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第三十九話 まぁ、達者で暮らせよ。

 再び前を向くと、斬りかかってくるグランデールが目に入った。

 剣速も遅いし、踏み込みも甘い。

 まともに訓練してないんじゃないのか?

 紙一重じゃなくても、余裕で避けられそうなんだけど。

 避けたら駄目、だよなぁ……。

 実力じゃなく、家の影響力で騎士団長になった臭いな、こいつ。

 アレイラさんに剃られて禿げ上がった額に、脂汗が出てるぞ。

 なんともまぁ、みっともないこと。


 さてと。

 俺はね、ナタリアさんと一緒になってから、鬼人族に伝わるマナの利用方法を教えてもらったんだ。

 俺はそれまで、無意識にマナを使ってたらしく、実に効率の悪い使い方をしてたみたいなんだよ。

 全身に流れる血流を意識して、必要な場所にマナを送り届けるように。

 皮膚の薄皮一枚残して、その下にマナを薄く展開していく。

 こうすることで、少々傷がつきにくくなるらしい、んだよね。


 上半身裸になってる俺に対して、グランデールは袈裟斬りに剣を振るってくる。

 魔獣を斬ったときのような、鈍い音が俺の耳にも届いてくる。

 あぁ、今、斬られたんだよな。

 そんな感触があったよ。

 俺の左の肩口から、右の脇腹にかけて、薄く赤い線が走ってた。

 何でわざわざ上着を脱いだかって?

 烙印を見せることもあったけど、服が破けたら嫌だからね。


「自惚れるからこういうことになるのだ。貴族の剣の錆になるのは――」


 グランデールの目が、まん丸に見開かれてるよ。

 そりゃ驚くよな。

 斬られたはずの場所は、ミミズ腫れのようになってるだけで、皮膚から血が一滴も流れていないんだからさ。

 ほら、上着脱いでて正解だったよ。

 服破くとさ、ナタリアさんが悲しそうな顔して、縫ってくれるんだ。

 なんせこの服、ナタリアさんの手製だからさ。

 破きたくないんだよ。


 よく見ると、俺に斬りつけた元王国騎士団長、グランデールは、目を丸くして驚いてる。

 そりゃそうだ。


「やっぱり無理だったか。多分俺もな、聖剣や聖搶じゃないと、傷以上は付けられないかもしれんぞ」

「そ、そんなはずは。この剣が悪いんだ。粗悪なものを寄こしたなっ」


 やっぱり阿呆だなこいつ。

 俺今、意識的にマナを流してるんだから、切れる訳ないじゃないか。

 マナを流さない状態でナタリアさんの手伝いしててさ、包丁で根菜切ってた時、ちょっと手を滑らせて、鉄製の包丁でも指切っちゃったときあるんだよね。

 前は、戦ってる意識下で、無意識にマナを使ってた。

 今は意識的に、消費を抑えながら使うことができてる。


 マナを通さなきゃね、俺だって指切っちゃうように、怪我をするんだよ。

 それはきっと、魔獣も同じ。

 死んでる状態だと、鉄製のナイフで切ることができるからね。

 じゃないと、肉屋のジョーランさん、仕事できないじゃない。

 鬼人族のみんなも、俺も同じなんだろうね、ってエルシーと話してたことがあったっけ。


「あのな。俺は、鬼人族の族長だぞ? あんたたち人間と違うんだ。魔族なんだよ。魔物以上の存在。その昔、人間が攻め込んだとこの魔族は、鬼人族より弱い種族だったんだろうよ。あんたはな、そんな魔族、鬼人族に喧嘩を売ったんだ。それがどういうことか、おわかりかな? 俺は聞いたんだよ。あんたが言った『この集落にいる魔族を根絶やしにする』という言葉は、『王国の総意で、俺たち魔族に喧嘩を売ったと取っていいのか?』ってね。国王も王妃も、真っ青になって否定してたよ。可哀想になぁ……」


