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第五十六話 『いいかげん、自覚しなさいね?』

 俺は、デリラちゃんが寝た後に、酒を飲むことにしてるんだ。

 可愛くて仕方がないあの子の全部をさ。

 見逃したくないから。

 これはナタリアさんも知ってる。

 イライザ義母さんだって、エルシーだって知ってること。


 俺は、デリラちゃん、ナタリアさん。

 エルシーと、イライザ義母さん。

 そして母さんと父さん。

 みんなに感謝してるんだ。

 酒が入ると気持ちが楽になるから。

 繰り返すように愚痴ることがあるらしいんだ。

 ナタリアさんと一緒になる前。

 最初に聞いてもらったから、もう恥ずかしいことじゃないんだけどね。


 俺はナタリアさんに、こんな話をしたことがある。

 しばらくの間、生を共にするからこそ。

 聞いて欲しかった、今となっては昔話みたいなものだけどさ。


 俺が勇者だったとき、勇者だった母さんから話を聞いた。

 エルシーからも教えてもらった。

 俺はさ、あまり頭が良い方じゃなかったからさ。

 外にいるのは全部、魔獣――あの頃で言うところの魔物だと思ってたんだよ。


 魔物にだって、猪型のもののように。

 食べることができないもの。

 食べることが、できるものがいる。

 俺が勇者じゃなかったときはさ、勇者だった母さんが倒した魔物の肉だけをさ。

 食べて育ったわけじゃないはずなんだ。


 普通の獣と、魔獣の境目はわからない。

 どこからみても、普通の獣にしか見えない。

 剣や槍を、獣の毛や皮に刺してみないとわからない。

 俺が当時に知っていた、魔物の定義。


『息のある魔物は、聖剣でないと傷をつけられない』

『とどめを刺すことも叶わない』

 俺が勇者だったときに身をもって知ったこと。


 魔獣とそうでない獣。

 俺が勇者だったときにも感じていた違い。

 鬼人族の集落でも、倒せる獣はいた。

 ただ、魔獣化したものは倒せなかったって聞いてる。


 俺はさ、成人したときの『勇者選別の義』のときにはもう。

 本当の母さんも父さんも亡くしてた。

 なんでもない獣の群れに、俺が生まれた村は、襲われたって聞いてる。

 ナタリアさんのお父さん、お母さんもそうだったって、イライザお義母さんから聞いたんだ。


 俺はさ、十五になったとき、絶望しかなかったんだ。

 でもさ、聖剣エルスリングが応えてくれたと思った。

 歓喜に震えたよ。

 枯れてしまった涙が再び、それ以上に何もかも、身体の外へ漏らしてしまうかと思ったくらいに。

 『魔物を倒せる』それだけで、あの頃の俺には十分だった。


 俺は勇者になったんだ。

 俺は皆の希望になったんだ。

 俺は皆の見本にならなきゃいけない。

 それは二十年間、勇者の勤めを果たしてきた母さんと。

 最初に交わした約束なんだ。


 母さんもそうだったから、俺にもそうであるように教えてくれたんだ。

 辛くても笑っていなさいって。

 きつくても笑っていなさいって。

 自分にも俺にも厳しい、勇者の先輩だった母さん。


 でもね。

 その代わりにさ。

 『私と二人きりなら、泣いてもかまいませんよ』

 そう言ってくれた。


 婚約したばかりの、公爵だった父さんも。

 知ってたんだよ、俺に母さんがそうしてたってことをね。

 だから母さんは、嫁いだ後も俺を屋敷に招待してくれて。

 膝を貸してくれて、泣かせてくれたんだ。


 嬉しかったよ。

 泣くだけ泣いてさ、少しだけ楽になって。

 部屋に戻ったときに思ったんだ。

 もしかしたらさ、勇者になっていなかったら。

 こうして、泣かせてもらえることも、なかったんじゃないかってね。


 でも俺はある日を境に、泣かなくなった。

 それは、エルシーの声が聞こえたからなんだ。

 母さんと同じくらいに、厳しくて優しい女の人の声がね。

 常に背中を押してくれるんだ。

 彼女の声が聞こえてたから、寂しくなくなったんだ。


 最初は俺が、おかしくなっちゃったのかとも思った。

 でもそうじゃなかった。

 剣の中に。

 俺の中にエルシーがいてくれたんだよ。

 だから寂しいなんて、思ってる余裕がなくなったのかもしれないね。


 エルシーの声が聞こえるようになってからも。

 それでも俺は、母さんと父さんの元へは足を運んだよ。

 感謝以外なかったからさ。

 『ありがとう』って言いに、通わせてもらったんだ。


 倒せる獣には、魔石がない。

 ぎりぎり倒せた魔獣には、かけらのような魔石があった。

 鬼人族にとっても、魔石は貴重なものだった。

 だからグレインさんが夢に抱いていた、魔石だけで剣を打つこと。


