第四十七話 「ね、かわい? かわい?」。
王城が小さくなっていく。
俺が勇者として過ごした場所が小さくなっていく。
一仕事終えて、疲れがどっとくるな。
早くデリラちゃんを抱いて、癒やされたいわ。
早くナタリアさんに、癒やしてもらいたいわ。
『お疲れ様でした。お見事でした』
「うん。疲れたわ。すまないね、グリフォン族まで、恐れの対象になっちゃうかも」
『いいえ。ウェル様と、鬼人族の皆様と共にあるのなら、私たちは喜んで恐れられましょう』
そっか。
いいこと言ってくれるよ。
「ありがとう。王国の周囲を一周して、魔獣の気配がないことを確認したらさ、真っ直ぐクレイテンベルグ城へお願いね」
『かしこまりました』
とりあえずこれで、勇者が死ぬことが減ったと思う。
まだ謎は残ってるけどさ。
エルシーがいた時代よりも更に昔。
誰が魔族から魔剣と魔搶を奪ったのか。
奪ったというのが本当なのか。
魔獣が増え続けてる原因は何なのか。
とかね。
ゆっくり考えるさ。
人間じゃない俺には、時間はまだまだあるんだからね。
▼▼
「あ、ぱぱ、かえってくるよ」
「デリラ、本当?」
「うん」
「大丈夫よ、ナタリアちゃん。でしょう? マリサちゃん」
「えぇ。そうですね。デリラちゃん、慌てなくてもいいわよ。きっと領民の皆に歓迎されていて、驚いてると思うわ。ここに来るまで、暫くかかるはずよ。優しいウェルちゃんのことだから、皆の歓迎を無視すること何てできないと思うわ。……それにしても、窓を背にしているのに、デリラちゃん、どうしてわかるのかしら?」
「そうだね。音かな? それとも、……うーん」
「マリサちゃん、クリスエイルさん。デリラちゃん達、鬼人族は、ウェルもそうだけれど、マナの扱いに優れた種族なのね。恐らく魔族全体に言えることだと思うわ」
「そうなんですね。エルシー様」
「マリサお母様。デリラは鬼人族でも特に、特殊な能力を持っています。平凡なあたしから生まれたとは思えないくらいなんですね」
「ナタリアちゃん。どこが平凡なのよ? 皆から聞いてるから知ってるのよ? あなた、鬼人族の中でも、治癒魔法の使い手だと言うじゃないの」
「そんな、あたしなんて……」
「マリサちゃん、これでわかるでしょう? ウェルもそう。二人とも謙遜するのよ。似たもの夫婦なのよねぇ……」
「えぇ。全くですね」
「確かに、そっくりだね」
「そんな……」
「まま、エルシーちゃん、まりさおばーちゃん。くりすえいるおじーちゃん。ぱぱ、おりてきたよ」
「はいはい。表まで迎えに行きましょうかね」
「マリサ、僕はここで待ってるから」
「えぇ。エルシー様、ナタリアさん、行きましょう」
「はい。デリラ、行きますよ」
「うんーっ」
▼▼
とりあえず王国周辺に、魔獣が発生してる感じはなかった。
そりゃあれだけ倒せばさ、いなくなるわな。
あれ?
クレイテンベルグの城下町に近づいたんだけど、ルオーラさんの姿を見た人達が、何やら手を振ってくれてるんだ。
どういうこと?
もしかして、クリスエイル父さんかマリサ母さんが、エリオットさんあたりを通して、領民の人達に周知してくれてるのかな?
ルオーラさん達グリフォンは、見た目、どうしても魔獣にしか見えないだろう?
なのに笑顔で手を振ってくれてる。
多分、そういうことなんだろうね。
ほんと、……適わないな。
「ルオーラさん」
『はい』
「気づいてる? 下にいる人達」
『えぇ。私の姿に手を振ってくれています』
「そうなんだよね。エリオットさんから、何か聞いてる?」
『そうですね。確か、私に。同じ執事ですから、町に出たとしても大丈夫です。と言われてたような……』
「やっぱりね。エリオットさんかー」
『おそらくは、領民の皆様への周知をしてくれたのだと思います。実にありがたいことです』
ルオーラさんも、俺と同じ意見みたいだ。
ほんと、温かいね。
「んじゃさ、ちょっと城の手前に降りてみてくれるかな?」
『よろしいのですか?』
「うん。やっぱり確認したいじゃない?」
『そうですね。王都では恐れられ、こちらでは、歓迎される。複雑な心境になりますが、そうだとしたら、私としても嬉しく思いますね』
俺たちは城の少し手前に降りることにした。
するとね。
『あ、やはり、若様は勇者ウェル様だったんだ』
『ごきげんよう。若様』
なんて、声をかけてくれるんだよ。
『かっこいいねー。あの人がグリフォンさんなんだね』
『魔物と違って、なんだか知性を感じる顔つきをしてるわ』
なんて、ルオーラさんまで言われてるし。
『私のような者を、見た目で判断しないで……』
「だね。俺も元勇者だってバレてるけどさ、こう、何て言うのかな」
「『嬉しいよね(ですね)』」
意見が一致した。
俺は皆に手を振って応えることにした。
俺なんかだけじゃなく、グリフォン族の人まで歓迎してくれる優しさを感じる。
あの国では、あの時石を投げられて、今は恐れられてるはずだ。
この国では、これだけ歓迎されてる。
演技じゃない笑顔。
それだけは、俺にもわかる。
こうまでも違うんだ。
そこまで俺は、マリサ母さんとクリスエイル父さんに、信じてもらえてたんだ。
「ありがとう。父と母を信じてくれて、本当にありがとう」
『〝若様〟専属の執事、ルオーラと申します。私からも、お礼を申し上げます』
するとね、拍手と同時に、どっと歓声が上がったんだ。
『グリフォンさん、喋った。凄いね、かっこいいね』とか聞こえてくる。
この人達は、勇者だったマリサ母さんを受け入れてくれたんだろう。
マリサ母さんが勇者だったから、俺が勇者だったって、偏見を持たなかったんだろう。
「皆の安全は、俺が保証する。もちろん、父と母からお金はもらうけどね」
笑い声が聞こえてくる。
俺の言った冗談が、通じたんだろうね。
城の入り口が見えてきた。
あれ?
