第三十八話 んじゃ、ちゃっちゃと片付けて。
例の〝元騎士団長〟の隔離してある状態を聞いてみると、こんな感じに報告が返ってくる。
「縄で手足を縛って、納屋に放り込んでありますけど。あ、食事、与えてませんけど、どうしましょうか?」
あー……、俺が集落を出てから結構経ってるけど、ま、いいか。
「んじゃ、ちゃっちゃと片付けてしまいますかね。ライラットさん、グレインさんから金属製の直剣を借りてきてくれるかな?」
「はい、ですが、何に使うんです?」
「すぐにわかるよ。急いでね」
「わかりました」
ライラットさんは走って実家の鍛冶屋へ戻っていく。
するとアレイラさんが俺の側に寄ってきて。
「あれ、始末するんですよね? そうですよね?」
お願いだからさ、そんな期待を込めた目で見ないでくれるかなぁ。
んでも、ここで始末はしたくないんだよね。
デリラちゃんへの影響もあるからさ。
ライラットさんが戻ってきた。
手に持った普通の直剣。
魔石成分は全くない、普通の剣だね。
「ウェル族長、これでいいですか?」
「あぁ、大丈夫。ありがと」
俺はそれを受け取った。
「じゃ、案内してくれる?」
「わかりました」
俺たちは王国の元騎士団長、グランデールが隔離されてる納屋へ向かう。
「こちらです」
俺たちの声が聞こえたからか、グランデールは声にならない声を出そうと、もがき始めた。
猿ぐつわをされてるんだから、声なんて出せないんだろうけどね。
「ジョーランさん」
「はい」
「それ、担いでついてきて」
「わかりました」
俺は〝いるだろう〟と思って聞いてみた。
「ルオーラさん」
『お呼びになりましたか? ウェル様』
やっぱりね。
「グリフォン族の皆さんにも一緒に来るように伝えてもらえる?」
『かしこまりました』
俺の背後で翼の音をさせて、さっと飛び立った音だけ残ってたし。
ジョーランさんは、ひょいと肩に縄で縛られてるグランデールを軽々と担いでしまう。
俺はそのまま、集落の外へ。
俺の後ろをライラットさん、アレイラさん、ジェミリオさんもついてくる。
グランデールを担いだジョーランさんは、まるで軽い物を担いでるような足取りの軽さ。
まぁ、ここにいる四人は、マナの使い方が鬼の勇者の中でも上達が早かったから、これくらい普通なんだろうね。
ルオーラさんも、グリフォン族の皆を連れて外で待機してたわ。
仕事早いね。
きっと俺が何をしようとしてるのか、予想してるんだろう。
まるで俺の執事みたいな気の使い方。
どれだけ感化されてきたんだか。
実にありがたいと思うよ。
「各自俺についてきて。少し〝遠く〟まで行くから」
なるべくデリラちゃんへ影響がない場所へ行きたいんだよね。
事が事だけに、さ。
「ルオーラさん、それ、掴んで飛んでくれる?」
『かしこまりました、それで、どちらへ行かれます?』
「そうだね、グリフォンの里があっちの方角だから、この方角に飛んでくれるかな?」
俺はグリフォンの里とも、王国とも違う方角を指差す。
相変わらず、ふがふがと何かを言ってるみたいだけど、知らんわ。
山をいくつか越えて、少し開けた場所を見つけた。
「(エルシー、この辺りならデリラちゃんに影響ないと思うんだけど)」
『(そう思いたいのは山々だけど、どうかしらね。わたしもあの子の能力には驚いたわ。まさか、ずっと見てたなんて思わなかったわよ……。末恐ろしい子に育つわね)』
「(うん、俺もそう思う)」
俺はルオーラさんに降りるように指示した。
手を振って皆にもそう伝える。
凄いなここ。
自分の足で地面を踏むと、緑の香りと共に、魔獣の気配がビシビシ伝わってくるわ。
細い川が流れてて、ぱっと見穏やかな場所に見えるけど、それは獣や魔獣にとっての場所なのかもしれないね。
クリスエイルさんの言ってた場所も、こんな感じなのかな、って思うわ。
「ライラットさん、そいつの縄、解いてやって」
「――い、いいんですかっ?」
そりゃ驚くわな。
でも安心しなさいって。
「あぁ、大丈夫だよ。こいつはさ、俺を含む、君たち四人を傷つけることすらできやしないって。それを今、俺が証明してあげるからさ、よーく見てるんだよ」
ライラットさんは、そいつ。
グランデールの手足を縛っていた縄を解いてやった。
「……言いたいことを言ってくれる。どれだけ自分が偉いと思っているんだ。この下民がっ――」
自分で口にあった猿ぐつわを外して、吠える吠える。
だが、俺は笑顔を崩さない。
怒ってないと思ってるんだろう。
騎士団長だったこいつを恐れてると思ってるんだろう。
甘いよ。
お前は、俺の家族を、始末するって言ったんだぞ。
始末されるのはお前の方だって、いつになったら気づくんだ?
