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第四十五話 できなかった親孝行と覚悟。

 マリサ母さんはデリラちゃんを抱いて、その切れ長だけど優しい目から、ぽろぽろと涙をこぼしてしまった。

 デリラちゃんは、手のひらでマリサ母さんの頬を拭い、首を傾げて心配そうに、こう言うんだ。


「まりさおばーちゃん、どこかいたいの?」

「……いいえ、嬉しくてつい、涙が出ちゃったのよ。デリラちゃん、私も大好きよ」

「うん。デリラちゃんもすきーっ」


 天真爛漫なデリラちゃんのその微笑みに俺もどれだけ助けられたか。

 ナタリアさんも俺に、同じ事を言ってたっけ。


「――もう我慢できないよ。マリサ、僕にも抱かせておくれ」

「あなた、私ばかりごめんなさい。この手で孫を抱くことができるなんて、夢にも思っていなかったものだから、ね。デリラちゃん、この人がね――」

「うん。しってるよ。くりすえいるおじーちゃん」


 デリラちゃんは、マリサ母さんの時と同じように、クリスエイル父さんに向けて、『抱っこして』と、言わんばかりに両手を広げる。

 クリスエイル父さんは、優しく迎え入れるように、デリラちゃんを抱き上げた。

 それはもう、壊れてしまわないように、優しく、優しく。


「……この重さが、命の重さなんだね。僕の身体が弱かったばかりに、マリサに子供を抱かせてあげられなかったことを、ずっと、後悔してたんだ……」

「あなた、それは……」


 俺はエルシーから聞いて初めて知ったことだったけど、マリサ母さんは始めから知ってただろう。

 勇者だったときの無理が祟って、子供を産めない身体になっていたことを。

 それを理解しているのか、クリスエイル父さんの優しさなんだろうな。

 自分が悪いように、そう言うのって、さ……。


「くりすえいるおじーちゃんも、どこかいたいの? ないてるの?」


 同じようにまた、デリラちゃんは手のひらで涙を拭ってくれている。


 マリサ母さんも、クリスエイル父さんも、今まで思うことはあっただろう。

 けれど、そんな後悔や不安も、デリラちゃんの笑顔で、思いやりのある仕草で、綺麗に洗い流してしまったようだね。

 俺がナタリアさんの献身的な支えと、デリラちゃんの無償の愛によって立ち直れたのと同様に、俺の新しい両親もまた、デリラちゃんに助けられたのかもしれないね。

 デリラちゃんが二人に会いたがっていたのもあるけど、二人にデリラちゃんを会わせて良かったと思う。

 俺は二人に命を救われた。

 俺が無事かどうか、不安だっただろうね。

 今までそれ以外のことでも、大変だっただろうね。

 だからさ、今はこの程度だけど、俺にできる精一杯の親孝行の真似事だけど。

 いいよね。

 父さん、母さん。

 近いうち、二人を連れて、挨拶に行くからさ。

 それまで、二人とも、仲良くしててよ?

 まだ色々障害はあるけど、それもひとつひとつ、解決していくつもりだからさ。


 その後俺は、クリスエイル父さんへ、調査の報告をすることにした。

 その間、マリサ母さんが、ナタリアさん、デリラちゃんとエルシーを連れて、お忍びでここの城下町の案内をしてくれるんだってさ。

 エルシーの腰には、俺から預かった小太刀が差されている。

 エリオットさんが同行するから、最悪の状況になることはないだろうけど。

 腰が寂しいからと、持って行くことにしたみたいだね。

 いやでも、普通に考えたらさ、元勇者のマリサ母さんと、同じく元勇者のエルシーの二人だけでも、向かうところ敵なしのようにも思えるんだけどね。


 ▼▼


「――この辺りからこう。こんな感じで整地して行こうと思ってるんですけど」


 昨日、拠点を移した辺りから地図の中央に向けて、国の敷地を作っていくつもりだと、俺はクリスエイル父さんに説明の真っ最中。

 ふむふむと頷きながら、真剣に俺の話を聞いてくれてるから、俺も思いつく限り、調査した通りに細かく話してるんだ。

 クリスエイル父さんは、このクレイテンベルグの現領主。

 ということは、国の運営に掛けては専門家ということになる。

 話によると、この領地を作ったのはクリスエイル父さんではないのだけれど、どういう意味を持って作られているか、そんなことまで教えてくれるんだ。


「そうだね。クレイテンベルグ領からウェル君の国に行き来するだけとしてね、それが可能なのは今のところ、ウェル君か、鬼人族の勇者さん達、後はバラレック君の商隊だけだと思うんだ」

「そうなりますね」

「うん。だからね、こう。城壁を作る必要もないと思う。魔獣の存在自体が、人間に対する城壁と同じ存在になるね。まぁ、この国の人間に限るのだろうけど」


 この国の人間に限る?

 どういうことだろう?