あの小さな女の子は……。
「ぱぱーっ」
「こら、デリラっ。そんなに走ったら」
「だいじょぶー」
デリラちゃんは、俺の目の前で立ち止まった。
すると、両手を水平にして、くるくるっと回って、こっちを向いて、可愛い顔でにっこり。
ひらひらの、薄桃色の可愛らしいドレス。
侍女さんたちがやってくれたのかな?
髪も可愛らしくまとめられてる。
襟首には、同じ薄桃色の、髪をまとめた大きなリボン。
やべぇ。
エルシーも、きっと、悶え苦しんだんだろうな。
「ね、かわい? かわい?」
「うん。デリラちゃんは可愛い」
「やったー」
俺はデリラちゃんを抱き上げ、左の肩に乗せる。
よく見ると、ナタリアさんも、純白の大人っぽいドレスを着てる。
いや、綺麗だなぁ。
後ろにはいつもの格好のエルシーと、エリオットさん。
侍女の皆さんもいる。
デリラちゃんを抱いたまま、ナタリアさんの近くまで来ると、エルシーがナタリアさんの背中をとんっと押すんだ。
ちょっと躓く感じに、一歩、二歩、よろけるように前に出てきたところを、俺は右手で抱き寄せる。
「あなた、お帰りなさい……」
「ナタリアさん、綺麗だよ。よく似合ってる」
「そんな、皆様の前で、恥ずかしいわ……」
両手のひらで頬を押さえて、まっかっか。
領民の皆から、また声が上がる。
『あの方が、若奥様ね。美しい女性だわ』
『お嬢ちゃんも可愛いね。いや、お姫様かな?』
なんて。
皆の方を向くと、デリラちゃんは、笑顔で手を振ってる。
ナタリアさんはというと、恥ずかしそうに俺の胸に顔を埋めてるし。
俺たちは、皆に改めて挨拶をすると、城の中へと入っていく。
その道中。
「ウェル。二人とも、可愛らしいでしょ?」
「まいったよ。こんな出迎え。予想もしてなかった」
「あらぁ、魔王様が何を言ってるのかしら?」
「……やっぱり聞こえてたんだね」
「さぁ、何のことかしら?」
澄ました顔で、すっとぼけるエルシー。
そのまま執務室まで来ると、クリスエイル父さん、マリサ母さんが出迎えてくれる。
「ウェルちゃん。お勤め、ご苦労様でした。辛かったでしょう?」
「お疲れ様、ウェル君。演じて、きたんだね?」
「はい。大丈夫です。きっちり、脅かしてきましたから」
俺はそう言って、笑顔で答えたんだよ。
昼食を皆で取り終えて、俺は報告をすることにしたんだ。
ちなみに、ナタリアさんは、疲れちゃったデリラちゃんを、ここの客間に寝かせに行ってる。
エリオットさんが付いてくれてるから、安心だってさ。
母さんも言ってた。
「――こんな感じで、聖剣を壊して、演説をぶちまけてきました」
マリサ母さん、笑いを堪えてる。
クリスエイル父さん、呆れた顔してるし。
エルシーは、むせそうになってるマリサ母さんの背中を擦ってる。
「ウェ、ウェルちゃん。それはまた、凄い演出だったわね。国民の前で、国王と王妃を叱りつけたみたいなものなのよ」
「僕も現地で見てみたかったな。実に痛快だったんだろうね」
「偉い言われようだわ。俺だって驚いたんです。この城の上空に着いたら、手を振ってもらえるわ。若様って、挨拶されるわ。いつのまに?」
「そうだね。ウェル君が、前に来た時、あの後すぐだったかな? マリサ」
「そうね。勇者だった私の息子もまた、元勇者なのよ。皆、すぐに納得してくれたわ」
いや、それおかしいって。
「それじゃまるで、俺が隠し子だったみたいじゃないですか」
「「同じようなものだね(ものよね)」」
今度は、笑いすぎて、エルシーがむせてるし……。
クリスエイル父さんが言うには、鬼人族は見た目ですぐにわかる。
今は魔獣や他の理由もあって、クレイテンベルグ領は、他の領地との行き来を禁じてるそうだ。
だから、遠慮しないで来て欲しいって。
基本的に、王都などの他の領地へは、バラレックさん達だけが動いてくれてるそうなんだ。
だから、魔族を、鬼人族を怖がる人は、この領地にはいないんだって。
助かるよね。
「俺はね、これから俺の国の整地から始めるつもりなんです。町作りには鬼人族の専門職の人もいてね、これが結構凄いんだよ」
「ほほぅ」
クリスエイル父さんが興味ありそうな感じ。
「基本的には、この領地と同じ感じにしようと思ってるんだ。だから、準備ができ次第、職人達を連れてこようと思ってる」
「そう、ウェルちゃん、ちょっと待ってね。バラレック、いるんでしょう?」