第三十七話 説明も終わったし、……あぁ、忘れてたわ。
突然俺が言った『移住の可能性』に、皆はもちろん驚いた。
もちろん、きちんと説明はしたよ。
今回俺が、慌てて王国まで行った理由。
二、三日戻ってこれないかもと言ったけど、すぐに戻ってきた理由。
俺が国家反逆罪にされて、国外追放になってたのはみんな知ってたけど、でも実は、俺は死罪だったこと。
そんな俺を、自らの命をかけて、庇ってくれた人がいたこと。
「先代の勇者だったマリサさんは、俺が勇者になってからもね、よく面倒をみてくれたんだ。それにね、俺が務めを終えたら自分の息子に迎えるつもりだったんだって。彼女の旦那さんもね、そのつもりだったんだって。だから俺なんかを、命をかけて、庇ってくれたんだってさ。……正直、驚いた。そして、嬉しかったよ。俺はね、二人の息子になってもいいとは思ってる。でもね、王国に戻るつもりはないんだ」
戻るつもりはない、その言葉でみんなほっと胸を撫で下ろすよね。
そりゃそうだ。
あれ?
お義母さんも、鬼の勇者達も一緒にほっとしてるし。
でもさ、王国に出る前に、マリシエールさんにも戻るつもりはないって、はっきり言ったんだよ。
そのとき、鬼の勇者達もお義母さんも聞いてたよね?
おっかしいなぁ。
皆を置いて行く訳がないし、あの国に皆を連れて行く訳にもいかないからね。
「マリサさんも旦那さんも、俺の気持ちを理解してくれたんだ。でもね、せめて、クレイテンベルグの名前だけでも継いで欲しいとも言われててね、二人の恩に報いるためにもさ、俺は名前は名乗らせてもらおうと思ってるんだ。その後にね、マリサさんの旦那さんがとんでもない提案をしてくれたんだ。――クレイテンベルグ家の領地の外れで、魔族領に近い所。魔獣が多くて人が近づけない場所があるんだって。そこは、土が良く肥えてて、野生の果物なんかも自生してるんだって。そこにさ、鬼人族の国を作らないかって言ってくれたんだよ」
うん、みんなの心配なこともわかるよ。
俺だって、話を聞いただけでは、それを鵜呑みにする訳じゃない。
エルシーにだって言われたんだ。
自分の目で見て、正しい判断をしなさいってね。
「もちろん、調査はするよ。鬼の勇者の数名を連れて、現地を見てこようと思ってる。それで、その土地が本当に、俺たち鬼人族が移り住んでも良い場所かどうか……。この集落の土地は正直、痩せてる。作物も育ちにくいのを聞いてるからね。俺はさ、皆にもっと豊かな暮らしをして欲しいと思ってるんだ。だから、俺の目で判断させて欲しい」
俺の説明が終わると同時に、皆もある程度理解してくれたと思う。
すると、デリラちゃんが、ナタリアさんの膝の上からとことこ歩いてきて、俺の膝の上に乗っかった。
俺を見上げるように、いつものように可愛らし、……おや?
いつになく、真面目な表情してる。
まるで〝とりさん〟こと、フォリシアちゃんを見つけたときみたいだ。
「ぱぱ」
「どうしたのかな?」
「しんぱいしなくていいの。まりさおばーちゃんね、とってもやさしいのよ。ぱぱのこと、ずっとしんぱいしてたんだから」
「……えっ?」
これまでの話で、デリラちゃん、マリサさんのことを覚えたのか?
心配してた?
どういうこと?
もしかして、ずっと見てたってことはないだろう?
「くりすえいるおじーちゃんも、だいじにしなきゃだめよ。まりさおばーちゃんはぱぱのまま、くりすえいるおじーちゃんはぱぱのぱぱ。はやくデリラちゃんにあいたいって。デリラちゃんもね、あそびにいきたいの。まりさおばーちゃんも、くりすえいるおじーちゃんも、だいすきなのね」
デリラちゃんは、そう、いつもの笑顔でそう言ってくれる。
デリラちゃんらしい、舌っ足らずな言い方だけど、五歳とは思えないお姉さんな物の考え方もしてるように思える。
……あれ?
ちょっと待て。
俺、マリサさんのことは話をしたかもしれないけど。
クリスエイルさん名前、まだ言ってないぞ。
マリサさんの旦那さんとしか、言ってない。
ということは、ずっと見てたのか?
あれだけ離れた場所だっていうのに、デリラちゃんにとって、良い人か悪い人か判断したってことなのか?
……そっか。
うん。
俺、情けないけどさ。
デリラちゃんが言うなら、信じてみるよ。
「そうだね。うんうん。ぱぱのお仕事終わったらさ、ままと一緒に、会いに行こうね」
「うんっ。やくそくー」
そう言って、デリラちゃんは俺にきゅっと抱き着いてくれる。
やっぱりデリラちゃんは凄い。
可愛いだけじゃなく、驚くほどの能力を持ってるんだ。
そんな俺とデリラちゃんを、ナタリアさんは笑って見てくれてる。
そっか、俺、人を信じる暇もなかったってことなんだな。
エルシー以外は、デリラちゃんとナタリアさん、お義母さんや集落の皆。
俺は初めて人を信じることができるようになってると思ってた。
でも、不安だったんだ。
どこかで、あのときの事件のように、怖いと思ってた部分があったんだね。
マリサさんも、クリスエイルさんも、こんな俺に命をくれようとしてたんだ。
俺が信じなくて、誰が信じるんだって、そういうことだよな。
「(だから言ったじゃないの。ウェル、あなたは自分の判断を疑っちゃ駄目よ。デリラちゃんがずっと見てたのは驚いたけど、マリサちゃんも、クリスエイルさんも、いい人よ。これで信じられるでしょう?)」
「(うん。ごめん、エルシー。俺、ガキのままだったんだね。デリラちゃんの言葉がなかったら、俺……)」
「(あなたはデリラちゃんのパパなんだから、もっと自信を持ちなさいね。自分のためじゃなく、家族のため、鬼人族のためって考えるの。いいわね?)」
「(うん。ありがとう)」
こうして俺は、鬼人族をもっと豊かな土地へ移住させるために、鬼の勇者達を連れて、現地の調査へ行くことになったんだ。
移住させるには問題は山積みだと思う。
何もない場所に皆を連れて行く訳にもいかないし、かといって今のままじゃ駄目だって前から思ってたんだし。
だからこそ、一番の問題は農作物だと思うから、早く実現できればいいとも思ってるんだ。
鬼の勇者たちと現地調査へ、さて行きますか、と思ったとき。
鬼の勇者の中心になる四人を連れていくことになって、準備してもらってたんだ。
鍛冶屋の息子、ライラットさん。
肉屋の息子、ジョーランさん。
宿屋の娘、ジェミリオさん。
雑貨屋の娘、アレイラさん。
それと、ルオーラさんの従兄弟で、若いグリフォン族の男性二人と女性が二人。
特に今回の調査は、農地に詳しいアレイラさんが中心になってもらうことになりそうだね。
彼女は、農作物のことを小さい頃から教わっていて、かなり詳しいらしいからさ。
けど、そんなときライラットさんが申し訳なさそうに俺に言うんだ。
「あの、ウェル族長」
「ん? どうかした?」
「例の男、どうしたらいいですか?」
「あ、忘れてた。あれがあったんだっけ……。あれ、どこに隔離してあるのかな?」
俺がすっかり忘れてたのを、ちょっと困った表情で受け答えをしてくれる。
悪かったね、本当に忘れてたんだ……。