第四十九話 お湯に浮くんだね……。
俺とナタリアさんは、さっきデリラちゃんが仮眠してた客間で、デリラちゃんの寝顔を眺めながら、二人寄り添うように座ってたんだけど。
いやー、それにしたって、デリラちゃんの妖精のような愛らしい寝顔。
ナタリアさんも、王国の王女にも負けないくらい、いや、勝ってるな。
それくらい、綺麗なんだよ。
二人とも、ドレス姿が似合ってる。
あ、そうそう。
デリラちゃんは、いつもの寝間着じゃなく、母さんが用意してくれたこっちの寝間着に着替えさせてる。
ドレスで寝ちゃったらさ、ちょっと息苦しいかもしれないからね。
ナタリアさんが、力なく寄りかかってきた。
もしかしたら、疲れてるのかな?
「ナタリアさん、疲れてない?」
「……あ、ごめんなさい、あなた。今日一日でね、色々なことがありすぎてしまって、少しだけ疲れてしまったかもしれません」
「やっぱりね。ナタリアさんの分も、寝間着用意してくれたみたいだから。着替えて寝ちゃってもね。俺は、風呂を借りてくるから、無理しないで、先に寝ててもいいよ」
「あなた、ごめんなさい」
「いいんだ。慣れないところに来たんだから、気疲れもしただろうし」
「では、甘えさせてもらいますね」
「うん。おやすみ、ナタリアさん」
「おやすみなさい。あなた」
途中、すれ違った侍女さんに風呂場の場所を聞いた。
するとね、浴室まで案内してくれたんだ。
「若様、こちらは王家の者のみの浴室となっております。どうぞ、ごゆっくりお浸かりくださいまし」
いや、見送らなくてもいいから。
会釈しなくてもいいから。
俺って、そう言う立場なんだってわかってるけどさ、なんか調子狂うよね。
そっか、父さんと母さん、使用人の皆さんと、入る場所を分けてるんだね。
扉を抜けると、そこは脱衣所になってる。
棚があったから、そこに脱いだ服を置いて、もう一枚の扉を開けてみた。
おぉ……。
湯気に覆われた浴室。
広いな。
うちの風呂の何倍あるだろう?
つるつるに加工された、きめの細かい石が組まれた洗い場。
奥には、同じ石で組まれた、これまた綺麗な浴槽。
壁の低い位置から、魔獣の顔みたいなものが、口を開けてて、そこからこんこんとお湯が沸き続けてる。
うちじゃ、お湯を沸かすのも一苦労なんだけど、どうやってんだろう?
後で聞いてみよっかな。
俺が創る国でも、これ、欲しいわ。
うちではさ、浴槽に入る前に身体を流さないとね、怒られるんだよ。
浴槽のお湯は、白く濁ってるんだな。
壁から湧いてるのも同じ色だから、何か身体に良い薬でも混ぜてあるのかも知れない。
父さん、身体、弱いからな。
そういう気遣いをしてるのかもね。
お、浴槽の横に、手桶があるな。
これでお湯を汲んで、ざばーっと頭から、って。
「――あちっ!」
思ったよりも、熱いな。
でも、うちで沸かすお湯も熱いけど、それ以上かな。
うちのは時間が経つと、冷めていくんだけど。
ここのはそうはならないみたいだ。
「……ふぃいいい。こりゃいいわ」
全身から、疲れが抜けてくみたいだ。
足の先から、じーんと染みるくらいに気持ちが良い。
あれ?
誰かの気配を感じる。
あ。
浴室の扉が開いたよ。
誰だ?
父さん?
もう、飲み終わったのか、な、……なぁあああああああっ!
「あ、あの。あなた」
「な、ナタリアさんっ!」
なんと、入ってきたのはナタリアさんじゃないか。
あれ?
ここ、男性用じゃないのか?
あ、王家の、って言ってただけか。
いやいや、そう言う問題じゃないって。
俺は、ナタリアさんと一緒に、風呂に入ったことがない。
いやさ、ナタリアさんが恥ずかしがりだから、というのもあるけど。
背中は何度も流してもらったけどさ、その時は、ナタリアさん、薄い肌着、着てたし。
「あの。ご一緒しても、よろしいですか?」
ナタリアさんの裸は、何度も見てるけどさ。
いや、恥ずかしいってば。
つい、俺、後ろを向いちゃったよ。
「……駄目、ですか? お風呂、入ってから寝ようと思ったのですけど、聞いたら、ここに、あなたがいるって聞いたので。あたし達が出るまで、誰も入らないようにしてくれると、言ってくれましたし……」
あの侍女さんか。
気を回しすぎだってば……。
「あの、さ。ナタリアさん、恥ずかしいんじゃないの?」
「えぇ、でも、夫婦ですから」
「あー、うん。身体冷やしちゃ駄目だからさ、入っても、いいんじゃないかな?」
「よかった。その、そのまま、後ろ向いてて、くださいね?」
「うん。大丈夫、俺、見てないから」
俺、今更恥ずかしがって、どうすんだか。
うわぁ、身体流す水音が聞こえるよ。
あ、足を片方お湯に入れたっぽい音。
うわぁ、緊張、する。
「あなた、もう大丈夫、ですよ?」
「あ、うん」
俺に寄り添って、肌をぴったりとくっつけてくる。
あぁ、柔らかい。
隣にいるのがよくわかる。
「……はぁ。良いお湯、ですね?」
「そ、そうだね」
「あなた」
「ん?」
「お湯、濁ってるので、こっち向いても大丈夫、ですよ?」
「そ、そうだね」
俺の左にいる、ナタリアさんを見た。
あれ?
