第五十一話 悪いなんて思ってないでしょう?
バラレックさんが、鬼人族の集落に向かって二日経った。
クレイテンベルグに鬼人族の職人達が到着した。
鍛冶屋でもあるグレインさん、おかみさんのマレンさんも一緒だった。
「ウェル族長、何で俺達が歓迎されてるんだ?」
そりゃ驚くだろう。
「お前さん、もっとしっかりしておくれ。ウェル族長さん。すみませんね。うちの旦那が、こんな体たらくで」
「いえ、いいんです。無理を言って来てもらったので。グレインさん」
「お、おう」
「俺が創る国をね、ここ、クレイテンベルグのようにするつもりです。ここの建物、道、町並み、しっかり見て欲しいんです」
「確かに、ここは、凄いな」
「でしょう? 何も考えないで、同じように造ってくれたらいいです。資材はここから運び込まれますから、あとは組み上げてもらうだけでいいと思います」
「そうか。うん。おい、野郎ども。勉強させてもらうぞ。いいか?」
「「「「「「はい」」」」」」
「いや、そんなに慌てなくてもいいから。マレンさん、今から宿に案内するので、そこで一休みしてから動いてもらってください。今日一日で終わる仕事じゃないでしょうから」
「ほんと、すみませんね。男連中は短気で、私が手綱を握らないと、駄目なんですよね」
同行した奥さん方も、うんうんと頷いてるわ。
「バラレックさん、お疲れ様です」
「ウェル様。私は、姉さんに報告してきます。……嫌ですけどね」
「あははは。母さん、怒ると怖いからねぇ」
「全くです。では、後ほど」
「よろしくお願いします」
バラレックさんは、両肩を落としながら、クレイテンベルグ城へ向かっていく。
俺は心の中で、母さんがすぐに解放してくれることを祈るしかできなかった。
グレイさんを筆頭に、調査を始めた職人達。
元々、何もなかった荒れ地に、あの集落を作り上げた人達だ。
クレイテンベルグの職人達とも、うまくやってくれている。
調査が終わり次第、前に拠点を移した場所を中心に、土地の整地を開始する。
それでやっと、俺の国づくりが始まるんだ。
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グリフォン族の人達の協力も得て、整地が始まった。
アレイラさんのお袋さんたちが、平行して農地の開墾を始めることになった。
そのため、整地が終わった場所から、地面を固める転圧が行われる。
そうして、しっかりした土地の上に、拠点を移し、その周りに、ルオーラさんが中心になって、木材で簡易的な家を建ててくれている。
それから二日程経ち、グリフォンさん達の協力の下、なんと、鬼人族の移住が始まってしまった。
その時に、問題になった、亡くなった人達の墓標をどうするかということだったんだけど。
「あのね、ウェルさん」
「はい、お義母さん」
「鬼人族のお骨はね、魔石と同等なんです。前に教えましたよね? 時間をかけて、土に戻っていくんですよ」
「はい」
「もし、掘り起こされたとしても、そこには土しか残っていません。あの人達の魂は、私達と共にあります。ですから、皆でお参りして、ありがとう、と挨拶するだけで、大丈夫ですよ」
「本当にそれでいいんですね?」
「えぇ。鬼人族を救ってくれたウェルさんに、皆はついて行くんです。幸い、あなたが来てくれてからは、亡くなった人はいません。あの人達への感謝を忘れなければ、きっと、笑顔で送ってくれると思いますよ。私の夫と、息子もね」
お義母さんは、こんな話をしてくれた。
知らなかった。
でも、盗掘されないという、安心だけで、俺は嬉しかったと思う。
それでもさ、俺は、墓標のあった土地の、土を少しだけ深く掘って、新しい場所に移すことにしたんだ。
そこに、新しい墓標を作って、皆と一緒に住んでもらう。
そうしたいと思ったんだ。
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移住がある程度終わり、簡易的であっても、皆が寝泊まりできる場所となった。
クレイテンベルグから資材も届いて、まずは王城の建設が始まった。
クレイテンベルグからも職人が数人手伝いに来てくれたんだけど、皆、驚いていた。
何せ、数人がかりで組み上げていた大きな石材を、鬼人族の職人は、肩に抱えて持ってしまう。
建設の速度が、尋常じゃない程の早さで進んでいくため、唖然としてる人も少なくはなかった。
いくら鬼人族だからといって、クレイテンベルグ城と同じ規模の城を建てるのは、簡単ではない。
建設を初めて、数日経った今日でも、まだ、土台の部分しか組み上がっていないのだから。
それでも、整地は、城の場所を中心に、徐々に広がりつつある。
