第三十話 デリラちゃんの警鐘。
母という存在ってさ、強いというかなんというか。
今俺の家の居間でさ、エルシーとお義母さん。
フォルーラさんと酒盛りしてるんだよ……。
『これがお酒なんですね。これほど美味なものがあるなんて、他の部族と交流してこなかった父が愚かに思えてしまいますわっ!』
なんとも豪快というかなんというか。
ナタリアさんが作ったファングボアの煮つけを肴に、三人で十本の果実酒を開けちゃってる。
『それにしても、こうして鬼人族の方と交流が持てるとは思っていませんでした』
「いえ。エルシーさんと、ウェルさんがいなければ、この集落も今どうなっているかと思うと。私も感謝してもしきれませんし」
『えぇ、私もウェルさんにフォリシアを助けていただいたのです。これからも仲良くしていただけると助かります』
「鳥神様とお近づきになれるなんて、私、小さいときにお見かけした頃には思っていませんでしたわ」
「やめてください。私は神なんて言われる立場ではないですから。フォルーラと呼んでくださいね」
「フォルーラ様、私からもどうぞよろしくお願いいたします」
『いえ。こちらこそ。こんなに美味しい料理とお酒をご馳走になってしまって。これも精霊様でいらっしゃるエルシー様の巡り合わせですわ』
「そんな、『エルシーさん』で……。え? 『精霊様』?」
『えぇ。マナの形が以前お見かけした風の精霊様と同じに感じますから』
精霊様って、やっぱりエルシーって精霊だったんだ……。
「やはりそうだったのですね。私もそうだと思っていたんです」
「そんな、イライザちゃんまで……。わたし、そんな偉い存在じゃないわよ」
普段俺に『謙遜するな』って言ってるエルシーが謙遜してるし。
『これもウェルさんが結んだ縁なんですね』
「そうね」
「そうですね」
俺を肴にしなくてもいいですってば。
俺はデリラちゃんとフォリシアちゃんが遊び疲れて寝ちゃってる横で、ナタリアさんと二人で果実酒を飲んでるんだけどさ。
俺の膝の上で二人とも寝ちゃってるから、動くに動けなくて。
デリラちゃんも可愛いけど、フォリシアちゃんも可愛いね。
「あなた、エルシー様は精霊様だったんですね」
「うん。俺はよくわからないけどさ、だって昔からあんなだったんだよ」
酒に酔ってけらけらと笑うエルシーは、昔は知らないけど。
幸せそうで俺も嬉しく思うんだ。
フォルーラさんの話では、精霊はそのままでは実体を持たない。
風や水、火や土などで作られるものを纏って顕現することもあるんだそうだ。
エルシーが何の精霊か。
それはフォルーラさんが持つ知識には存在しない。
見たことがあるもの、伝聞によるものにはないらしいんだ。
おそらくは光か闇の精霊じゃないかということらしい。
魔石の精霊というのは聞いたことがないそうだ。
確かにエルシーは、金属にも魔石にも宿ることができるからね。
土の精霊は金属や魔石を纏うという話を聞いたことがないんだってさ。
グリフォン族の味覚は俺たちと同じだった。
そのせいか、フォルーラさんもフォリシアちゃんも、この集落の食べ物はお気に入りなんだそうだ。
『エルシー様という精霊様とお近づきになれましたし、フォリシアの命の恩人のウェルさんもいらっしゃいますし。フォリシアとお友達になってくれたデリラちゃんもいますから、今後ともお付き合いをお願いできますでしょうか?』
『いつでも来てくれるといいと思うわ。もうお友達じゃないの、遠慮はいらないわよ。ねぇ、イライザちゃん』
翌朝、いつも通りエルシーは眠って意識を飛ばすと大太刀に戻ってしまったんだってさ。
大太刀の姿に戻っていたエルシーを見て、フォルーラさんはエルシーが精霊だと再認識したんだそうだ。
てか、夜遅くまで酒盛りしてたとは……。
それどころか、エルシーとお義母さん、フォルーラさん。
居間で雑魚寝だったらしいじゃないのさ。
何してんのさ。
「そうですね。ウェルさんと、鬼の勇者のみなさんのおかげで、集落も豊かになりましたし。昨夜のようにフォルーラ様とお酒を酌み交わすのも楽しかったですからね」
早速飲み友達になってしまった母親三人。
デリラちゃんも『フォルシアちゃん、またね』って言ってるし。
フォリシアちゃんも『きゅいーっ』って返事してる。
言葉も気持ちも通じてるんだね。
よかったね、デリラちゃん。
お友達ができてさ。
グリフォン族との間は物々交換でということになった。
卓越した木工品の数々と。
長い間使い道がなかった大小様々な魔石があるんだってさ。
こっちは魔石で武器を作ってるし、余ったものは商人が来たときに使える。
いくらあっても邪魔にならないからね、魔石は。
何より加工された肉と、お酒が気に入ったんだって。
グリフォン族の人が飛来するようになって、最初は騒ぎになったけど。
俺の例もあったからさ、案外すんなりと受け入れられたみたいだね。
フォリシアちゃんが勝手に遊びに来ちゃうものだから、フォルーラさんは付き添いの若いグリフォンさんを付けるようになったんだってさ。
