第四十四話 デリラちゃんね、だいすきなの。
ゆっくり休んだ翌日、俺は出立の準備をしてる。
今回の調査で収穫した魔石を全て持って、ルオーラさんの身体にかけてある二つの大きな鞄に袋ごと入れておく。
デリラちゃんを抱いたナタリアさんを、俺の前に乗せて、俺はナタリアさんを後ろから抱く感じでルオーラさんに乗ることになる。
ライラットさんたちは、俺たちがいない間に、グレインさん達へ自分たちの目で見たままを、予め説明してもらうことにしたんだ。
俺はこれから、ナタリアさんとデリラちゃんを連れて、クレイテンベルグ家の屋敷に挨拶に行く予定だね。
「ルオーラさん、じゃ、お願い」
『かしこまりました』
俺だけが乗ってる時みたいな勢いじゃなく、ゆったりと雄大に翼を動かしてふわっと上昇していく。
ナタリアさんはちょっと怖いらしく、俺の胸に顔を寄せてる。
『ナタリアちゃん、そのままでいいから聞いてちょうだい』
「は、はいっ」
『ウェルはね、ナタリアちゃんを愛してるわ』
「あ、あたしもですっ」
『ありがとう。あのね、あなたも聞いてると思うけど、ウェルは一度ね、人間を信じられなくなってたわ。それは、つい最近までね』
「はい……」
『ウェルはね、デリラちゃんを溺愛してるのを知ってるわよね? デリラちゃんには、ウェルの血は流れてないの。それでもね、自分の娘として、愛してるのよ』
「……嬉しいです」
『デリラちゃんの能力のおかげもあってね、ウェルは、マリサちゃんとクリスエイルさんの息子になることを決めたの。それはね、デリラちゃんが言ったから。家族の、愛する娘のデリラちゃんの言葉だったから、信じることができたの』
「はい」
『誇っていいわ。それだけウェルに愛されてるんだから。ウェルはね、あなたとデリラちゃんのためなら、命をかけるわ。もちろん、鬼人族のためには身体を張るでしょうね』
「はいっ」
『だから、ウェルを支えてあげて欲しいの。愛し抜いてあげて欲しいの。わたしは、見守ることしかできないから。あなたが一番側にいるのだから。……約束してくれる?』
「はい。エルシー様」
『これだけはちゃんと言っておきたかったの。聞いてくれてありがとう、ナタリアちゃん』
……そうだった。
デリラちゃんの言葉だったから、信じようと思ったんだ。
デリラちゃんも、今の話は聞いてたんだろうね。
俺は、デリラちゃんをお姫様にするために、王になる。
俺は、ナタリアさんを王妃にするために、王になる。
ただ、それだけなんだけどね。
でも、デリラちゃんが理解するにはちょっと早いかな。
だって、ほら。
「うわわー。ぱぱっ、たかいたかい」
デリラちゃんは、とても楽しそうにはしゃいでる。
いつもは舌っ足らずで、笑顔が可愛い、年相応のデリラちゃん。
でもこの可愛らしい表情の奥には、時折、実際の歳よりもお姉ちゃんな考え方もできるデリラちゃんがいる。
俺はこの娘がいなかったら、受け入れてもらえなかっただろう。
この娘がいなかったら、もう一度他人を信じてみようと思わなかったかも知れない。
こんな俺がいいと言ってくれた。
こんな俺を愛してくれた、最愛の妻ナタリアさん。
俺が迷ってる暇を与えないためか、族長を任せてくれたお義母さん。
家族のために、頑張ってみようと思えたのも、また、デリラちゃんとナタリアさんがいたからなんだよね。
クレイテンベルグ邸へは、あっという間に着いちゃうんだけど、デリラちゃんが楽しそうにしてるから、ルオーラさんにはゆっくり飛んでもらうように言ってある。
「ぱぱ、すごいねー。たかいねー。たのしーねー」
「そうだね。ほら、あまり動いちゃうと危ないから、大人しくしてるんだよ?」
「うんっ」
実を言うと、ナタリアさんもデリラちゃんも、集落を出るのはこれが初めて。
特にナタリアさんは、出かける前、かなりそわそわしてたからね。
知らない場所に行くのも怖い部分があるのかもしれない。
基本的には、クレイテンベルグ邸に降りるから、危険はないと思うし、慣れたら城下町を見て回るのもいいと思ってるんだ。
昨日の段階で、王国の周りにも魔獣は発生してないのは確認してある。
そういう意味では、今日は気分的に楽だよね。
クレイテンベルグ邸の上空でルオーラさんが一度、二度と旋回した。
すると、執事のエリオットさんが気づいたようで、城の入り口で手を振ってくれてる。 後で聞いた話だけど、ここは本来、屋敷とか、クレイテンベルグ邸とかじゃなく、クレイテンベルグ城って言うんだってさ。
公爵家だから、一応城なんだって。
屋敷にしては大きいと思ったんだ。
ゆったりとルオーラさんは屋敷の前に降りていく。
すると、入り口から侍女の皆さんが両側にずらーりと並んじゃってるわ。
おいおい、そんな大げさにしなくても、……って、俺、一応跡取りになるのか。
仕方ないんだろうな……。
