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第三十六話 そうだよね。それって最高だよね。

 俺とエルシーは嫌な予感に襲われて、グリフォンのルオーラさんに頼んで背中に乗せてもらい、慌ててマリサさんを助けに行った。

 間一髪だったけど、なんとか助けることができたと思う。

 その後、色々な話を聞いて、マリサさんの旦那さん、クリスエイルさんの提案を持ち帰って検討することになったんだ。

 でも俺には気になることが一つだけ残ってた。

 集落に戻るグリフォンのルオーラさんの背中で、俺はエルシーにちょっと聞いてみたんだ。


「エルシー、あのさ。あの魔槍のことなんだけど」

『どうしたの?』


 エルシーの様子はいつも通りのように感じる。

 声の感じもね。

 長年彼女の声を聞いてきたから、ある程度はわかると思ってるんだけど。


「マリサさんのこともそうなんだけどさ。ちょっとだけ、わけわかんなかったんだけど」

『あら? まだあのことを考えてたのね。そんなに深い意味はないのよ』

「そうなんだ。ならいいんだけど。――ってことはさ、魔槍を壊させたのって、本当に俺を出稼ぎさせたかっただけ?」

『そうよ。魔獣を倒せば魔石が大なり小なり手に入るわ。あなたはあの国にいたとき、魔石をタダであげちゃってたようなものだし。鬼人族はまだまだ豊かとは言えないわ。金貨なりなんなりを外から手に入れないと、物を買うこともできないじゃないの。いつまでも物々交換では大変でしょう?』

「びっくりしたよ。最初、何言ってんのかわからなかったからさ」


 そりゃエルシーなりの考えがあってとは思ってたけどさ。

 エルシーは嘘をつかない。

 必要ないことは言わないというのは、あったと思う。

 でも初めてエルシーと会ってから今日まで、俺をからかうことはあっても、騙したりしたことは一度たりともなかったんだ。


『……言葉足りなくてごめんなさい。――でもね、マリサちゃんの家の後ろ盾の話は本当のことよ。ウェルの罪がなくなったからって、ウェルがあの国に戻ることはできないでしょう? ならマリサちゃんと繋がりを持って、うまくあの国を利用しないと気が済まないじゃない』


 そんなこと考えてたんだ……。

 利用するって、相当恨みを持ってたんだろうな。


『マリサちゃんともそこは話が済んでるのよ。それにあの国はね、それなりに潤っているみたいだし。むしれるだけむしっても構わないって。最悪、国が疲弊してしまっても構わないって。マリサちゃんも、かなり怒ってたのよ。それに、国王も王妃も、マリサちゃんの旦那様に頭が上がらないみたいだからね』

「おっかねぇ……」

『それは当たり前よ。……ところでウェル、集落の畑ね、あまり良くないでしょう? わたしだってそれくらい気づいてるのよ。肉だけ食べててもお腹はふくれるけど、それじゃデリラちゃんはちゃんと育たないわ。それはウェルも心配してたことだと思ったけど?』


 俺は集落の商店を練り歩いて、ちょっと心配してたこともあったんだ。

 鬼の勇者の女の子の一人、アレイラさんの家が雑貨屋をしている。

 彼女のお袋さんが畑の管理と統括をしてると聞いたんだ。

 そのとき初めて、鬼人族がこの場所にどうやって移り住んだかを知った。


 魔獣に追われて逃げ延びたこの場所は岩山に囲まれていて、土地も痩せているらしい。

 ここで採れる穀物は、根菜に似た荒れた土地でも育つ丸い芋だった。

 鬼人族の集落では、それを粉状にしたものを水で練って焼いたパン、少ない葉野菜と肉食が主な食事になってるんだ。

 ナタリアさんは手を替え品を替え、飽きないように料理を頑張ってくれている。

 最近は定期的に訪れてくれているバラレックさんの商隊のおかげで、多少は豊かになったような気もしなくもないけど、交易品は嗜好品が多く、主食となるものが常に運び込まれているわけではない。

 俺は皆を魔獣の脅威から守ることには成功してると思う。

 けど、族長として生活を豊かにできているかと言われたら、それは疑問に思ってしまうんだ。


「確かにあの集落の周りは、岩山ばかりだよ。土地も痩せてるし。魔獣から逃げ落ちて、移り住んだ場所なんだろうな、とは思ってるんだ。幸い、魔獣の脅威はなくなったんだけど、鬼人族の皆には、もう少し幸せになって欲しいと思ってる」

