第二十九話 グリフォンの里。
とりさんの危機を感じた我が娘デリラちゃんと一緒に、『とりさんのママ』の元に戻してあげようということになった。
デリラちゃんの不思議な能力で迷うことなく山の中の、道のない道を進んできたんだけど。
俺はさ、勇者になってから数え切れないほどの魔獣を倒してきた。
そんな俺が、今本気でビビってます。
デリラちゃんが抱いてるとりさん。
名前をフォリシアちゃんって言うらしいんだけど。
そのお母さんらしきグリフォンさんがいるんだよね。
彼女の背中に乗せられて。
俺たち三人ととりさんは、グリフォンの里に来てるわけです、はい。
そこは俺たちが歩いて上った山の山頂近くにあってね。
『とても発達した里』だったんだよ。
『娘のフォリシアを助けていだたいて、感謝しています。この子ったら、ちょっと飛べるようになったからといって、勝手に遊びに行ってしまったんです』
「フォルーラさんの気持ち、わかるわぁ……。子供は何を考えて動くかわからないですものね。うちのウェルも手がかかる子だったんですよ」
『エルシー様もそうだったんですね。お互い大変ですね』
「えぇ、本当に」
とりさんこと、フォリシアちゃんのお母さん、フォルーラさんとエルシーがお茶を飲みながら『母親の苦悩話』に盛り上がってしまっていた。
ちょっと待てエルシーさんよ。
俺ってフォリシアちゃんと同じで、まだまだ子供みたいなものってことかい?
そりゃエルシーから見たら、俺なんてまだ勇者になったばかりの十五のときと変わらないのかもしれないけどさ。
俺はほら、こうして可愛いデリラちゃんという娘も、これまた可愛いナタリアさんって嫁さんもいるんだし。
……って言っても始まらないか。
いやいや、そういう問題じゃないんだ。
グリフォンの里ってとんでもない。
俺はてっきり木の上に巣でもあるのかと思ってたんだけどさ。
それは勘違いどころじゃない。
木材で綺麗に組まれた家。
俺の倍はありそうな、フォルーラさんが器用に前足(?)を使って茶器を持ち上げてお茶飲んでるし。
おかしいだろう?
木をくりぬいて作ったと思うんだけど。
鬼人族の集落とあまり変わらない生活をしてるグリフォンさんたち。
神獣っていうだけはあるのかな?
魔獣と勘違いした俺、すっごく恥ずかしいわ……。
『でりらちゃん、あっちであそぼ』
「うんっ」
フォリシアちゃん、ここでは喋れるのね。
エルシーが『マナが濃い』って言ってた山頂だけあって、この俺にも感じることができるくらいに漂うマナの量が半端ない。
この里に住むグリフォンさんたちは、おおよそ五十人(これだけ知的だと五十羽とは言えないんだよね)。
思ったよりも人と似た感じの生活を送っているみたいなんだよ。
ただ、大きい。
人の倍はある大きさのグリフォンさんたち。
家もまた大きいんだ。
その割に人の生活を参考にしてるらしく、生活に必要なものはすべて木でできててさ。
うまく模倣してるみたいなんだ。
『ウェルさん、フォリシアを助けていただいて、改めて感謝いたしますわ』
「いえいえ。気づいたのはうちの娘のデリラちゃんですから」
『私たちはフォリシアのような幼生体の頃はとても弱いんです。里から出てはいけないと、あれほど言ったのに、この子ったら五歳になった先日、やっと飛べるようになったんですけど、今朝勝手に飛んで出ていってしまったんです──』
なんと、フォリシアちゃんは今年五歳なんだって。
もうすぐ六歳になるデリラちゃんとひとつ違いなんだね。
グリフォンさんたちは、他の種族とは交流を持たない。
その昔、龍種とは交流があったらしいんだってさ。
おっかねぇわ。
鬼人族のように長命で、人の数倍は生きるらしい。
魔獣や獣のように、生で獲物を食べたりしない。
ちゃんと火を通して食べるんだってさ。
その前足?
