第四十一話 移住のための現地調査。
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「――これが、クレイテンベルグ領の全体像だよ。このうち、左側半分は、人間が踏み入ることができない土地になってるんだ。この地域の調査をしてくれたのは、マリサの弟、バラレック君の商隊に頼んだんだ。僕が知るだけでも、唯一、魔物除けの手段を持ってる彼らが行ったんだ。かなり正確だと思うよ」
俺たちは、クレイテンベルグ領の詳細な地図を見ながら、クリスエイル父さんに説明を受けてる。
クレイテンベルグ領は実質、この地図の右側三分の一位にしか人が住んでいないらしい。
俺もこの辺はよく討伐に来てたから、なんとなくは知ってるんだ。
奥に行くに従って、魔獣の気配が多くなるから、深追いはしないようにしてたし。
何より、同行してる騎士達や、マリシエールさんを守り切れないから無理はしないようにしてたんだよな。
「――ということでね、ウェル君」
「はい」
クリスエイルさん、とても良い笑顔でさらっと言ったんだ。
「この左半分、ウェル君に割譲するから、好きに使ってくれていいよ」
「へ?」
思わず、素っ頓狂な声を上げちまった。
そりゃそうだろうよ。
クレイテンベルグの半分をくれるっていうんだ。
だってさ、この地図の実際の広さって、王都の優に十倍はあるんだぞ?
いくら人が住めない場所だからって、クレイテンベルグ家が貧乏くじ引いてたようなものじゃないか。
俺が魔獣を狩ってたから影響は少なかったんだろうけどさ。
手付かずの未開の地とはいえ、これだけ広大な土地をもらってもいいのか?
「いいんだよ。それだけクレイテンベルグ領も安全になるんだ。領民も助かるんだよね。どうだい? もらってくれるよね?」
「はい、では、遠慮なくいただきます」
「あなた、よかったわね」
「うん。ウェル君達なら、有効的に使ってくれると思ってるさ。それにね、僕たちクレイテンベルグ家だけが、『ウェル君の国と、交易ができるように、釘を刺した』からね」
うわ。
クリスエイル父さん。
すっごく悪い笑顔をしてるよ……。
流石は公爵閣下だけはある。
優しい顔して、かなり腹立ててたんだろうな。
「王国は安全を買うことができるんだ。贅沢は言わせないよ。それだけマリサとウェル君を、今まで騙してたようなものだからね」
うわぁ、額に青筋でも立ててるような、怖い表情になってるし。
「わかりました。とにかく、怒らないでください。俺とマリサ母さんのためとはいえ、身体にも悪いですから……」
「あぁ、すまないね。僕としたことが」
「あなたったら、本当にうっかりしてるんだから……。ところで、ウェルちゃん」
「はい」
「今晩はゆっくりできるんでしょう? 調査は夜が明けてからでしょうし」
あぁ、そう思っちゃうよね、普通は。
「いえ、マリサ母さんにはすまないと思いますけど、そろそろ薄暗くなってきてます。なので、調査を始めようと思うんです」
「えぇっ? どうして?」
「暗くなる前に、地域の全体像を見ておきたいというのもありますし。それに魔獣というのは、明るいうちより、夜の方が活動が活発になるんです。なので、夜の方が実態が掴みやすいんですよ。ついでに討伐しちゃって、明るくなってから土地の調査をしようと思ってるんです」
「でも、ウェルちゃん。いくらウェルちゃん達でも、夜は危険じゃないの?」
「大丈夫です。俺を除いても、『勇者が九人いる』ようなものですから。強いんですよ、鬼の勇者達は。それに、グリフォン族のみんなは、実は、鬼の勇者より強い人もいるんです。ここにいる執事のルオーラさんのように、ね」
あ。
失言だったかも。
執事って言っちゃったから、ルオーラさん。
男泣きしてるし……。
「うわ、それは想像もできない。勇者が九人だなんてね」
あれ?