『ウェル殿。私からもよろしいでしょうか?』


 俺たちの話を聞いてた、ルオーラさんが話しかけてきた。


「ん?」

『執事のエリオット殿と暫く話をさせていただきました。私にとっても、とても有意義な時間でした』


 あの執事さん、エリオットって名前だったんだ。

 なんだかルオーラさん、言葉遣いも更に丁寧になってきてるし。


「うん」

『私たちの里も、似たようなものです。木々は多いのですが、食料になる物を遠くから採取してこなくてはなりません。私たちは幸い、空を飛ぶことで距離をなかったことにできるのですが、それでも作物を育てることは苦手な種族でして。鬼人族の皆さんの好意に甘え、私たちは、快く穀物を分けてもらっている現状。もし、鬼人族の皆様が住む場所を移られたとしても、私たちとの付き合いはなくなることはないと思っています。そして是非、ウェル殿が即位された際には、私を執事に取り立てていただければ幸いに思います』


 ちょっと待ってってば。

 即位って。

 俺は確かに迷ってるよ。

 族長も国王も、小さい国だとしたら変らないかもしれないけどさ。

 それにしても、グリフォン族の里でもそんな感じだったんだ。

 俺たちはルオーラさんたちのおかげで、集落の周囲に発生する魔獣の討伐を、以前よりも広範囲に行うことができている。

 その上、穀物と引き換えに素晴らしい出来の木工製品をもらえてるんだ。


 なるほどね、木工が得意でも、畑を耕したりするのには向いてないんだろう。

 てか、エリオットさんにかなり感化されてないかい?

 でもさ、ありがたいやね。

 こう言ってくれるのは。


「ルオーラさん、ありがとう。よく考えてみるよ。でもなぁ、国を興すって言ってもさ……」

『ウェル、一つ大事なことを忘れてないかしら?』

「何を?」

『ウェルが国を創ったとしたら、最初の国王になるわけでしょう?』

「俺がもし、だよね? でも俺、国王って器じゃないけどさ……」

『あのね、小国の国王でも集落の長でも、それ程変らないと思うわ。あなたは立派に族長を務めてると思うわ。それにね、ウェル、あなたが国王になったら、娘のデリラちゃんは、何て呼ばれることになるのかしら?』


 え?

 今は集落の長の娘?

 俺がもし国王になったとして。


「……あ、お姫様?」

『デリラ姫様、デリラ第一王女様。……それって贔屓目に考えても、最高なことだと思わない?』


 うはっ、デリラちゃんがお姫様かよ。

 まずいな。

 口元がにやけてくる。


「もしかして、クリスエイルさんからも話が事前に?」

『ううん。彼の話は初耳だったわ。マリサちゃんも驚いてた位なのよ。わたしもマリサちゃんもね、ウェルがそのまま、クレイテンベルグ家を継ぐのは難しいと思ってたわ。でもね、土地を割譲してもらえて、そこでウェルが国王になるのなら、デリラちゃんがお姫様でも、ありなんじゃないかしら? いいえ、お姫様になるべきよっ! ――って、思ったの』


 うん、悪くないぞ。

 デリラちゃんがお姫様なら、ナタリアさんは王妃様。

 イライザお義母さんとエルシーは王太后。

 これはなんというか……。


 何よりデリラ姫はいいっ!

 今の鬼人族に伝わる服もいいけど。

 こう、ふわりとした――。


『──ふりふりのドレス姿も可愛いと思うわ。いいえ、絶対に可愛いわよっ』

「……頭の中読まないでってば。──でもそうだよね。絶対、可愛いよね。うん、俺、頑張るよ。デリラちゃんをお姫様に、ナタリアさんを王妃様にするんだっ!」


 あ、俺、決めちゃった。

 族長も、小国の国王も、そんなに変んない。

 やることなんて同じことだろうさ。

 ……でもね、心配事もあるんだわ。


「……ねぇ、エルシー」

『どうしたの? やっぱりまだ心配事があるの?』

「あのさ、俺。マリサさんとクリスエイルさんを信じてない訳じゃないんだ。そりゃさ、俺が死罪だったのを、身体を張って助けてくれたくらいだからさ。大事に思われてるのも理解してるよ。それに、ロードヴァット兄さんとフェリアシエル姉さんの、二人のあの顔見たら、本当のことだったって、改めて思ったよ」