エリオットさんは、ルオーラと黙礼を交わした後に、俺たちを出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、ウェル様」
「「「「「「「「お帰りなさいませ、ウェル様」」」」」」」」
うわっ、これは恥ずかしい。
「ウェル様の奥様とお嬢様でございますね。お帰りなさいませ。私は執事のエリオットと申します。以後、よろしくお願いいたします」
深々とエリオットさんが一礼すると、侍女の皆さんも続いた。
「「「「「「「「お帰りなさいませ、奥様、お嬢様」」」」」」」」
俺の横にいたナタリアさん、顔を真っ赤にして照れてるみたいだ。
その証拠に『そんな、奥様だなんて……』って、ぼそっと呟いてるし。
そんな中、ぶれないのはデリラちゃん。
「ね、ぱぱ。おじょうさまって、だれ?」
何て説明するかな。
んー。
「あのねデリラちゃん。ぱぱの娘のデリラちゃんを、お嬢様って呼んでるんだよ」
「んー、デリラちゃんは、デリラちゃんだよ?」
首をかしげて俺を見上げてそう言うデリラちゃん。
可愛すぎる……。
「そうだね。デリラちゃんはデリラちゃんだね」
「ねーっ」
デリラちゃんは、手を繋いで歩くことができるほど背が高くない。
だからここでも、俺が抱き上げて歩いてるんだ。
「デリラちゃん、おじーちゃんと、おばーちゃんに会うの、楽しみでしょう?」
「うんっ。エルシーちゃん」
いつものように、エルシーは気がついたら人の姿になってる。
デリラちゃん、ナタリアさんと同じように、鬼人族特有の民族衣装とでも言うのか、色鮮やかな一枚布でできた服を着てる。
まるで二人の祖母と言ってもおかしくないくらいに、お揃いだよね。
あれ?
そういえば今気がついたけど、エルシーの左のこめかみ辺りから、ナタリアさんと同じ色の、鬼人族女性の角が生えてる。
そっか、徐々にだけど、鬼人族女性の角からできた大太刀に馴染んできたのか、鬼人族の女性っぽくなってきてるのかな?
ナタリアさんと並んで歩いてると、まるで母娘のように見えるよ。
「ウェル、どうしたの? あらぁ……。ナタリアちゃんと最近一緒に居られないから、見惚れちゃってるのね。愛されてるわね、ナタリアちゃん」
「はいっ。あたしもウェルさんを……」
ありゃ。
余計なことを……。
ここでからかわなくてもいいじゃないのさ。
いや、うん。
そりゃ勿論美人さんだよ、ナタリアさんは。
って、いかんいかん。
そんなこと考えてる間にも、マリサさん達が待つ部屋の前に着いちゃったよ。
「旦那様、奥様。ウェル様とご家族様がお着きになりました」
「――入ってもらってちょうだい」
あ、マリサ母さんの声だ。
心なしか、嬉しそうに声が躍ってるような気がする。
ドアが開いて、奥に座ってるクリスエイル父さんと、もう、待ちきれなくてドアのところまで来てしまってた、マリサ母さん。
「ただいま。マリサ母さん。クリスエイル父さん」
「おかえりなさい。待ちきれなかったから、ここまで出てきちゃったのよ、ウェルちゃん。エルシー様もいらっしゃいまし」
「ご機嫌よう。マリサちゃん、クリスエイルさん」
うわぁ、マリサ母さんのものっすごい笑顔。
それは俺の後ろにいる、エルシーの隣。
ナタリアさんと、俺が抱いてるデリラちゃんに注がれてるのがわかるよ。
「後ろにいるのが、ウェルちゃんの奥さんね。そして、抱かれてる可愛らしい娘が」
「デリラちゃんは、デリラちゃんです。こんにちは、まりさおばーちゃん。くりすえいるおじーちゃん」
普段は人見知りが強くて、集落の人ともあまり話そうとしないデリラちゃんが。
マリサお母さんに両手を差し出して『抱っこして』と、言わんばかりに主張してるし。
「はい。マリサ母さん。俺の娘、デリラちゃん。それとこの女性がね」
俺はデリラちゃんをマリサ母さんに抱かせる。
続いてナタリアさんの手を握って軽く引くと、俺の横に並ばせた。
「俺の可愛い奥さん。ナタリアさんです」
「その……、お母様、お父様、初めまして。ナタリア、です」
俺の横で恥ずかしがってるナタリアさん。
「あらあら。可愛らしいお嫁さんですこと。ウェルちゃんの母、マリサです。よろしくお願いしますね」
「うん。僕たちにも娘と孫娘ができたんだね。嬉しいよ。初めまして、ウェル君の父で、マリサの夫。ここ、クレイテンベルグの領主をしてる、クリスエイルって言うんだ。よろしくね」
俺の胸の中から、顔をこっそり二人に向けて、こくこくと頷いてる。
やば、ナタリアさん、可愛い……。
マリサ母さんの胸に顔を埋めてから、顔を上げて見上げると、デリラちゃんは笑顔になって再びご挨拶。
「まりさおばーちゃん、いいにおい。デリラちゃんね、だいすきなの」
うわ、マリサ母さんのでれっとした顔、初めて見たよ。
クリスエイル父さんも、デリラちゃんの頭を恐る恐る、ゆっくりと撫でてくれてる。
二人とも嬉しそうだな。
連れてきて良かったな。