第二十七話 デリラちゃんの不思議なちから。
鬼人族は体内にあるマナを消費することで様々な力に変えることができる。
それは俺も同じなんだが、俺はせいぜい魔石を操るくらいかな。
皆のように、意識的にマナを使って何かをしてるわけじゃなく。
おそらくは無意識にやってしまってるんだろうけどさ。
エルシーが俺のことを『新種の魔族』と言うくらいだからね。
しかーし、うちの可愛いデリラちゃんにもちょっとだけ不思議な力を使える。
バラレックさんの商隊が帰って数日たったある日。
いや、ある意味助かった。
昨日だったら俺とナタリアさん、素っ裸だし。
まぁそのときは、内鍵閉めてるけどさ。
最近はデリラちゃん、空き部屋を自分の部屋にするようになったんだ。
昨日もエルシーに夜お話をしてもらいながら寝たんだよね。
デリラちゃんが寝たら『わたしも寝るわ。邪魔しないからよろしくね』と大太刀に戻ったんだ。
それで今朝早く、デリラちゃんに起されたんだよ。
俺のお腹あたりをぐいぐいと揺さぶるように。
目を覚ました俺の目に飛び込んできたのは、珍しく必死に、半べそをかいて泣きそうになってるデリラちゃんの表情だったんだ。
「ぱーぱ、ぱーぱ、おきて、おきてっ」
「……ん? どうしたんだい?」
「とりさんが、とりさんがたべられちゃうのっ」
「とりさん?」
「うんっ、はやく、はやくっ」
ナタリアさんの話では、遠感知と呼ばれる鬼人族でも珍しい能力なんだそうだ。
俺のことを見つけたときも『おじちゃんがべたーってしてる』と、意味不明の言葉を言ってたらしいんだよね。
ナタリアさんも、人見知りの強いデリラちゃんが『おじちゃん』と呼ぶ人が周りにいないことから、不思議に思ってたらしい。
よくよく考えてみれば、その不思議な能力に俺は助けられたんだ。
だから、デリラちゃんのこの言葉を疑ったりはしない。
彼女が必死になってるんだと、すぐに理解できたんだ。
「……あなた、どうしたんでしゅ──、あぐっ」
「ごめん、大丈夫? ナタリアさん。ちょっと行ってくる。すぐに戻るから」
「……だいじょうぶれふ。いっれらっさい」
噛み噛みな、いやまじで舌噛んだみたいだけど……。
半分寝ぼけたようなナタリアさん。
こんなナタリアさんも可愛いかも。
外はまだ薄暗いが、今にも陽が昇りそうな時間帯だった。
俺はデリラちゃんを肩に乗せると、大太刀など必要なものを持ち、急いで靴を履いて外に出た。
『ウェル。どうしたの?』
「うん。デリラちゃんにお願いされてね」
『そう……。なら、急ぎなさい』
「うん、わかってる」
エルシーもナタリアさんから俺を見つけたときの話は聞いているみたいだ。
可愛い娘の頼みだ、叶えてやるのが親の務めってもんだろう?
「ぱぱ、あっち。いそいでー」
「おう」
デリラちゃんが指差した方向。
集落の北西。
鬱蒼と茂った森の中だった。
俺はデリラちゃんを肩に乗せたまま走って行く。
デリラちゃんは俺の顔にひしっとしがみついて、その方向を示してくれる。
『ウェル、あれじゃないかしら?』
「どれ? あ、あれか」
「とりさん、いそいでー」
「はいはい」
山犬に似た魔獣が数匹、何かを取り囲んでいるように見える。
「いぬー、あっちいっちゃえー」
デリラちゃん、かなりご立腹な様子。
俺の肩の上で暴れてるし。
「あぁ、これくらいなら。エルシー、デリラちゃんをお願いできる?」
『わかったわ』
俺は腰から大太刀を鞘ごと抜くと、中空に放り投げる。
すると、その場で青白く眩しい光を発して。
ナタリアさんやお義母さん、デリラちゃんがよく着ている寝間着に似た姿で、エルシーが立っていた。
鬼人族の女性がよく着る民族衣装らしいけど、最近はこの姿になることができるようになったそうなんだ。
ほんと、器用だよね。
「お願い」
「はい、デリラちゃんおいで」
「うん。エルシーちゃん」
俺は大太刀と一緒に、グレインさんが打ってくれた小太刀を二振り腰に差している。
これは万が一のためにと、普通の魔石で打ってもらったんだ。
エルシーにデリラちゃんを預け、小太刀一振りをエルシーに持たせる。
エルシーはデリラちゃんを抱いたまま、後ろを向いて。
なるほどね、山犬型の魔獣を殺す瞬間を、見せたくないわけだ。
「いいわよ。ウェル」
「うん」
俺はもう一本の小太刀を抜いて魔獣に近寄ると、思った通りあっさりと倒すことができた。
蹴飛ばして散らしてもよかったんだけど、失敗してデリラちゃんに泣かれると困るからね。
魔獣の死骸は、ちょっと遠くに蹴飛ばしておいた。
……あぁ、何やらぐったりした鳥のようなものが丸まってるけど。
「とりさんー。エルシーちゃん、とりさんーっ」
「はいはい。ウェル、そっち大丈夫かしら?」
「うん。こっちは大丈夫──」
俺の『大丈夫』を聞いたからか、デリラちゃんはエルシーの腕から降りて。
俺の目の前で泥だらけになった『とりさん』と呼んでるものを抱き上げた。
すると──。
「とりさんっ」
『ぴゅいっ!』
おや?