同時に、農地もかなり広く開墾されていて、既に、集落から持ってきた物や、クレイテンベルグで購入した種や苗の植え付けも始まっていた。
山葡萄の収穫も始まっていて、酒造りも後に行うんだという。
肉は十分。
穀物や野菜などは、クレイテンベルグから購入することで、食料の心配はなくなった。
食が豊かになったことで、鬼人族の皆も、喜んでいるそうだ。
元の集落の場所とは違い、ここは近くに清流が流れている。
今まで遠くまで水を汲みに行っていたけれど、これからは少しは楽になるだろう。
おまけに、グレイさんに例の湯の沸く泉の話をしたところ、あっさりと掘り当ててしまうという珍事まで発生してしまった。
湯量も豊富で、上澄みを木枠で作った水路に通して、簡易的に大きな湯殿を作ってしまう。
その周りに、木材で柱と屋根をつけて、皆が利用できる男湯と女湯を作り上げた。
建設に、農作業に疲れて帰ってきた皆は、その湯に浸かって、一日の疲れを癒やす。
男は擦り傷が、女性は肌がすべすべになったと、概ね好評だった。
「ウェル族長、この、魔法回路ってのは、凄いな。魔石がこうして使われるなんて、思いもしなかったよ」
グレインさんは、ただ明かりを灯すだけの、簡単な魔法回路の箱を分解して、うんうんと唸っていた。
俺はよくわからないけど、魔方陣、っていうのが彫り込まれた小さな箱で、そこに魔石をはめ込むことで、明かりが灯るという物らしい。
グレインさんは、鍛冶屋という職業から、こういう仕組みには興味があるようだ。
湯の泉から、お湯をくみ上げる装置は、クレイテンベルグから購入してきて、今、軽く設置してある。
こうして、鬼人族の住むところも、徐々に近代化されていくんだろう。
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鬼人族が移住をしてから、一月が経った。
仮の住まいの状態だけど、皆の生活も、元の状態になってきてる。
鍛冶屋の工房は最後に作るらしいけど、商店なんかは、仮の店舗がもうできあがっていた。
それとさ、あっという間に王城の外側が仕上がってしまったんだ。
今は、内部の仕上げに入っているんだって。
クレイテンベルグ城、そっくりの王城。
鬼人族の職人さん達、半端ないよ。
できあがったら、母さんと父さんを招待する予定になってる。
そこで、俺は、建国を宣言するつもりなんだ。
ちょっとだけ、母さんと父さんを驚かせるつもり。
どんな顔するだろうね。
この間にも、王国、クレイテンベルグ、この周囲にも、魔獣は二度程発生してる。
ま、鬼の勇者達だけで、事は足りたんだけどね。
王国からは、討伐数に対して、父さんが相応の金貨を用意させた。
そのうち、二割をクレイテンベルグに納めるって言ったんだけど、怒られた。
「ウェル君。そのお金は、クレイテンベルグで物を買って欲しい。僕がもらっても、どうしようもないんだよ。言っただろう? 領民が潤えば、僕たちも潤うんだって」
「そうでした。ごめんなさい」
「あなた。あまり、ウェルちゃんをいじめちゃ駄目。そんなことをしたら――」
「わかってるって。これ以上お酒を減らされたらたまんないよ……」
「それでもわたしは、クリスエイルさんの前で飲んであげるんですけどね」
「酷いですよ、エルシー様……」
「ね、マリサちゃん」
「はい」
何気に、母さんもエルシーも酷いわ。
でも、こんな日が来るなんて、思ってなかったから。
見てるだけでも、なんか、嬉しい。
「ウェル族長さん」
「はいよ」
仮の住まいに戻った時、俺の元に、アレイラさんがやってきた。
彼女の表情は明るく、声も嬉しそうだ。
「農地ですが、思ったよりも良い育ち方なんです。ここの土は、調査したとき以上に肥えていました。これは、期待できますよ」
「そっか。それは良かったよ。一番の懸念は、作物だったからね」
「はい。お母さんも、やる気になってます。あと、お酒ですが、良い感じに仕上がってますよ」
「それって本当?」
エルシー。
お酒って言葉に、反応するとか。
どれだけ好きなんだか……。
「これ、一番に絞ったお酒です。エルシー様に飲んでいただこうと、持ってきました」
「あら、悪いわね。早速今晩、いただくわ。ありがとう、アレイラちゃん」
「はいっ」
悪いなんて思ってないでしょう?
すっごく嬉しそうな顔して、酒瓶を見てるし。
「あとこれ、山葡萄を干したものです。生の状態よりも、甘さが増してますので。デリラちゃんに食べてもらおうと、持ってきたんです」
「あ、悪いね。晩ご飯後に、食べさせるから。ありがとう」
「ウェル、悪いなんて思ってないでしょう?」
エルシーがそれを言う?