第二十八話 『とりさん』をママの元に。
デリラちゃんが不思議な力で俺に助けを求めた結果。
『とりさん』とデリラちゃんが呼んでる鳥みたいな雛を助けることができたんだけど。
お義母さんの話では、昔からこの地域に住む『鳥神様』と呼ばれるもので。
デリラちゃんと戯れてる『とりさん』って、エルシーの話では、魔獣ではなく神獣なんだってさ。
『あのね。わたしも書物で読んだことがあるのだけれど。一般的には鷲獅子。国によってはグリフォンと呼ばれてる神獣なのね。魔獣なんて駆除対象と比べたら失礼よ』
「そ、そうなんだ。ところで神獣って、魔獣とどう違うの?」
昔からエルシーには、俺にはわからないことは、素直に聞くことにしていた。
俺が勇者になったばかりのときに教わったんだけどさ。
魔物は獣とは違う。
マナを取り込みで凶暴に進化した獣が魔物と呼ばれてるって教えてもらったっけ。
こっちでは魔物のことを魔獣って呼んでるのを知ったけど、違いは呼び方だけだった。
魔獣と神獣ってそんなに違うのかな?
『あのね、この集落で鳥神様って呼ばれてるってことは、敬われているほど高位の獣なの。一説によるとね、知能が高くて、人の言葉を理解するらしいのよね』
「えぇ。私たち鬼人族にもそのように伝えられていますね。ですが、北の山の奥深くに住むとしか言われてなくてね、数十年に一度くらいしか見かけることがないんです。この集落がまだ比較的安全だった、私の幼い頃はたまに見かけることがあったんですよ」
へぇ。
昔に見たことがあるから、ってことなんだ。
それに、人の言葉を理解する?
俺、間違って神獣とか駆除しちゃったりしてないよな……。
さて。
『とりさん』と楽しそうにしてるデリラちゃんには悪いとは思うんだけどさ。
「デリラちゃん」
「なーに?」
じゃれたまま『とりさん』と一緒に俺のことを見てるし。
こらこら『とりさん』、遊んでるのを邪魔した訳じゃないんだって。
俺のことをじーっと見てるし。
「『とりさん』、元気になってよかったんだけどね。『とりさん』にも、ママがいると思うんだ」
「うん」
「デリラちゃんも、ままのこと大好きでしょう? 『とりさん』のママにさ、寂しい思いさせたら可哀想じゃないかな?」
「うん……」
感受性が高くて頭のいいデリラちゃんだ。
『とりさん』と俺を交互に見て、ちょっと泣きそうになってるし……。
泣かなくてもいいんだよ。
別にデリラちゃんが悪いわけじゃないんだからさ。
「そう思うならさ。パパと一緒に、ママのところまで連れて行ってあげようか?」
「……うんっ!」
デリラちゃん。
ちょっと考えてすぐに、にぱーっと、笑顔で笑ってくれた。
あ、その前に。
「あなた。お湯持ってきましたけど?」
やっぱり。
忘れてたわけじゃないんだよ。
後ろに立ってたの知ってるから。
「ありがとう。デリラちゃん、『とりさん』こっち連れてきてくれる?」
「うんっ」
たらいに入ったお湯をナタリアさんから受け取った。
『とりさん』を抱いたまま、俺の横にちょこんと座る。
俺は布切れの綺麗なものを浸して軽く絞る。
「ちょっと我慢してくれな。綺麗にしてあげるから」
「きれいー」
俺は『とりさん』の羽や足についた泥汚れを優しく拭ってあげた。
おぉ。
『くるるる』って、何だか気持ちよさそうに喉を鳴らしてくれるじゃないか。
うん。
粗方拭えたかな?
