第四十八話 可愛らしく、だらーんとしちゃってる。
さも当たり前のように、マリサ母さん、バラレックさん呼んでるし。
あ、本当だ。
ノックして入ってきたし。
あ、入ってきたバラレックさん、顔色が悪いように見えるわ。
言ってたっけ。
怖いんだろうね、実の姉だもんね。
下座の席について、あんなに立派な体格なのに、小さくなっちゃってる。
「バラレック、鬼人族の職人さんの行き来。それと、領地の各所説明。頼めるかしら?」
「……はい。ウェル様。その件はお任せください。こちらでの滞在、調査の手はずは既に準備を始めていますので」
『言われると思って、もう始めてましたよ』という感じの、苦笑した表情。
今回の駆除で手に入れた魔石を、バラレックさんに換金してもらう。
その後、人選を継げると、バラレックさんは足早に部屋を出て行った。
ルオーラさんに先回りしてもらって、集落に伝令をお願いしておく。
物資の運搬と買い出しを、いつもの四人に来てもらうようにも、忘れずにね。
ルオーラさんが戻ると、一緒に鬼の勇者四人が到着した。
集落の方は、周囲に魔獣が発生してる感じではないと、報告ももらった。
多少の魔獣なら、鬼の勇者達でなんとかなるんだよね。
それに実は、ルオーラさんの奥さん、テトリーラさんがかなり強いんだってさ。
夫婦喧嘩で、ルオーラさんが勝ったことないんだって……。
四人に金貨を分配すると、何やら複雑そうな顔をしてたな。
あー、金貨の価値、よくわかってないのか。
細かく説明すると、すっごく驚いてた。
集落への物資買い出し分を別に持たせると、早速四人は買い物に出かけていった。
一部をクリスエイル父さんに渡そうとしたんだけど、断られちゃった。
「あのね、ウェル君。君たちが城下で物を買ってくれる。それだけで、実はこの領も潤うんだよ。僕たち領主がお金を持ってたからといって、領地全体が潤う訳じゃない。違うかな?」
「はい。その通り、ですね」
「君は集落で族長をやってた。でもね、お金ってあまり必要じゃなかっただろう? でもね、国になると、そういうわけにもいかなくなる。領民がね、裕福になれば、領地も裕福になる。それは国も同じなんだよ。これまでの王国は、少々おかしかった。僕も独自で調べているけど、魔石の行方が若干、納得がいかない部分もあるんだ」
「それなんですけど」
「ウェル君。僕の考えがまとまったら、全て話してあげるよ。それまでは、自分の国を興すことに集中しなさい。君にはその責任があるんだからね」
もっともだ。
「わかりました。甘えさせてもらいます」
「わかればよろしい」
「……あなた、その職人さんが来て、打ち合わせが終わるまで、ウェルちゃん達に滞在してもらえばいいと思うのだけれど」
「そうだね。ウェル君。どうかい? 集落の方に危険がなければ、僕もそうしてもらいたいと思ってるんだけれど」
「大丈夫です。集落の周囲に異常はないと報告がありましたから」
「そうかい。なら、君たちもゆっくりするといいよ。あともう少ししたら夕食だから、ウェル君。ナタリアさんとゆっくりしてきなさい。あ、それと、エルシー様」
「はい?」
「お酒、好きなんでしょう?」
クリスエイル父さんは、口元で右手でグラスを傾けるような仕草をする。
身体弱いって言ってなかったっけ?
かなり年季の入った、仕草に見えるんだけど。
「えぇ、それはもうっ」
エルシーは目をキラキラさせて、二つ返事だし。
「この領の特産品を用意させますので、食後に、どうです?」
「……あなた」
「はいっ!」
マリサ母さんの低い声に、クリスエイル父さん、背筋を伸ばして首だけ向けてる。
この声、おっかないんだよね。
俺もよく、怒られたっけ……。
「飲み過ぎないようにしてくださいね。ウェルちゃんのおかげで、多少元気になったからって、身体、弱いんですから」
「わかってるよ。ほんと、怖いなぁ……」
▼▼
俺は先に、デリラちゃんが寝てる部屋で休ませてもらうことにしたんだ。
ゆっくり、音を立てないように、ドアを開ける。
ナタリアさんがこっちを向いた。
デリラちゃんの髪を撫でてる。
俺は横に座ると、デリラちゃんの顔をよく見た。
集落の家じゃないのに、なんとも可愛らしい寝顔。
緊張なんか一切感じさせない、いつも通りの寝顔だわ。
「ナタリアさん、楽しかった?」
「えぇ、とても。デリラも楽しそうでしたよ。見る物全て、珍しい物ばかりでしたから。それとですね」
「うん」
「この、ドレス。お母様が、お父様と初めて出会った時に、着ていたものなんですって。それをいただいたの。あたし、嬉しかったです」
「そっか。ぞれはよかった、ね。俺もナタリアさんもさ、両親を早くに亡くしてる。マリサ母さんも、クリスエイル父さんもね、本当の母さん、父さんみたいに接してくれるし、心配もしてくれるんだ」
「えぇ。甘えてくれていいって、言ってくれました」
