第四十話 ぱぱ、がんばってくる。
俺たちは一度集落に戻って、調査へ向かう準備を始めた。
すると、入れ違いで、バラレックさんが出立するらしく、挨拶してくれたんだ。
「では、ウェル殿。私はこれで失礼します」
「はい。マリサさんにもよろしくお伝えください」
「いえ、姉には暫く会いたくないです。頭ごなしに怒鳴られそうで……」
「あはは。怒るととんでもなく怖いですからね」
うん。
マリサさんはだらしないところを見たり、間違ったことをしたりすると、すっげぇおっかないんだよ。
普段がとても優しいもんだから、ねぇ……。
「そうなんです。それはもう、ネチネチと……。あ、それでですね、もし、調査が良好に終わって、建国となりましたら、私たち商会の拠点を置かせてもらっても構いませんか?」
「えぇ。そのときはこちらからお願いしたいくらいです。俺としても助かりますよ」
おそらく、王国からの資材なんかは、バラレックさんたちに頼むことになるんだろうからね。
「それはありがたいです。さて、私たちも忙しくなりそうですね。では、近いうちまた寄らせていただきます」
「はい。道中、お気を付けて」
こうして、バラレックさんたち、商隊は集落を後にした。
さてと、俺はナタリアさんとデリラちゃんにいってきますしてくるかな。
「じゃ、俺、家に顔出して戻ってくるから」
『はい、お任せください』
「「「「はいっ」」」」
屋敷の入り口をくぐると、ナタリアさんが出迎えてくれる。
「あなた、そろそろ出発ですか? もしそうなら、お弁当作りましたので、先でみんなで食べてくださいね」
これだよ。
嬉しいったらありゃしない。
ナタリアさんの後ろから、デリラちゃんがじーっと見てる。
俺はその場にしゃがんで、おいでおいでをしてみた。
すると、俺の胸にぽふっと飛び込んでくる。
下からじーっと、可愛らしい瞳で見上げてくるんだよな。
やば、仕事行きたくなくなる。
負けたら駄目、だよね?
「ぱぱ。……おしごと?」
「そうだね。ままとお婆ちゃんと、お留守番しててくれるかな?」
「うんっ。デリラちゃん、がんばるっ」
ナタリアさんは、炊事場から、大きな包みを持ってきてくれる。
「あなた。これ、お弁当。気を付けて行ってきてね。エルシー様、うちの人をお願いします」
「ぱぱ。いってらっしゃい。エルシーちゃんも、いってらっしゃい」
『えぇ、行ってくるわね』
俺の腰からエルシーの声がする。
右腕にナタリアさん、左腕にデリラちゃんを抱いて、俺は無事の帰還を約束するんだ。
「あぁ。ぱぱ、がんばってくる。ナタリアさん、留守を頼むね」
「はい。あなた」
「はいっ、ぱぱっ」
二人同時に俺の頬に優しい口づけ。
これだけで、死ぬ気で頑張れるってもんだよ。
二人に見送られながら、俺は屋敷を後にする。
いやしかし、この包み、かなりでかいな……。
何人分、入ってるんだか。
集落の外れで、皆が準備を終えて待っててくれてた。
俺は、ナタリアさんから弁当を預かってることを告げると、皆、喜んでたよ。
ナタリアさんの料理は、ほんと、美味しいからね。
「さてと、エルシー。まずは、マリサさんとクリスエイルさんに会ってからだね?」
『そうね。正確な場所を聞かないと駄目だし、ウェルの覚悟も聞いてもらわないと駄目でしょう?』
「そだね。よし、向かいますか」
「「「「はいっ」」」」
俺たちは集落をクレイテンベルグ領に向けて、飛び立っていった。
王国の元騎士団長の件も片付き、俺は鬼の勇者四人を連れて、鬼人族を移転させるための候補地を調査しに来た。
その前に、クレイテンベルグ家の屋敷に寄って、現地の情報を聞いておかないと、どこにあるのかわからないから。
ということで、俺たちは集落を後にしてマリサさんとクリスエイルさんの住む屋敷に到着したんだ。
『ここは私が』
到着と同時に、ルオーラさんが取り次ぎのお願いを申し出ると言ってくれた。
ルオーラさんは、閉じた大きな扉に向かって、通る声でこう言った。
『私は鬼人族が長、ウェル様の執事、ルオーラと申します。申し訳ございませんが、ご当主、クリスエイル閣下並びに、奥様、マリサ様にお取次ぎ願えないでしょうか?』
あらま、執事だって宣言しちゃってるよ……。
まぁ、いいんだけどさ。
お。
扉の中央あたりで小さな窓みたいなものが開いたみたい。
そこから、目の部分だけが見えたような……。
「ルオーラ殿でございましたか。少々お待ちください」
聞いた覚えのある声、多分、執事のエリオットさんだろうね。
『ぎぃ』と音を立てて、大きな扉が開いてく。
そこには、深々と頭を下げて、再び俺たちを見て、優しい笑顔で迎えてくれたエリオットさんがいた。
「お待ちしておりました。そして、お帰りなさいませ、ウェル様。再びお会いできると、このエリオット、心より信じ、お待ちしておりました。ささ、旦那様と奥様がお待ちです。お連れの方々も、どうぞ、こちらへ」
何気にルオーラさんとエリオットさん、がっしりと握手を交わしてる。
『素晴らしい対応でした。合格点だと思います』とか、聞こえるんだけど……。
もしかして、ルオーラさん、エリオットさんと師弟関係だったりしないか?