「デリラちゃんもういいよ。綺麗になったね」
「うんーっ。きれいきれい」
『ぴゅお』
デリラちゃんの頬も少しだけ汚れちゃってるから、一度お湯でゆすいで綺麗に気持ち綺麗になった布で拭いてあげる。
「はい。デリラちゃんもちょっとだけ」
「ぱぱ、ありがと」
「はい。どういたしまして」
それから俺は、お義母さんにおおよその目撃地域を教えてもらった。
なるほどね。
その辺りなら、俺が歩いて行っても夜までには帰って来れそうだ。
「よし。じゃ、『とりさん』のままを探しに行こうか」
「うんーっ。『とりさん』いこー」
『ぴゅいーっ』
もしかしたら『とりさん』、本当に言葉がわかってるのかもしれないね。
エルシーの宿る大太刀を腰に差し直して、俺は『とりさん』を抱いたデリラちゃんを抱えあげる。
「じゃ、行ってきます。夜には戻りますから」
「あなた、これ。お茶とお菓子」
ナタリアさんから、持ち運びができる筒に入ったお茶をもらった。
ついでにおやつになりそうな焼き菓子を鞄に入れてもらう。
俺は肩からそれを下げて。
「うん、ありがと」
「あなた、いってらっしゃい」
「うん、行ってきます、ナタリアさん」
「ウェルさん、気を付けて」
「はい、お義母さん」
『大丈夫よ。わたしもついてるんですからね』
「そうね。エルシーさんがいれば心強いわね」
「あははは」
俺ってば、案外子供扱いされてるのかもね。
「まま、おばーちゃん、いってきますー」
「はい、デリラちゃんいってらっしゃい」
「デリラ、パパの言うことを聞くんですよ?」
「うんーっ」
『とりさん』はデリラちゃんが抱いてるから、見た感じは鳥にしか見えないんだよね。
だから集落を出るまでは目立つことはなかったと思う。
「ぱぱー。あっちー」
「ほいほい」
集落を出てから、デリラちゃんには『とりさんのママはどっち?』って聞いてみたんだ。
するとね、大まかな方向を指差してくれるんだ。
これってもしかしたら、とんでもない能力なのかもしれない。
『凄いわね。デリラちゃんの能力って、育てたら末恐ろしいものになるかもしれないわ』
「だろうね。俺も驚いてるよ」
『あなたの化け物さ加減も、大概でしょうけどね』
「ひでぇ……」
ま、昔からこんな言われようなんだけどさ。
俺はデリラちゃんを肩に乗せて麓から山を登っていく。
足取りは行き倒れていた時とは違って、ちゃんと食べてるから軽いもんだ。
『それにしても、魔族領とはよく言ったものよね』
「どうしたの急に?」
『いえね、あなたも薄々は気づいていたでしょう? あの国にいた頃より、マナの回復が早いのを』
「そうだっけ?」
『……駄目だわこの子』
「ぱぱ、おこられた?」
間髪入れず、デリラちゃんから痛いところを突かれちゃったわ。
「あははは。エルシーからしたらね、ぱぱはさ、まだまだなんだって」
「そうなの?」
「あぁ、頑張らないとね」
「デリラちゃんもがんばるー」
『ぴゅいーっ』
デリラちゃんと『とりさん』も同意してくれたわ。
……やっぱり『とりさん』、俺の言葉もわかってんのかね?
『ウェル、ちょっと大太刀を外してくれるかしら?』
「うん」
俺はエルシーに言われるように、腰から外して近くの木に立てかける。
するとすぐに、大太刀は青い光を発して、エルシーが姿を変えていた。
「エルシーちゃんー」
「はいはい。ウェル、デリラちゃんをこっちにね。ウェルは安全をお願いするわ」
「うん。でもいいの? マナの消費辛くない?」
俺はデリラちゃんをエルシーに抱かせた。
するとね。
「だから言ったじゃないの。ほんと、いつまで経っても子供ねぇ。この山に入ってからはマナが集落よりも濃いのよ。こう、じわーっと身体に溶け込んでくるみたいで、とても気持ちいいのよ?」
「そ、そうだったんだ……」
「ぱぱー、いったじゃないのー」
『ぴゅいーっ』
デリラちゃんと『とりさん』まで、駄目出ししてるし……。
まさか、いや違うよね。
この場に男が俺一人とかなんてさ。
『とりさん』、男の子でありますように……。
いやいやいや、ちょっと待て。
デリラちゃんとじゃれ合ってたんだ。
男の子じゃまずいじゃないかっ!
こんな葛藤を続けながら、俺を先頭に山を登って行った。
「ぱーぱ」
「ん?」
「ここ。ここにいるよ」
「『とりさん』のママが?」
「うん」
『ぴゅいーっ!』
『とりさん』が大きく鳴いたと思ったとき。
『フォリシアなの? どこに行ってたのよっ。心配したんですからね』
女性の声が響いてくる。
それはとても透き通った声で、優しそうな感じの声だったんだ。
間もなく昼下がりになろうとしてた。
柔らかな日差しを遮るように、俺たちの上から大きな影が落ちてきたんだ。




