第五十五話 俺が背負うことになった人たちの重さ。
人族と魔族の間にも、特別な感情が生まれるというのは、凄く嬉しいこと。
鬼人族の皆も、グリフォン族の人たちも、旧領都の人たちは暖かく迎えてくれるんだ。
俺と同じ勇者だった母さんのおかげで、うちのデリラちゃんも、ナタリアさんも受け入れてもらえた。
俺なんて『若様』とか、『魔王様』とか、しまいには『ぱぱさん』って呼ばれたことがあるくらいだからね。
建国宣言した今でもさ、旧領都にいくと『ぱぱさん』って呼ばれるんだよ。
俺を信じてくれた人が、ここにもいてくれた。
だから俺は、この旧領都にいる人たちにも報いなきゃならないんだ。
勇者だった母さんが、嫁いだ父さんのところ。
クレイテンベルグ本家の執事、エリオットさんも俺を信じてくれた人の一人だっだ。
俺がいつか戻ってくるって、母さんと父さんを支えてくれたんだって。
そんなエリオットさんはうちのグリフォン族の執事、ルオーラさんは意気投合したらしい。
エリオットさんはルオーラさんの師匠的存在なんだって。
だからよく、新王都と旧領都の間を行き来してくれている。
密に連絡を取り合っているそうだから、父さんが俺に用事があるとき。
母さんに用事があるときは、連絡の間をとってくれてる。
グリフォン族の彼にとって、この程度の距離はないようなものらしいから。
だからルオーラさんに用事を伺ってもらってるんだ。
俺はさ、勇者になったばかりのとき、母さんから読み書きを教わったんだ。
『いくら強くなっても、この程度できないと笑われてしまいますよ』
そう言われて、真っ青になったことがあったからね。
この王城だってそうだよ。
父さんのいる、旧領都の城そっくりに作ったはいいけど。
俺、ナタリアさん、デリラちゃん、イライザお義母さんの四人の家族には大きすぎて、持て余してしまってるし。
幸い、グレインさんの鍛冶工房も、城内に作ったからなんとかなってる感じ。
俺たちが旧領都にいるときは、グレインさんと、おかみさんのマレンさんが留守番してくれているようなもの。
肉屋のダルケンさんとジョーランさん。
ジェミリオさんのとこの宿屋。
アレイラさんとこの雑貨屋は勘弁して欲しいって言われた。
いくら『鬼の勇者』とはいえ、城に住むのは無理があるんだそうだ。
グレインさんと俺は、前からよく、夜を通して武器談話を交わしたから。
ライラットさんは、親父さんに言われたら文句は言えないらしい。
本当はさ、母さんも父さんも、一緒にここに住んで欲しいと思ってた。
だから、使い勝手や居心地も含めて、同じにしようと思ったんだけどさ。
二人とも首を縦に振らない。
俺としてはさ、心配なわけよ。
いくら母さんが強くてもさ。
俺の先代の勇者だからってさ。
大丈夫だからって聞いちゃくれない。
本当なら、旧領都に俺が住むべきなのかもしれないけど。
俺が無理だって言っちゃったから。
早いところなんとかしなきゃならないんだ。
新しい王城と、旧領都の間を繋ぐ道がまだできてない。
だから俺は、定期的にナタリアさんとデリラちゃんを、連れて旧領都に遊びにいくことにしているんだ。
もちろんその日は、ナタリアさんが父さんの身体を診る日でもあるんだ。
ナタリアさんも俺と同じように、魔獣のせいで両親を亡くしてるから。
俺の父さんだからって、本当に心配してくれてる。
母さんも、本当の娘のように、孫のように接してくれるし。
イライザ義母さんとも仲良くしてくれてるから、俺としては助かってるんだ。
みんなに買い物なんかを楽しんでくれているとき、男連中は打ち合わせをしようということになっているんだ。
母さんの弟、バラレックさんもたちは、馬車で無理矢理通っては来るんだけど、新王都にはまだ拠点を構えられないでいるんだ。
やっぱり道は必要なんだよ。
旧領都と俺たちのいる場所へ、自由に行き来してもらうためにはね。
俺たちが空を行けるからって、ゆっくりはしていられないんだわ。
鬼人族国家のクレイテンベルグは、人間の国クレンラード王国へ魔獣からの脅威を防ぐという『安全』を売って対価をもらう。
直接の交渉は父さんがやってくれる。
だから俺たちは魔獣を狩るだけ。
魔獣を狩ったあと、魔獣の心臓近くからとれる魔石も有用なものだとわかっている。