ニヤニヤしながら、エルシーが口を挟んでくる。
「それにね、ウェルは『新種の魔族』だものね。ウェル一人で、勇者が十人いるようなもの? それ以上かしら?」
「ひでぇ……」
瞬間、笑いが起きた。
はいはい、俺はバケモノですよーだ。
「それが魔族というものなんですよ。俺も、なるべく早く調査を終えて帰りたいですし、それだけ早く、娘のデリラちゃんを連れてくることができると思います」
「まぁっ!」
マリサ母さんが、声を上げて喜んでくれてるよ。
「うちのデリラちゃんも、お二人に会いたがってます。調査が終わって、開拓を始める前には連れてきますよ。約束します」
「それは楽しみだね。ねぇマリサ」
「えぇ、あなた。私に、孫ができたんですもの。嬉しくない訳がないじゃないですか」
ここに来る前に、エルシーから聞いたんだ。
マリサさんは、エルシーがこの時代に意識を戻す前に、無理をしすぎたらしい。
その影響で、身体に影響が出てしまって、子供ができないらしいんだ。
だから俺を息子のように思ってたんだって。
子を抱くことができなかったマリサ母さんに、早く孫を抱かせてあげたい。
俺もそう思ってるんだよね。
さっき見せてもらった地図を受け取って、マリサ母さん、クリスエイル父さん、エリオットさんを始め、使用人の皆さんに見送られて、俺たちは調査へと向かうことになった。
上空に上がると、傾いた夕日がまぶしい。
俺は地図と目下に見える景色を見比べた。
「すごいね。この地図。かなり正確だよ」
『ウェル。ありがとうね。マリサちゃん、喜んでたわ』
「うん。よかったよ。俺はデリラちゃんのおかげで、モヤモヤしてた気持ちもすっきりできたんだし。デリラちゃんも会いたがってるし」
『そうね。早く終わらせて帰りましょうね』
「うん」
暗くなる前に、魔族領に近いところ。
森の手前の開けた場所に、今回の拠点を作ることにした。
グリフォン族の人達は、ルオーラさんが中心になって、木材を集めてくることになった。
グリフォン族は、全員が木材加工の専門家ではないらしい。
だけど、木材を集めてくるのは慣れているらしく、どの木を倒せば周りに影響がないか、よく知ってるらしいんだよね。
それを集めて、簡単な小屋を作ることになった。
その間俺は、鬼の勇者達に大きな穴を掘ってもらうことにした。
それは、〝食用にならない魔獣〟を倒したとき、魔石を抜いて、放り込んでおくための穴。
食用になるものは、血抜きを終えた順に、エリオットさんへ手分けをして届けることになってるんだ。
それを買い取ってもらって、集落へのお土産を買っていく予定。
調査中の討伐も無駄にならないように考えてるんだよね。
あれ?
アレイラさんが、掘り始めた土をつまんで、匂いを嗅いでる。
驚いた表情になって、俺の元に走ってくる。
「ウェル族長さんっ。この土地、凄いです。とてもよく肥えてます。いい野菜が育ちますよきっと」
凄く嬉しそうな表情。
専門家の彼女が言うんだ。
間違いないだろうね。
ということで、土地の調査はあっさりと終わってしまったんだ。
『開けた場所の土を調べただけ』でこれなら、もっと期待できるとのことだった。
『ウェル。よかったわね』
「うん。バラレックさんの調査って凄いんだなと思ったよ。情報が命だというのも、頷けるね」
『あとね。気づいてるでしょう?』
「うん。おそらくなんだけど、商隊で使ってる〝魔獣よけ〟って(きっと、食物連鎖の頂点に近い気配を発生させるんだと思うんだ)」
『(そうね。ほぼ間違いないとわたしも思うわ)』
まぁ、この場所なら誰が聞いてるということはないんだろうけどさ。
他の場所で間違いを起こさないように、普段から慣れておかないとね。
俺、一応、国を運営することになるんだからさ。
運営については、クリスエイル父さんに教わらないと駄目だろうけどね。