それが今ナタリアさんの料理を興味津々で見てるケリアーナさん。
ナタリアさんの一つ下で、成人したグリフォンの女性。
まぁ女性って言っても、見た目でわかるのは。
翼の羽の先が白いだけと、目が優しい感じがするくらいかな。
ナタリアさんから料理を習って、里で広めたいんだってさ。
ナタリアさんの料理、美味しいからね。
もう一人は男性でルオーラさん。
グリフォン族の男性は翼の先が黒いんだ。
目も精悍な感じで、よく見ると身体つきも違う。
力も半端なく、ライラットさんがつま先で転がされてしまったのは思わず笑ってしまった。
力比べをしてたらしいんだけどさ、俺も挑戦してみたよ。
もちろん『化け物扱い』されたんだけどね……。
神獣より強い力ってさ、どうなってんだろうね。
幼生体、いわゆる子供のことだけど、十五歳で大人と同じ位になるんだってさ。
フォルシアちゃんは、今はデリラちゃんが抱えられるくらいの大きさだけど。
鬼人族より少し成長が早いみたいだから、すぐに大きくなるんだって。
「あははは。フォリシアちゃんはやいはやい」
『きゅいーっ』
家の中でだけど、デリラちゃんの肩を優しくつまんで、ぱたぱたと飛び回って遊んでる。
力は結構強いんだね。
ルオーラさんは暫くの間、この集落に常駐することになった。
その理由は『フォリシアが勝手に抜けだしたら叱る役目』なんだそうだ。
グリフォンの里との連絡役も兼ねてるらしい。
まぁ、こっちの酒も料理も気に入ってるから喜んでるらしいわ。
こっちで家を一軒用意して、家族で移り住むことになったんだ。
家族といっても、最近結婚したばかりらしい奥さんと二人だけど。
その奥さんがテトリーラさんといって、ケリアーナさんのお姉さんなんだってさ。
彼女は腕のいい木工職人らしくて、鍛冶屋のグレインさんの奥さん、マレンさんとすぐに仲良くなったって。
剣の柄はマレンさんが作ってるらしくて、話が弾んだんだってさ。
▼▼
『ウェル殿。これくらいの高度、速度で大丈夫でしょうか?』
「えぇ、助かります。それよりも重たくはないんですか?」
『いえ大丈夫です。私たちは飛ぶことに関しては、ウェル殿が歩くのと同じことなんです。──それよりも、あのときは驚きました。私たち以上の腕力を持つ人種には出会ったことはなかったので』
『ルオーラさん。それはウェルだからなんですよ』
「ちょっと、俺だからってっどういうことさ……」
『〝新種のあれ〟のことよ。いいかげん諦めなさいね』
「そりゃないよ……」
『ウェル殿もエルシー様にかかっては、形無しですね』
俺はルオーラさんに頼んで、毎朝上空から魔獣探索の巡回をするようになったんだ。
俺が目視して、エルシーが感じ取る。
異常を感じたら鬼の勇者の出動になるね。
俺がその場で討伐してもいいんだけど、彼らの仕事を取ったりしちゃいけないし。
今のところ、周囲に将軍クラスや王クラスの魔獣は育ってはいないようだから。
ちょっと前までは俺が走って巡回してたんだけどさ、こうしてもらうともっと広範囲を回ることができるんだ。
人里近くまで行ってこれるんだよ。
歩いて半月ほどかかった距離も、空の移動はあっという間だ。
助かるよ、ほんと。
こう見えてもルオーラさんは、長であるフォルーラさんの側近。
というより、従姉弟らしいけどさ。
里全体が親族みたいなものなんだろうね。
あれからグリフォン族の若い人たちが数多く訪れてくれてね、近いうちに鬼の勇者たちとの連携も考えてる。
だからこうしてルオーラさんに試験的に手伝ってもらってるんだ。
そんなとき、人里近くで魔族領に近づく、見覚えのある馬車を発見した。
数にして五。
普通に考えたら、魔獣を恐れてこちら側には来れないはずだから。
『ウェル。あの馬車、バラレックさんたちじゃないの?』
「そうだね。デリラちゃんとナタリアさんに教えてあげるかな」
『ウェル。あれも』
「はいはい。あのときのお酒ね」
『そうよ。少し多めにお願いね。フォルーラさんとも約束したんだから』
俺はルオーラさんにお願いして、今日の巡回をおしまいにした。
「お疲れ様、またお願いね」
『はい。お疲れ様でした。では、失礼します』
ルオーラさんも俺に丁寧な言葉遣いをしてくれる。
俺がこの集落の族長ということもあるんだろうけど。
それよりも、フォルーラさんがエルシーを『精霊様』と尊敬してるから。
その息子だって聞いてるからなんだろうね。
「ただいま。デリラちゃん、ナタリアさん。バラレックさんたちの商隊が来てるみたいだ──」
「ぱぱたいへんっ! いやなおばちゃんとおじちゃんがきてるっ」
俺が居間に胡坐をかいて座ろうとしたとき、デリラちゃんが俺のお腹に縋りついて見上げてくる。
その表情は、フォリシアちゃんを助けてほしいと言ったときと同じだ。
何かあったんだろうか?
「嫌なおばちゃんとおじちゃん?」
誰のことだ?
おばちゃん?
おじちゃん?