第五十四話 開国宣言前夜のこと。
活動報告にもある通り、約三年ぶりの更新となります。
それは建国宣言の前日のことだった。
あることが頭から消えなくてさ、眠れなくて徹夜しちゃって、重たい目を開けながらも俺は、気になってたここへ戻ってきたんだ。
集落の皆は、ほぼ引っ越しを終えている。
あと心残りになってる、俺の確認だけ。
「ウェル族長」
俺に話しかけてくれたのは、鍛冶屋グレインさんの息子ライラットさん。
鬼の勇者のまとめ役で、まだ若いのに気がつくとても良い子だ。
良い子って何でかって?
だってね、まだ十六歳なんだ。
俺が勇者になったあの日から、一年くらいしか経ってないのに、こんなにしっかりしてるんだから。
良い子でしょ?
そうだよね?
鬼の勇者にはあと三人いる。
一つ年上の女の子が二人。
宿屋の娘のジェミリオさん。
雑貨屋の娘のアレイラさん。
ライラットさんと同い年で、肉屋の息子のジョーランさん。
女の子たちに押され気味なのは、ジョーランさんと同じ。
女の子の方が活発で押しが強い。
これは鬼人族に通じて言えることかもしれない。
「すまんね」
「いえ。仕事ですから」
俺の所の執事をしてくれてる。
グリフォン族のルオーラさん。
今日は彼の背中に二人で乗ってきたんだ。
ここにいるのは、俺とライラットさん、ルオーラさんに腰の大太刀にいるエルシーの四人だけ。
ルオーラさんは、俺たちの後ろでじっと、俺からの指示を待って見守ってくれる。
実に優秀な執事さんだよ。
あっちには、鬼の勇者の三人と、グリフォン族の人たちに残ってもらってる。
昨日のうちに、あらかた魔獣は狩って置いたから、あの子たちでも余裕だろう。
ここは引っ越す前の、鬼人族の集落があった場所だ。
全ての移転が終わって、何もない荒野。
ぽつんと、樹齢の高い木が立っているだけ。
『ウェル、どうかしたの? 何か思い出したように慌ててくるんだもの。何か不安な感じは伝わってくるんだけど。隠し事はだめよ?』
彼女は昨日、娘のデリラちゃんを寝かせつけてくれたあと、イライザ母さんたちと遅くまで飲んでたらしい。
だからまだこうして一休みしてる状態なんだ。
そんなエルシーは心配してくれてる。
うん、別に隠すことじゃないんだよね。
「心配かけてごめん。ところでライラットさん。皆さんのお墓って確か、このあたりだっと思ったんだけど?」
「はい。このあたり……。ここですね」
ライラットさんは、高さの違う木を見て、位置を判断したんだろう。
上にあった墓標といっしょに、土をごっそりとあっちに移転してあるんだ。
だから今は、何も残ってはいないはずだった。
周りを見回しても、ここに鬼人族の集落があっただなんて思えないほど、綺麗になにもなくなってしまったね。
全ては、力持ちな鬼人族と、ルオーラさんたちグリフォン族の皆さんの協力あってこそだよ。
「あのさ。ダルケンさんたち、皆さんの話憶えてるかな? 『亡くなった人たちは、長い年月をかけて、土へと還っていく』っていうの。あれを思い出してさ、俺ちょっと、怖くなったんだ」
『それってどういうことなの?』
鬼人族は、亡くなった人を空へ、土へ還す習慣があった。
土葬じゃなく、火葬なんだよ。
「知ってると思うけど。魔石は燃えない。だからこうして、ライラットさんたちと、俺の腰にある」
『えぇ、そうね』
「はい」
ルオーラさんは、無言で頷いてくれてる。
「――もしだよ? 俺たちや、バラレックさんたち以外に、ここに鬼人族がいたことを知ってる誰かがいたとする」
あの騎士団長だったヤツみたいにだね。
『えぇ』
「はい」
「ここに墓があって、何かの偶然で『鬼走り』を知ってたとしたら、ここに魔石になった人たちが眠ってることも知られてる可能性があるわけでしょう?」
土の中から魔石になった遺骨は掘り出したんだ。
かなり深く掘ったから、残ってないはずなんだよ。
『それはそうかもしれないわね』
エルシーも一緒に聞いてた話だ。
「魔石には、俺が考えてた以上の価値があったよね?」
『えぇ、そうね』
聖剣や聖槍と呼ばれたものを修理するだけじゃない。