半分は俺たちが貯めておいて、半分は父さんに渡してる。
俺が追い出されて、魔獣が増えたあと、母さんが出なければならなくなった。
あのときは一時だけ忙しかったけれど、あの騒動を抑えるのはたいしたことはなかったよ。
大討伐に比べたら、軽い運動にしかならなかったからね。
実際、クレイテンベルグを作るための下準備で行った大討伐。
あのときに取れた魔石は国庫に保管されてる。
とんでもない量があるから、小出ししながらでも簡単減るようなものじゃない。
なにせ、鬼人族の集落で保管していた魔石の、数十倍、いや、それ以上になってしまったんだ。
それは、鍛冶屋のグレインさんが武器を毎日打ったとしてもさ、何年かかるかわからないくらいある。
好きなだけ打って良いって言ったらさ、『俺を殺す気か?』って笑われちゃったよ。
鬼人族には、武器製造以外で魔石を消費するような技術力も、習慣もなかった。
だから定期的に少しずつでも、旧領都で消費される分をクリスエイル父さんに渡しても、簡単に減ることはあり得ない。
旧領都には、明かりを灯したりお湯を汲み上げたりする『魔法回路』というものがあった。
魔法回路は『魔方陣』というのを利用して、魔石から無理矢理マナを吸い出して動力に変えている。
クレイテンベルグでも今は、一カ所だけお湯が沸いてるんだ。
元々旧領都には沢山沸いてたから、こっちでも出るはずだったらしいよ。
グレインさんがあっさり掘ったくらいだったし。
旧領都から魔法回路を譲ってもらって、お湯を汲み上げてる。
あとは、明かりの魔法回路くらいかな?
こっちで使ってるのはね。
魔石はいわば、魔獣の命そのもの。
そこから取れるマナは、簡単には枯れたりしないらしいけど、ある一定の期間が経つと使えなくなるんだって。
そうしたら交換するって聞いてる。
マナを吸い上げたものは、赤い魔石が色を失っていくからわかるんだそうだ。
明かりの魔法回路で使う魔石はね、小指の腹くらいの大きさのもの。
夜を通して明かりを灯して、朝になったら明かりを消す。
そうした状態で、半年は持つんだってさ。
一番消費する魔法回路は、温泉を汲み上げてるヤツ。
これも同じ大きさの魔石で動くんだ。
必要なときに動かして湯を汲み上げるんだけど、一月ほどで魔石が色を失うんだ。
父さんたちのいる旧領都へ、定期的に魔石を納品するとき、枯れて透明になった魔石をもらうようにしてる。
日の光に照らすと綺麗に光るから、マナを失ったあとでも宝飾品として再利用できるんだってさ。
だから無駄にはならないって教えてもらったんだ。
クレンラード王国で勇者をしてたときも、明かりは油を使うかがり火が使われてた。
鬼人族の集落でもそうだったし、旧領都の外でもかがり火は現役で使われてるよ。
火が燃え移ったらまずいような、王宮の中くらいだったかな?
魔法か何かで明かりが灯ってる。
そんな認識だったんだよね。
魔石はほら、クレンラード王国でいう魔物――魔獣からしか獲れない貴重なもの。
交易でも金貨と同等の価値があるくらいのものだったからさ。
俺もエルシーも魔石が使われる先を知らなかったんだ。
母さんと父さんから聞いたときは驚いたよ。
そんな重要な役割のある代物だったなんて、言われなければわからないって。
母さんだって、父さんから聞いて驚いたらしい。
勇者だった俺も、母さんも、人々を守るため必死だった。
そんな余裕がなかったんだから、仕方がなかったんだよ。
実際はね。
あ、我が愛娘のデリラちゃん。
なんだか大人しいなと思ってたら、いつの間にか寝ちゃってた。
俺の膝の上が好きなのか。
いつも気がついたら、だらーんってしちゃってた。
「ナタリアさん。デリラちゃん。寝ちゃったんだけどさ」
対外的には第一王女のデリラ姫。
晩ご飯を食べた後、ついさっきまで俺の膝の上で笑ってたんだけどさ。
気がついたら、だらーんってしちゃってた。
まだ五歳だから、目一杯食べて、目一杯遊んで。
目一杯眠るんだろうね。
もう、可愛くて仕方がないんだよ。
「あ、はいはい。寝かせてきますね」
「ごめんね、いつもありがとう」
「いいえ。どういたしまして」
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