさんには、同じく女性トトリーナさん。
彼らは俺たちを乗せて空を飛べる。
馬なんかとは比べものにならないほど、広い範囲を速く移動できるんだよ。
馬には悪いんだけどさ。
だから毎日、上空偵察を行って拠点へ戻ってくる。
ルオーラさんたちグリフォン族は、俺たちよりも目が良いから、魔獣をしっかり視認できる。
一度拠点に戻ってきて、何人でやれるかを相談。
俺が出なきゃならない魔獣かどうか判断して。
適切な人数で討伐にあたる。
クレイテンベルグの領地は、とにかく東西に広い。
未開だったこの場所と、元々クリスエイル父さんの領地だった場所。
合わせるとクレンラード王国の敷地とほぼ同じくらい。
いや、それ以上あるかもしれないんだ。
俺たち鬼人族の索敵範囲は、南側にあるクレンラード王国の南側全体。
クレイテンベルグの東の森、北の岩山。
幸い、西と南は海に囲まれてるから、魔獣が出てくることは少ないんだ。
クレンラードとクレイテンベルグに害する魔獣は、基本的には陸生だということになる。
だから俺一人でも勇者だったころはやっていけたんだよね。
食肉として利用できる魔獣だった場合、基本はライラットさんとジョーランさん。
そうでない場合は、ジェミリオさんとアレイラさんも一緒に出て、さっさと倒して魔石を回収。
その場で魔獣は燃やして埋めて帰ってくる。
実に慣れたものだよね。
そりゃそうか。
東の森の大討伐のとき、あれだけ倒してあれだけ処理したんだ。
嫌でも慣れちゃうよね。
でも本当に強くなった。
正直四人とも、元勇者のベルモレット君を、片手であしらうくらいだと思うよ。
勇者って、何だったんだろうね。
俺が言うのもなんだけどさ……。
王国がミスをし、母さんが出なければならなくなったあのとき以来、将軍クラスと呼んでいた強い個体に育った魔獣は発見されてない。
だからほとんど、俺が出て行くことはないんだ。
俺の仕事は毎日、クリスエイル父さんとどうやって開発を進めていくか。
そんな国王。
長らしい仕事になりつつあったんだ。
▼▼
今朝は、父さんの身体を、ナタリアさんが診てくれてた。
最近では、以前とは考えられないほど調子が良いんだって。
好きなお酒も少しだけ飲めるようになったからって、マリサ母さんに窘められてることがあるくらい。
俺を信じて、命をかけてくれた父さんなんだ。
好きなことをさせてあげたいのは、ナタリアさんと一緒。
けれど、母さんの言うことは絶対。
俺も逆らえない部分があるから、仕方ないよね。
クレンラード王国とのやりとりも、父さんがやってくれるから話が早い。
あちらへ行く際、父さんと一緒に、母さんも行くんだけど、そこにこっそり侍女に扮したエルシーが同行するんだって。
勇者だったころのエルシーの姿は、文献にも残ってはいない。
いざ何かあったら、母さんたちを守れるようにだって。
要は好きなようにできているってこと。
だから俺は安心して送り出せるんだよね。
以前にも増して元気になった父さんは、旧領都の皆さんの前に出られるようになった。
皆、俺のおかげだからって持ち上げるものだかさら、大変なことになっちゃったんだよ。
俺が治したんじゃないんだ。
ナタリアさんなんだよ。
大きな声では言えない事実なんだけどさ。
俺は壊して作り替えることしかできない。
でもナタリアさんは違う。
俺にはできないことを、鬼人族の女性はやってのける。
もう、あたま上がりませんって。
ということで、旧領都の経済を回すために、ナタリアさんとデリラちゃん。
エルシーと母さん。イライザ義母さんとで買い物に出てる。
女性が良いだろうってことになってさ。
万が一を考えて、今日はアレイラさんとジェミリオさんの二人がお供についてくれてる。
彼女たちがいたなら、ほぼ万が一はあり得ない。
一番冷静で、一番冷酷な判断ができる二人だからね。
元騎士団長のあれがいたときが、そうだったから。
エリオットさんと、ルオーラさんの執事組二人は影から。
グリフォン族のアリアーナさんとトトリーナさんも、屋根の上から見守ってくれてる。
だから俺としては安心なんだよね。
こうして上から手を振りながら、皆さんのことを見ていると。
俺たちに気づいて手を振ってくれる。
俺?
俺と父さんと、母さんの弟で交易商人のバラレックさんの三人で打ち合わせの真っ最中だよ。
留守番だよ。
今は一息ついてるところだよ。
仕方ないさ。
可愛い娘と可愛い嫁さんのためにはさ、お父さんは頑張らなきゃならない。
「まだ城しかできてないし、宿とか雑貨屋とかの店なんかも仮設の状態なんだよね」
「慌てないでいいと思うよ」
父さんはそう言ってくれるけど、ナタリアさんも言うように、あまりゆっくりはできないんだ。
お読みいただきありがとうございます。
この作品を気に入っていただけましたら、ブックマークしていただけたら嬉しいです。
書き続けるための、モチベーションの維持に繋がります、どうぞよろしくお願いいたします。