それ以上に、様々な使い方ができるものだったから。
「だから、俺の考えすぎかも知れない。けれどそれがもし、『土に還る』性質を持つ魔石が溶け出したとして、今でもこの下に少量でも残っていて、もしそれが、盗掘されたりして、悪用されたらって考えたら。昨日俺、眠れなくなっちまったんだよ。もし、ばかりで男らしくないんだけどさ。俺、心配性だからさ、考えちゃうんだ」
土の中で、どのように溶けて分解されるかは俺も鬼人族の誰も」が知らない。
魔石は燃えないけれど、マナに反応して形を変える性質を持つ。
もしかしたら、土の奥には微量なマナが含まれてて、それが影響して、少しずつ溶けているのかもしれないから。
「……それはありえますね」
「というと?」
「魔石としてまだ残っている可能性です。俺たち鬼人族でも、何年かけて土に還るのかは知りません。かといって、お墓を掘り起こして一つずつ確認するような、罰当たりなことできませんし……」
ライラットさんの言うことはもっともだ。
ここがあと数十年。
いや、あと数百年。
誰にも荒らされず、しずかに置いておかれたなら、土に還るかもしれない。
そういうことなんだろうな。
『そんなに気になるなら、調べてみたらいいじゃない? どうせ、そのつもりだったんでしょう?』
「うん。そのつもり。でも、できるかどうかはわからない。直接触るわけじゃないからさ」
俺はさ、小指よりも小さな粒の魔石をかきあつめて、金塊みたいに合成することができる。
けれどあれは、直接触ってるからなんだよ。
そんな芸当は、ライラットさんたちもできないって言ってた。
もちろん、鍛冶屋の親方で彼の親父さんのグレインさんも。
エルシーは『新種の魔族みたいなものだから』って笑ってたけどね。
俺は地面に両膝をつく。
両方の手のひらを地面につけて、頭に思い描く。
土に埋まっているかもしれない、魔石となったこの集落で眠る人たち。
盗まれる心配があるくらいなら、俺が持ち帰って、あの地に埋めよう。
そう思ったんだ。
「んー? どうやればいいかな? んー……。――うぉっ!」
『どうかしたの?』
「どうかしましたか?」
『どうかされましたか?』
後ろでみてた、(一人は鞘から俺の目を通して直接なんだろうけど)みんなが心配してくれる。
「いやさ。この土の隙間から、赤い魔石と、青い魔石がね。水みたいに滲むように、じわっとほら……」
俺の手の周りに、指を一本一本取り囲むかのように、にじみ出てくる。
それは透き通った赤と、青。
間違いなく、ここで眠っていた人たちの亡骸。
左手には青。
青は、子供を成した女性。
右手には赤。
はおそらく、男性。
それに子供を成す前の女性と、小さな……。
この腰の大太刀は、グレインさんのお母さん、お婆さん、曾お婆さんの角だって言ってた。
青く澄んだ色味も確かに似てる。
「やっぱりまだいたんだ。ごめん、気づかなかったら一緒につれていけなかった」
ライラットさんも両膝をついて、額を地面にこすりつけてる。
「そうです。俺たちを育てて、守って、亡くなった。ご先祖さんたちです」
「そうだよな。ナタリアのお父さん、お母さんだって、いるかもしれない」
さすがに、亡くなった旦那さんのことは、口に出せなかったよ。
俺だって、悔しいからさ。
なんで、もっと早く、ナタリアに会わなかったんだ。
あーでも、旦那さんがいなきゃ、デリラちゃんがいないんだ。
そう思うと、口に出さないのが駄目だと思えてくるんだよ。
「あー、その何だ。ナタリアの亡くなった旦那さん。ありがとう。俺にデリラちゃんを会わせてくれて。ナタリアは、イライザさんは。みんなは俺が守るから。とにかく、ありがとう」
『うふふ。ウェルも男の子だからねぇ。悔しいのはわかるわよ』
「勝手に頭の中、読まないでってば。そうだよ、ちょっとだけ悔しいよ。ちくしょ――」
俺は頭を振って、雑念を飛ばそうとする。
とにかく、集めることだけに集中しようと思ったんだよ。
それでも、ゆっくりと、二色の魔石が俺の手を覆うように集まってくる。
それだけ期待されてるってことなんだよね?