いや手だよね、めちゃめちゃ器用だし。
その爪が鋭く、マナを込めると刃物と同じくらいになるんだって。
それでうまく獣を捌いて、食べる部位とそうでない部位を分ける。
俺たちと同じようなものを食べてるわけだ。
ちなみに、エルシーと俺がご馳走になってるお茶の入った茶器も、彼女が作ったんだって。
凄いわ。
ただこの辺りは、食べられる獣が少なくて、時折俺たちの住む低い場所まで狩りに来るらしい。
それでお義母さんが見かけたことがあるってことだったらしいね。
なるほどなぁ。
それとこのフォルーラさんが、この里の長なんだそうだ。
正確には長の娘。
前の長の父親が、数年前天寿を全うされた。
驚くことに、そのときの年齢が五百歳を超えてたんだって。
フォルーラさん曰く『大往生』で、眠るように旅立っていったそうだ。
『──そうですか。鬼人族の。最近まで大変だったと聞きます。私たちが他の部族に干渉するわけにはいかないもので、心苦しいところはあったんです……』
「心配していただいてたのですね。ありがとうございます」
『いえ、この姿ですもの。人は怖がって近づかないものですから、人たちとの交流は今までありませんでした。それにしても……』
フォルーラさん。
俺のことを見てるんだけど。
「ウェルのことね」
『えぇ。……鬼人族にも見えませんし、人にも見えないんです。その、マナの在り方が……』
「ふふふふ。この子、人じゃないのよ。敢えて言うなら『新種の魔族』かしら?」
『新種の魔族、ですか?』
言いたい放題である。
「この子はね、元は人間の勇者だったの」
『勇者というと、あの。悲惨な目に遭ってる人たち──。あ、すみません』
「いいんですよ。よくご存じですね」
『長く生きていると、人たちの習慣を学んでいる私たちは沢山のことを知る機会があるんです。その為、勇者と呼ばれる人たちのことも』
「そうだったのね。この子はわたしがちょっと勢いに任せて育ててしまったせいか、人間じゃなくなってしまって……」
酷いわ。
まぁ、そのおかげで長命な鬼人族のナタリアさんと添い遂げることができるんだから。
エルシーには感謝してるけどさ。
『子育てって大変ですよね』
「全くだわ」
おいっ。
そういうオチですか。
それでいいのか?
いいんだろうな、エルシーの場合……。
『──鬼人族の長に。なるほど、それであの辺りの獣が減ってきているわけですね』
「捕りすぎてしまってますか?」
『いえ。それは大丈夫です。鬼人族が安全に暮らせているのは、私も嬉しく思っていますよ。この馬鹿娘を危いところを救っていただいたんですから……』
あのとき、のほほんとしてたフォルーラさん。
エルシーから事情を聴いて、頭を床に擦り付ける勢いだったからさ。
そこまで遠くに行ってると思わなかったんだってさ。
ちなみに、デリラちゃんが『とりさん』って呼んでたとき、『ちがうよ、ふぉりしあだよ』という問答が俺の家であったらしい。
なんとも会話になってるようで、ずれてたんだねぇ。
今は遊び疲れたのか、仲良く寄り添って寝ちゃってるし。
うん、フォリシアちゃんもこうして見ると可愛いけど。
デリラちゃんのが数倍、可愛い。
『それにしても、この焼き菓子と言いましたっけ。とても美味しいですね。私たちは穀物を食べることはあっても、育てて利用することはありませんから』
ナタリアさんが持たせてくれた焼き菓子をお茶受けというか、手土産になってるんだけど。
こうして穀物を加工することはあまりないんだそうだ。
「お酒もとても美味しいんですよ──」
エルシーの大好きな酒を詳しく話し始める。
食い入るように顔をエルシーに寄せてくるフォルーラさん。
『まぁ、それは聞き捨てなりませんわね。羨ましいです。ここでは醸造の技術だけはどうしても真似できなかったもので……』
「でしたら、一度うちに来ませんこと?」
『よろしいのですか?』
「ウェル、いいわよね?」
「構わないと思うけど。皆驚かないかな?」
「ウェル。あなただけでも十分驚かれてたわよ……」
そうしてまた化け物扱いするし。
こうして、グリフォン族のフォルーラさんが鬼人族の集落に訪問することになったんだ。