今まで手足を縛られて、多少は疲弊しているんだろう。
のらりと立ち上がると、俺を見下ろすように睨みをつけてくる。
俺はそんなに小さい方じゃないけど、こいつの方が頭ひとつでかい。
何を根拠に、この自信なんだろう。
まぁ、いいけどね。
俺は腰に差してある、ただの鉄製の直剣を抜いて、グランデールの足下に放った。
「ほら、あんたの新しい旅路への、せめてもの餞だ」
「これはどういうことだ?」
「あのな、あんたの処遇は俺が勝手に決めていいって、王国の国王から言われてるんだ。あんたはな、王国の騎士団長でもなんでもないんだとさ。もう、戻ってこなくてもいいんだと」
「そんな馬鹿なことがあるか。私はミュラット伯爵家の長子――」
「あのな、その家、もうないって。取り潰しになったって、聞いたぞ? なんでもこれをやらせたのは、あんたの家だったそうじゃないか。もしかしたら、あんたが指示したんじゃないのか?」
俺は上着を脱いで、肩に施された烙印を見せる。
そこには、ここでは全く意味をなさないが、人間の国では〝国家反逆罪〟を表す烙印なんだ。
「当たり前だ、王女殿下にあのようなことをしたお前が、反逆者以外の何者でも――」
「はいはい。えん罪えん罪。知らんわ、そんな過ぎたことは。それにその王女様も、今はただの女性。あ、安心して良いよ。マリシエールさんは、丁重にお帰り願ったからさ。あんたと違って、〝正式な騎士〟のお兄ちゃんに送ってもらってるから」
元騎士団長グランデールのことを、ちょいと煽ってやったら、思った通り、すぐに噛みついてきやがった。
「黙れ、この下民風情がっ」
「ほー……。下民ねぇ。俺の名前な、ウェル・クレイテンベルグって言うんだけど、聞いたことないかい?」
「――クレイテンベルグ、……だと?」
「そうだ。お前が居た王国の公爵閣下の家名だ。知らない訳ないよな?」
「そんな訳が──」
「俺はな、公爵夫人のマリサ・クレイテンベルグ。その、マリサ母さんの息子になったんだ。養子縁組したんだよ。国王にでも聞いたらいいさ、……って、もう戻ることもできないか。すまんかったな。どっちにしてもな、あの国に、お前の居場所なんか、もうないんだ。お前はここで、自分の人生を決めなきゃならない」
実際はまだなんだけど、まぁ言葉の綾ってことで。
「…………」
「俺は心底、腹が立ってる。俺の大事な家族に手をかけようって言ったんだ。それなりの覚悟はできてるんだよな? ほら、その剣で斬りかかってこいよ。一発目は敢えて受けてやるからさ。『もし、俺を倒せたら』な、自由にしてやるよ」
「世迷い言をっ。聖剣を持たぬ今のお前が、私に適う訳がない――」
そう言いながらグランデールは、問答無用で俺に斬りかかってくるんだよな。
俺と、鬼の勇者たち四人、グリフォン族の人が五人もいて、皆、睨みを利かせてるんだ。
生き残るために万が一の方法は、俺を倒すしかないんだ。
ま、倒せたら、なんだけどね。
「「「「ウェル族長っ!」」」」
「慌てるなって、俺が〝ただの人間〟に負けると思ってるのかい?」
俺は後ろを向いて苦笑してあげた。
そんな俺の表情で、四人は安心したのか、それ以上何も言わなかったね。