わかってる。
わかってるよ。
あ、やべ。
涙落ちて来ちゃったよ……。
みんなにバレてないよね?
鬼人族の人たちは、魔獣を追い払うことはできた。
ても、倒すことは叶わなかったって聞いてる。
だから、ここにある魔石は全部、鬼人族の皆さんだ。
「ちょっと待って。ルオーラさんごめん、あのさ」
『わかりました。里から何人か連れてきましょう』
とんでもない大きさの魔石になっていた。
重さは問題じゃないんだけど、大きさが問題。
俺たちだけじゃ、持って飛べないくらい。
「これさやっぱり。十年や二十年じゃ、土に還らないんだよ」
「そうですね」
「百年、千年。そっか。こうして、この人たちもさ、悔しい思いをしてたんだ」
『ウェル』
「うん」
『責任は、重いわよ?』
「わかってるって」
赤い魔石はライアットさんが持って、青い魔石は俺が持って帰ることになった。
抱えて前が見えないほどの大きさ。
それだけの人が、亡くなってたんだ。
「どうしてもっと早く俺、ここに来れなかったんだろうな。そうしたらさ、もっと助けられたじゃないか」
「いえ、ウェル族長は、十分助けてくれました」
「いやでもさ。人間だけじゃなかったんだよ。魔族にだってさ、魔獣を倒すことができない人たちが沢山いるんだ。だから、聖剣、いや、魔剣を作る必要があったんだよ。俺が生まれるもっと前。エルシーが生まれるもっと前からさ」
『えぇ。そうね』
その夜、俺たちの国にある、山葡萄の獲れる農園近く。
移設した墓地の地中深くに、魔石を安置することにしたんだ。
皆が見守る中、深く掘った穴の底で、俺は魔石に触って祈った。
すると、不思議な現象が起きたんだ。
俺のマナはごっそり持って行かれたけどさ。
魔石はまるで生きているかのように、土の中へ散り散りに、水滴のようになって淡い光を発しながら沈んでいった。
それはとても幻想的だった。
きっとこの地に根を張るかのように、支えてくれるんだろうね。
土を埋め直して、苗木を数本植える。
森の奥から、綺麗な花をつける木の苗木を持ってきたんだ。
それを墓標の傍に植えることにしたんだよね。
数年後にはさ、綺麗な花をつけてくれる。
そのときはさ、皆で酒でも飲みながら、昔の話を聞こうと思ってる。
さて、明日も忙しいぞ。
建国の宣言もしなきゃいけない。
マリサ母さん、クリスエイル父さん、きっと驚くぞ。
エルシーだって、良い案だと言ってくれたし。
「ぱぁぱ」
デリラちゃんが俺の膝の上に乗ってくる。
いや、癒やされるねぇ。
どんなに疲れたって、デリラちゃん、ナタリアさん。
二人がいたら、いくらでも頑張れる。
「あなた。そろそろ」
「わかった。じゃ、晩ご飯食べよっか?」
「うんっ」
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