 グレインさんが打った剣なんだ、結構な代物だと思うんだけど、こいつの腕が悪いのか、それとも俺が、エルシーの言った通り〝非常識〟なのか。


『(ぷぷぷ……。だから言ったでしょう? 新種の魔族みたいなものだって。ウェルはただの人間から見たら、立派なバケモノなのよ)』


 また俺の頭の中読んでるし。

 しかし、実に酷い言われようだな。


「ほら、それで終わりかい? 百も千も打ち込めば、もしかしたら倒せるかもしれないぞ?」

「嘗めた口を利くなっ!」


 元とはいえ、騎士団長の座にいたんだ。

 それなりの矜恃(きようじ)があったんだろうな。

 何度も何度も、斬りかかってくるけど、結果は変らない。

 そりゃある程度は痛みはあるよ。

 ただ、マナを流してるから、そんなでもないだよな。


 斬り続けてるグランデールを余所に、後ろを向いてみると、鬼の勇者達は座り込んで世間話をしてるよ。

 ルオーラさんに至っては、尽くすことの意義や喜びについて説き始めてるし……。

 いくら従兄弟だからって、巻き込んじゃ駄目だろうに。


「ふぁあああっ……」


 あ、やべ。

 欠伸が出ちまった。

 切りつけてくる間隔が徐々に広がってきてる。

 もうどれだけ時間が経ったんだろう。

 いい加減飽きてきたよ……。


 グランデールはついに、両膝をついて剣を地面に立てちゃったわ。

 肩で息してるし。


「どうした? 終わりかい?」

「この剣、やはり粗悪な物だな?」

「あほか」


 俺は剣をぶんどって、近くの木を切りつけた。

 斜めに綺麗な切り口を残して、俺の太股くらいはある木が音を立てて倒れていく。


「うん。いい仕事してるね。流石は鬼人族の鍛冶屋。素晴らしい切れ味だよ」

「馬鹿な……」

「王国にはない、こんな業物の剣をなまくら扱いか。現場に出ない騎士は、これだから駄目なんだよ」


 大事なことだから二回言ってみたりしてな。

 グランデールの足下に、直剣を放り投げる。


「もう諦めたか? あんたじゃ一晩経っても俺に傷ひとつ付けられないよ。それとも、相手を変ろうか? 後ろにいる四人は、俺みたいに手加減してくれはしないぞ?」

「…………」


 ――って、アレイラさん。

 ()る気満々で出てこなくていいから。

 すまないね、ジェミリオさん。

 そのまま抑えといてくれると助かるよ。

 ライラットさんもジョーランさんも、苦笑いしてるし。


 そろそろお終いにするかな。

 人間の匂いで集まってきたのか、魔獣の気配が多くなってきてるし。


「誤解があると嫌だから言っとくけど、俺はな、元王女二人とも、姪っ子にしか思えなかった。女として見てなかったんだよ。俺はあの国で、国王の家族になるつもりは更々なかったからな。何を勘違いしたのか知らんけど、あんたとあんたの家、阿呆だな。余計なこと考えなければ、無くならないで済んだのにな」

「なんだと、貴様っ!」

「はいはい。あんたが何をしようと、俺たちには傷一つつけられない。たかが人間が刃向かっちゃいけない魔族もいるんだよ。人生の最後に、いい勉強になったな」

「私に、手をかけようと――」

「それは俺じゃない。ほら、気配を感じないか? 魔獣がウヨウヨ湧いてきたぞ。その剣やるから、なんとか生き延びるんだな。あの国に捨てられたからって、他の国まで連れて行くつもりはないんだ。逆恨みでもして、また来られちゃめんどくさいからな。後は知らんよ、勝手にしてくれ」

「――ま、待ってくれ」

「知らんって」


 グランデールの足下を壊れないように蹴って軽く転がした。

 おぉ、力尽きてるみたいで、よく転がること。

 俺は上着を着ると踵を返した。


「俺たちが手を汚す価値はない。魔獣が後始末をしてくれるさ。よし、みんな、帰るぞ。これから準備して、調査行かないと駄目だからな」

「「「「はい。ウェル族長さん」」」」


 俺はルオーラさんの背に乗せてもらう。

 鬼の勇者達も、それぞれ担当してもらってるグリフォンさんたちに乗る。


「じゃ、ルオーラさん。お願い」

『かしこまりました、皆、続きなさい』

『『『『はいっ』』』』


「グランデール、あんたはもう自由だ。運良く生き残ったら、一月(ひとつき)も歩いてみろよ。そうすれば人里に出られるかもしれないぞ? 俺はそれ以上彷徨ったんだ、お前にだってできるよな? 達者で暮らせよ。じゃぁな」


 その言葉を最後に、俺たちは空へと飛び立つ。


「――くそがぁああああああっ!」


 もちろん皆で、上空から事の顛末を眺めてたよ。

 そこにいた魔獣は、俺たちが強者だと警戒してたんだろう。

 俺たちがいなくなると、小鬼系の魔獣や、食べられそうもない魔獣。

 そんなのがグランデールに群がっていく。

 声が消えた。

 最後はあっさりしたもんだったな。


「アレイラさん」

「はい」

「心配してくれて、怒ってくれてありがとう」

「いえ……」

「少しは気が紛れたかな?」

「はい。すっきりしました」

「ならよかった。調査、お願いね」

「はい。任せてください。作物に関しては詳しいですから」



次回更新は週末を予定しています。

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異世界転移ものです

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勇者召喚に巻き込まれたけれど、勇者じゃなかったアラサーおじさん。暗殺者(アサシン)が見ただけでドン引きするような回復魔法の使い手になっていた。

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