「ねぇねぇ、すっごいお屋敷よね」
「そうね。私のところの宿。いくつ入るのかしらね……」
ジェミリオさんとアレイラさんは、後ろで何やら楽しそうに話してる。
思ったより肝の太い女の子達だな。
その反面、ライラットさんとジョーランさんは、ガチガチに緊張してるし。
ありゃ、右足と右手、左足と左手が一緒に出てる。
誰もここで、一人で立ち回れなんて無茶なことは言ってない。
俺についてくるだけでいいんだからさ。
大丈夫か、男の子。
おじさんちょっと情けないぞ。
「ウェル。ほら、襟元しっかり直しなさい。だらしないわよ」
いつの間にか人の姿になってたエルシーに、こんな注意をされてる俺も俺だけどね。
そういや、初めての討伐祝いのとき、『国王様、王妃様の前に出るのだから、もっとしっかりした身なりになさい』って、マリサさんにも同じようにされたっけな。
よくよく考えたら、マリサさんは俺の亡くなった両親と同じくらいの歳だったんだ。
あの頃から、俺のこと息子のように思ってくれてたのかもしれないね。
その後だっけ、疲れて寝ようとした時、初めてエルシーの声が聞こえたのは。
俺がちょっとだらしないことしちゃったとき、エルシーも同じように怒ったっけ。
マリサさんとそっくりで、思わず笑いそうになったことがあったな。
そうだな。
俺にはお義母さん、エルシー、マリサさん。
母親が三人。
クリスエイルさんという父親が一人。
四人の親ができることになるんだな。
愛する嫁さんと、愛らしい娘もいるし。
父さん、母さん、俺さ。
二十年、大変だったけど。
今、本当に幸せかもしれないよ。
そのうちさ、墓参り行くから。
俺の嫁さんと娘に会わせるからさ、待っててくれな。
エリオットさんがドアをノックする。
「ウェル様ご一行がお着きになりました」
間髪入れず、ドアが開いた。
そこには、とても嬉しそうな表情のマリサさんがいたんだよ。
奥には、笑顔のクリスエイルさん。
あぁ、俺が戻ってくるのを、今か、今かと、待っててくれたんだな。
嬉しい。
顔がにやけるのを我慢して、俺は一言だけ言わせてもらう。
「マリサ母さん。クリスエイル父さん。って、呼んでもいいんですか?」
すると、物凄い笑顔で、切れ長だけど大きな目に涙を溜めて。
俺の手を両手で握って、すっごく喜んでくれるんだ。
「えぇ、そう呼んでくれたら、嬉しいわ。名を継ぐ決心をしてくれたのね。ねぇ、あなた」
「あぁ。僕も嬉しいよ。お帰り、ウェル君」
「お帰りなさい、ウェルちゃん」
呼び方は変らないのね。
小っ恥ずかしいっていうか。
嬉しいっていうか。
「ウェル・クレイテンベルグ。ただ今戻りました。王国には戻りませんが、名は継がせてもらうことに決めました。……それで、いいんですよね?」
「「えぇ(あぁ)」」