何やら、薄手の布を纏ってる。
「それ、何?」
「あら? これを着て、入るように、言われたんですけど」
何でも、脱衣所に湯着というのがあったらしく、俺は見落としてたみたいだ。
なんだよ。
教えてくれないじゃんか。
ナタリアさんの頬は、お酒に付き合ってくれてるときみたいに、薄桃色に染まってる。
「綺麗だよ。ナタリアさん」
「嫌だ。こんなときに」
「あははは」
俺はとにかく、誤魔化すことに徹する。
「あなた」
「ん?」
「このお湯ね、ここの地中深くから、湧いてるんだそうですよ」
「へぇ、そんなのがあるんだね」
「えぇ。雪深いこの地域でも、雪が積もらない場所があるんですって。そこを掘ると、お湯が湧くんです。……といっても、表にいる人に教えてもらった受け売りですけどね」
だから、壁から湧き続けてるのか。
贅沢だなとは思ったけど、なるほどね。
それにこのお湯、白く濁ってるから、何か入れてるのかと思ったけど、そういうことだったんだ。
王都には、こんなのなかったから、きっとクレイテンベルグ領にしかないんだろうね。
確かにここは、王都よりも北に位置してる。
もしかしたら、俺が国を創るところにも湧いたりするのかな?
後で調べてみないとね。
「あなた」
「ん?」
「あたし、ここに来てよかったと思ってるんです。人間の方とは、ここに来て初めて触れ合いましたけど、皆、優しくしてくれました。きっと、お母様、お父様が気を回していただいたんでしょうけど。あたしと、デリラを、気持ちよく受け入れてくれたように、思えるんです」
「そうだね。俺も、驚いたよ。ルオーラさんも、かなり驚いてたみたいだし」
「そうですね。フォリシアちゃんがいてくれたおかげで、それほど驚かなかっただけだと思いますね」
「うん。あの出会いがなければ、今、こうしてなかったかもしれない。デリラちゃんが、フォリシアを見つけなければ、グリフォン族の人達とも、縁を結ぶこともできなかった。もちろん、俺を見つけてくれたから、こうして、ナタリアさんと一緒になれたんだ。デリラちゃんは、俺にとって、妖精さん以上の存在だよ。俺に幸せをくれたからね」
「はい。あたしも、デリラがいなかったら、こんなに幸せな気持ちになれなかったと思います」
俺の鍛えた腕の、半分くらいしかない、細くて白くてすべすべの腕だけを出して、お湯を両手で掬って頬を軽く叩いてる。
その濁ったお湯は、ナタリアさんの頬から、細い首筋を滑り落ちて、そのたわたに実った大きなおっぱいに流れ込んでいく。
知らなかった。
おっぱいって、お湯に浮くんだね……。
「あなた、知ってました? このお湯、肌にも傷にも、身体にもいいんだそうで――」
「うんうん。よさそう、だよね」
「あなた、どこを、見てるの、かしら?」
「うん、ナタリアさんの、おっぱい」
「んもう。言ってくれたら、いくらでも」
「いやいやいや。ごめんって」
言ってくれたら、って。
そう言いながら、ナタリアさん。
首まで深く、浸かっちゃった……。
それから俺達は、背中を流し合って、また、お湯に浸かってる。
もちろん、前は、自分で洗ったよ。
ナタリアさんもね。
俺は、ナタリアさんを膝の間に座らせて、後ろからお腹を抱くようにして座ってる。
ナタリアさんも、俺の胸に頬を寄せてる。
「――この領の人達を、お母様が二十年。あなたが十九年。守ってきたんですね」
「そうだね」
「だから、それを知ってるから。皆、優しく接してくれるんだと思います。あたしにも、デリラにも」
そうだとしたら、俺の十九年も、無駄じゃなかったんだな。
そう、改めて思うわ。
「あなたが来てくれなかったら、あたしのいた集落も、どうなっていたか、わかりません」
「俺だって、デリラちゃんが見つけてくれて、ナタリアさんが助けてくれなかったら、今、こうして、ナタリアさんを抱き寄せていることすら、できなかったと思う」
ここのお湯の熱量は、恐らくうちの家の風呂より高いのだろう。
俺は、ナタリアさんがのぼせない程度に、この幸せすぎる状況を楽しんでいたんだ。