「それはどういう意味ですか?」

「そうだね。この大陸にある他の国にも、君やマリサのような勇者はいるんだ。それは魔獣が人を襲うために国へやってくるという、ここと同じ理由だね」

「はい」

「僕も他の国へ赴くことが可能な程、身体が丈夫じゃなかったから、聞いた限りの情報しかわからないんだ。だから、もしかしたらね、鬼人族以外にも、魔獣への対処方法を持ってる国があるかもしれない」


 そうだった。

 俺が勇者だった時も、他の国には同じような聖剣(実際は魔剣なんだけど)を使うことができる勇者がいるって聞いたことはあった。

 実際に他国へ行って、会った訳じゃないけどね。


「バラレック君の商隊が、どういう方法で魔獣を寄せ付けずに交易を可能にしてるかは、姉であるマリサにも教えないそうなんだ。それは勿論、商隊として情報は命よりも重い。そう彼は言ってたから、致し方ない事だと思ってるんだ」


 なるほどね。

 ちなみに、俺とエルシーで仮説を立てたことがあるんだけど。

 バラレックさんの商隊が使ってる魔法の道具は、恐らく、擬似的に魔法で『魔獣よりも上位の強さ』を演出してるんだと思う。

 それは俺が一昨日、最初の拠点で気を張ってたとき、弱い魔獣が寄ってこれなくなってる。

 そんな感じがしたんだよね。

 魔獣達の間でも、弱い魔獣を捕食してる強い魔獣がいる。

 その気配を察知して、弱い魔獣は近寄らないようにしてるんじゃないかってね。


 その演出自体は、魔法でどうやってるか。

 バラレックさん達の場合は、道具で行ってるらしいから、どう作ってあるかは予想もつかないよ。

 あくまでも、そういう働きをする道具なんだろうねって、エルシーと話してただけ。

 獣が獣を、人を威圧するように、俺は魔獣を無意識に威圧してるかも知れないって、エルシーは言ってた。

 だからかな、一昨日の夜、俺が気を抜いた瞬間に、魔獣は集まり始めたんだよね。

 一度魔獣が動くと、それは群れの心理っていうか、勢いなんかもあって、止まらなくなる。

 それは人間も同じなんじゃないかな……。


「はい」

「けれどね、マリサから聞いた限りでは、人間の国がもし、ウェル君に何か悪さをしたとしても、君に勝てる人間はいるかどうかわからないよ。もしいたとしたら、それは恐らく、人間の埒外にいる存在かもしれない。だから、慢心しないで欲しい。いいかな?」

「はい。俺がこの世で一番強いだなんて、思っていません。ただ、負けないように努力は続けていくつもりですけどね。俺は家族を守る為なら、かつていたと言われてる魔族の王、魔王にも負けるつもりはありませんよ。勿論、その家族の中には、マリサ母さんとクリスエイル父さん達もいますからね」

「……全く、君はどこまで強くなるつもりなんだか」


 そう言って破顔するクリスエイル父さん。


 俺はもう一つやらなきゃならないことを思い出した。

 その為には、一度、王国に侵入しなきゃならないんだよね。


「クリスエイル父さん」

「どうしたんだい?」

「前に言ってたことなんですけど、俺、聖剣エルスリングを破棄しに行ってこようと思うんです」


 俺、そんなに嫌そうな顔してるかな?

 今度は苦笑してるし。


「本当は、行きたくないんだよね? 顔に出てるよ」

「わかりますか? 嫌ですよ。俺に石投げた人達の前に出るなんて。聖槍ヴェンニルは壊しましたけど、まだあの国には聖剣エルスリングがあります。前にも話した通りですが、あれは、勇者の命と同じ、マナを吸って魔獣を倒せるようになるだけなんです。休みなく使ってしまったら、それこそ勇者は長生き出来ない。エルシーだって、五年と持たなかったんです。……もう、そんなこと、繰り返しちゃいけないんです。あれは、俺が何とかします。あと、同時にやらなきゃならないこともあります。きっとそれは、俺にしかできないことだと……」

「それは、どんなことなんだい?」

「ベルモレット君の目の前で、勇者を続けることの怖さを教えなければならないでしょう。彼には辛い選択でしょうけど、現実を見せて、目の前で聖剣エルスリングを、ただの剣にしようと思ってます」

「何もそこまで君が背負わなくても……」

「俺の、勇者としての最後の仕事です。これで、王国とは金銭的な関係になれるんですよ。俺は人間じゃない、魔族なんだって教えてやれば、石を投げた人達も、俺を恐れるでしょう? 明るい内に堂々と、姿を現してやりますよ。魔獣は全部、俺のものだ。俺は倒してやる代償として、王国は金銭を出すように、ってね」


 クリスエイル父さんは、俺の言葉に答える代わりに、優しい目をして、俺の手を握って言うんだ。


「――すまない。ウェル君」

「いいんです。俺が恐怖の対象になることで、魔族は怖い。そう思ってもらえたら、それだけで」


 俺は精一杯の笑顔で、応えることにしたんだ。


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