 魔族の領域だからって、必ず魔獣がいるわけじゃない。

 けれど、長年追いやられて、あの場所に移るしかなかった。

 俺たち勇者の存在は、風の噂で聞いてたんだって。

 人間なのに、魔獣を倒せるからって。


 魔獣を追い払う唯一の手段。

 それが『鬼走り』だったんだろうだ。

 魔獣よりも強い存在がいる。

 それを示せる唯一の手段。


 俺がもう少し早く、あの国を追い出されていたら。

 そう思っていても仕方がないって、わかってはいるんだけどさ。


 ▼▼


 俺の一人娘の、デリラちゃんは可愛い。

 もちろん、奥さんのナタリアさんも可愛い。

 対外的には王妃様だけど、家ではこうして忙しく動いてくれる。

 だから俺は、外で頑張れるんだ。

 なにせ『ぱぱさん』だからさ。


 デリラちゃんが寝ちゃったあと、エルシーたちと酒を飲んでいたとき。

 グレインさんと、魔石について話をしてたんだ。


「これがマナを失った魔石か」

「そうだね。こうして明りにかざすとさ、綺麗に光るんだ。だから宝飾品にも使われるって話。無駄にはならないんだってさ」


 ナタリアさんが首につけてる宝飾品も、マリサ母さんから教えてもらって旧領都で買ったものなんだけど。

 透明になった小さな魔石が使われてる、そこそこ良いものだったんだよね。

 もちろん、エルシーもイライザ母さんも身につけてる。


「なるほどな。これもある程度以上の硬度があるから、刃物に利用できるんだろう」

「うん。そう思う。同じ魔石だからね。ライラットさんたちには無理みたいだったけどさ。、この小さいのを俺はさ、ひとつにできるわけじゃない?」


 俺やエルシー、鬼の勇者のライラットさんたちは、身体のマナで魔剣を制御できる。

 けれど、いわゆる『新種の魔族』みたいな俺はさ、もう一段階無理目なことができたんだよ。

 だからいつものように、小さな魔石をくっつけるようにして、光を失った魔石をまとめてみたんだ。


「うぉっ!」

「あぁっ?」


 俺とグレインさんは真面目に驚いた。


「どうしたの、ウェル?」


 エルシーが心配して声かけてくれた。

 気持ちよくお酒を飲んでるエルシーには、楽しんでもらいたいからさ。

 別に隠すことじゃないけど、検証してから話そう。

 俺はそう思ったんだ。


「あ、後で説明するよ。驚かせてごめんね」

「それならいいのだけれど……」


 俺の手先を興味津々で覗いてたグレインさん。

 お酒を片手に、口に運びながら気軽にやってた俺。

 透明な魔石がなんと――赤みを帯びてきたからなんだよ。


「ちょっと待ってくれ、すぐ戻る」


 グレインさんは自分の工房に走って行った。

 するとすぐに持ってきたのは、明かりの魔法回路。


「まずはこれにな、……そっちの魔石を」

「う、うん」


 マナを失ったはずの、透明な魔石を魔法回路に嵌めてみた。

 予想通りだけれど、うんともすんともいわない。


「そりゃ、そうだよな」

「うん」


 透明な魔石を外して、グレインさんが手に持ったのは。

 俺がついさっき赤く染めちゃった、空だったはずの魔石。


「こんどはこっちな?」

「お、おう」


 恐る恐る、嵌めてみると。


「……やはりこうなったか」

「まずいね、これは」


 うっすらと明かりが灯ったんだよ。


「じゃ、こっちやってくれるか?」

「あぁ。やってみるよ」


 俺は透明な魔石に、マナをなんとなく突っ込むようにしてみた。

 すると一気に深紅に染まるんだよ。

 俺の身体から、マナが持って行かれる感覚が間違いないくあった。


 無言で魔石を受け取るグレインさん。

 魔法回路に取り付けたら、明かりが灯ったんだよ。


「これってどうなると思う?」


 俺は魔石を取り付ける回路に人差し指を置いた。


「いやそれは、冗談にも程があるだろうに」


 さすがのグレインさんも、酒の上での冗談に思えるんだろう。

 けれどそれは、良くも悪くも予想を覆してくれたんだ。


『俺の指先が、魔石の代わりになってしまったかもしれない』


 そういうことだった。


「――あ、こりゃ駄目だわ」

「だねぇ」

「族長。これは俺たちの秘密にしとかないとだな」

「うん」


 俺たち二人は、酒が冷めてしまった。

 改めて、酒を煽って、ひとまず忘れることにしたんだ。


 俺ってやっぱり『新種の魔族』だ。

 そう、改めて理解した瞬間だったんだよ。


 次の日、エルシーに説明したらさ。


『ウェル。……あなたは普通じゃないんだから。自覚しないと大変なことになるわよ』


 って、笑われちゃったんだけどね。



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