「マリサ母さんはさ、勇者の代償で。クリスエイル父さんは、身体が弱くて、本当の子供ができなかったって聞いてる。俺は甘えるなんて、恥ずかしくてできないけどさ。もう、いいおっさんだし。でもね、こうして連れてきた時はさ、ナタリアさんは甘えたらいいよ。二人もそう、望んでるんだからね」
「あたしも、どうしたらいいか、よくわからないんです。でも、デリラがあんなに甘えてるのを見たのは、お母さんと、お母様、お父様とあなた。あとはエルシー様だけしか知りませんから」
「そうだね。本当に、デリラちゃんには助けられてばかりだよ。もちろん、ナタリアさんにもね」
俺は、起きてしまわないように、デリラちゃんのサラサラの髪の毛をゆっくり、撫でてみた。
いつもの寝間着に着替えず、ドレスのまま眠っちゃってる。
「でもさ、着替えさせなくてもよかったのかな?」
「あ、それなんですけど。お母様ったら、デリラのドレス、沢山用意してるから、汚してしまっても構わないからって……」
「あぁ、それで前に、デリラちゃんの背の高さとか聞いてきたんだ。最初から、そのつもりだったんだろうね」
「えぇ、きっと」
▼▼
「……うまい」
「えぇ。初めて味わいますけど、美味しいです」
「ねー」
クレイテンベルグ家の食卓は、俺達が普段食べているものより、とてつもなく美味かった。
俺がまだ勇者だった頃、年に一度ある新年の宴で食べた記憶のあるものより、繊細で味わい深い。
俺が国を興したとして、クレイテンベルグとの付き合いが無くなる訳じゃない。
だから、俺は、鬼人族の皆にも、この味に近いものを食べてもらいたいと思ったりもする。
肉は、俺達が駆除した魔獣の肉みたいだね。
この味は、なんとなく覚えがあるわ。
食肉として使える魔獣の肉は、実は、普通の獣よりも味が濃く、質が良い。
エリオットさんも、クレイテンベルグで扱っている物より良質だったって、言ってくれたからね。
「お母様、あの、お願いがあるのですが」
「――私のこと、お母様って、呼んでくれるのね……。こほん、どうしたのかしら? ドレスかしら? それとも――」
マリサ母さん、すっごく嬉しそう。
「いえ、その。このお料理、作り方を教えていただきたいのですけども……」
「えっ? 料理、なの? んー、困ったわね。私、あまり料理しないの。私が料理をしようとすると、家の人の仕事を取ってしまうことになるって、言われたことがあって……」
「そうだね。昔、そんなことを言ったことがあったかもしれないね。でもね、マリサは、とても料理が上手なんだ。たまに僕が具合が悪くて伏せっているとね、消化のしやすいものを作ってもらってといって、こっそり自分で作ってくれることがあってね」
「あ、あなた。……知ってたの?」
「そりゃそうだよ。僕は小さな頃からこの家の料理を食べてきたんだ。あんなに美味しくて、優しい味の食事は、間違える訳がないんだ。どうだい? せっかく娘がいるのだから、教えてあげたら?」
クリスエイル父さん、何気に惚気まくってる。
「……そ、そうね。あなたの許しがあるのなら、教えてあげなくも、ないわねっ」
マリサ母さんは、耳まで真っ赤になって照れてるし。
……でも、いいなぁ。
マリサ母さんと、ナタリアさん。
人間と鬼人族だけどさ。
遠慮しながらも、仲の良い母娘に見えなくもないし。
でもこうしてみるとさ。
ナタリアさんのドレス姿、似合ってるよね。
あ、勿論、デリラちゃんは妖精のようだよ。
ほんと、俺、幸せだわ。
あれ?
クリスエイル父さん、いつの間にか居なくなってる、と思ったら、食堂のドアを開けて、何やら抱えて戻ってきたわ。
エルシーの向かいに座ると、自分のグラスとエルシーのグラス。
持ってきた瓶の中身を、二つに並々と注いでる。
「エルシー様、これ、僕、秘蔵の酒です」
「んまぁ! ん、んーっ、とても良い香りね」
「味もかなりの物です。マリサはあまり酒が強くなくてね、いつも僕の隣で、見張ってるんですよ」
「あ、あなたっ!」
「いいじゃないか、目出度い席なんだからさ。どうぞ、エルシー様」
「そう? では、いただくとするわね。……ん、ふぅ。これは美味しい、わね」
「でしょう? 少々強いですけど、香りと後味がなんとも言えないんです」
「全くもう……」
いいなぁ。
俺も酒、好きなんだけど……。
完全に、忘れられてるし。
あ。
デリラちゃん、眠かったのかな。
可愛らしく、だらーんとしちゃってる。
今日、全力で、楽しんだみたいだからね。
「ナタリアさん、デリラちゃん、寝ちゃってる」
「あら。あなた、あたしが寝かせてきますから」
「いいよ。俺が連れて行くから。クリスエイル父さん、エルシー、飲み過ぎないようにね」
「わかってるわ。ウェルもゆっくりお休みなさいね」
「うん。ありがと。じゃ、マリサか……、ううん。母さん、父さん、お休み」
「――っ! ウェルちゃん、ありがとう。おやすみなさい。ナタリアさんも、デリラちゃんは寝ちゃってるわね」
「はい。おやすみなさいませ」
クリスエイル父さんは、お酒の入ったグラスを上げて、凄く良い笑顔だわ。
俺とナタリアさんは、三人に見送られて、部屋に戻ることにしたんだ。