 マリサさんも、クリスエイルさんも。

 マリサさんが俺を息子にしたいからって。

 それを許しているからってさ。

 俺が何か迷惑をかけたら、俺の代わりに命をかけてくれる。

 そんな人がいるなんて思わなかった。

 あれを聞いたときさ、泣きそうになったよ。

 皆の前じゃなければ、きっと泣いてたと思う。

 俺、一人じゃなかったんだって。


『そうね。私はね、マリサちゃんが嘘を言ってないことくらいはわかってるわ。お話できなかったとはいえ、付き合いは長かったから。でもね、ウェル。自分の目で見て、納得したらいいじゃないの。肥えた土地か、どうかはね』


 やっぱりわかってるんだ。

 鬼人族の集落を移せる土地かどうか。

 俺が『それ』を信じていいかどうか、悩んでるのもさ。


 本当に名前だけを継ぐだけならいいんだ。

 確かに肥えた土地というのが、どの程度なのかは興味がある。

 これでも一応、集落の皆の生活を支えなきゃいけない立場だし。

 鬼の勇者たちが強くなってくれたおかげで、肉だけは安定して手に入るようになったから、食べるものには困らなくなったとは思ってる。

 でもこのまま、岩山に囲まれた集落で、今よりも安定した生活を模索する。

 それは難しいと思ってたんだ。

 それならいっそ、鬼の勇者達を連れて、現地調査に行って、自分の目で確かめてくればいい。


 そんな話をしてる間に、あっという間に集落へ着いてしまった。

 ルオーラさんの背中から降りて、屋敷の玄関をくぐったとき。


 「ぱぱ、おかえりなさいっ」


 デリラちゃんは、ひしっと足に抱きついてくれる。

 満面の笑顔で。

 俺を信じて待ってくれてたんだ。

 遅れてナタリアさんも、デリラちゃんを抱き上げた俺に、優しく抱きついてくれた。


「あなた。お帰りなさい。用事は終わったのかしら?」

「あぁ、ちょっとした問題を持って帰っちゃったけどね」


 駄目だ。

 デリラちゃんをお姫様にしよう。

 ナタリアさんを王妃様にしよう。

 そのためには、俺が王にならなきゃならない。

 俺がもっとしっかりしなきゃ駄目なんだ。


「ナタリアさん、悪いけどさ、お義母さんにお願いしてさ、グレインさんたちを屋敷に呼んで欲しいんだ。大事な話があるからさ」

「はい。あなた」


 何の疑いもなく、俺の用事を請け負ってくれる。

 小走りに奥へ戻っていくナタリアさん。

 お義母さんを呼びに行ったんだろうね。


『ウェル。覚悟、決めたの?』

「うん。俺がどこまでできるかわからないけどね」


 程なく屋敷の居間に揃った、鬼人族の中心になる人たち。

 その場にいたバラレックさんから、マリシエールさんを王国に戻したと報告を受けた。

 商隊の半分を集落から出してあるらしいね。


「助かりました」

「いえ、あれは私の失態でもありますので……」


 あれだけ慌ただしかった状態で、俺の意を汲んでくれたんだね。

 ありがたいよ。


「あの、ウェル族長」

「あぁ、留守中ありがとう、ライラットさん」

「いえ、その。……拘留してる、あの男、どうしたらいいですか?」

「あの男? ……あ、すっかり忘れてた」

「ウェル族長ぉおおおお。あの後大変だったんですよ。アレイラさん、目を離すと、あの男の首を飛ばそうとするし……。布でぐるぐるに巻いて動けなくしてますけど、処置に困ってたんですよ……」

「あ、あぁ。済まなかった。話が終わったら処分を決定するからさ。ごめん」


 ライラットさん、何やらげっそりとした顔になってるわ。

 済まなかったね。

 すっかり忘れてたわ……。

 別に飛ばしちゃっても良かったんだけど、なんて言えないよね。


 俺の後ろに控えてるルオーラさん。

 もはや俺の執事みたいな振る舞いをしてるし。

 その横にはバラレックさんが座ってる。

 二人とも、普通に話してるし。

 バラレックさんがただ者じゃないのか、それともルオーラさんの順応性が高いのか。


 グレインさんたち重鎮と、鬼の勇者の主立った四人。

 お義母さんと、デリラちゃんを膝に乗せたナタリアさん。

 人の姿になったエルシーも俺を見て笑ってる。


 皆の顔を見ながら、俺はこう切り出した。


「俺ね、皆をもっと豊かな土地に、移住させる予定があるんだ」


更新が遅れてすみませんでした。


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