顔を上げてデリラちゃんを見上げるくらいの力は残ってるみたいだ。
「ぱぱーっ。とりさんいたいってー」
「そっか。連れて帰って治療してあげようね」
「うんっ、はやくはやく」
俺はそのままデリラちゃんを抱き上げた。
「エルシー、ありがと」
「いいのよ。夕方またお茶を飲む約束してるから、わたしは戻るわね」
「はいよ」
エルシーは青白い光と共に姿がぼやけたかと思うと、すーっと大太刀に戻っていく。
大太刀が倒れる前に俺は右手でつかまえる。
そのまま腰に挿して家に戻ることにした。
あの魔獣は後で始末してもらうとするか。
「ナタリアさん、いらない布切れ多めにもらえる?」
「はいはい。あなた、どうしたの?」
手際よく探してくれたんだろうね。
ナタリアさんは両手に布を抱えて持ってきてくれた。
「ありがと」
俺は縫物に使った端切れなのか、ナタリアさんから布束を受け取ると、俺は胡坐をかいてその前に置いた。
「デリラちゃん、この上に寝かせて」
「うん」
「よしよし。──あててて、齧るなってば。……ってあれ?」
あちこちひっかき傷のようなものがあるけど、それほど大きな傷はないんだ。
でもなんだかおかしくないかい?
この鳥。
腰から下が変だ。
まぁいい。
とにかく、どうやって治療したらいいものか。
「ナタリアさん。治癒の魔法使える人、集落にいたっけ?」
「……あの」
「ん?」
「あたし、少しなら使えますけど」
「……はい?」
これまた驚いた。
ナタリアさんは俺の前に膝をついて座った。
『とりさん』(デリラちゃんがそう呼んでるし)を手で覆うと。
「……んっ」
ナタリアさんの両手のひらが少し光を帯びたような感じになった。
『とりさん』のあちこちにあったひっかき傷が小さくなっていくんだよ。
すげぇ。
「──ふぅ。これでいいかと思います」
「……ナタリアさん」
「はい?」
「すげぇよ。俺って凄い人嫁さんにしちゃったんだね」
「いえ、そんなことないです。あたしたち鬼人族は、小さな頃に治癒の魔法を教わるんです。二、三人に一人くらい使える者がいるんですよね。あたしはそれ程大したことはないと思うんですけど。デリラが擦り傷を作ったときなどは、よくこうして治してあげたんですよ」
もしかして俺の嫁さん、聖女様じゃね?
すっげぇよ。
俺はさ、あの聖女さんの治癒を目の前で見てたから知ってるんだ。
いやはや、聖女さんいらないわ、これ……。
傷の治り具合とか、どう贔屓目に見てもさ。
ナタリアさんのが上手だ。
思わずナタリアさんを抱きしめちゃったじゃないか。
「うん。ナタリアさん。俺、嬉しいわ」
「こんなことで、あなたに褒められるなんて……」
ナタリアさん、すっごく恥ずかしそうにしてるし。
感動しまくってる俺を。
照れまくってるナタリアさんをよそに。
デリラちゃんは『とりさん』を抱き上げてた。
『ぴゅい?』
「とりさんー。げんきになった?」
『ぴゅいっ』
いやいや、デリラちゃん。
聞いたって言葉わからないってば。
でも可愛いやね、こうして『とりさん』を抱いて笑顔になってるデリラちゃんは。
「あ、ナタリアさん。ぬるま湯をたらいにお願いできるかな? ちょっと汚れちゃってるからさ」
「はい。今すぐ持ってきますね」
パタパタと風呂場に入っていくナタリアさん。
『この子、鷲獅子の雛かもしれないわ。ちょっと、イライザちゃんいるかしら?』
「──はいはい」
奥のお義母さんの部屋から返事が返ってきた。
鷲獅子?
なんだそれ?
元気になった『とりさん』。
デリラちゃんとじゃれ合ってる。
我が娘、可愛いったらありゃしない。
……それにしても、あの『とりさん』。
腰から下、獣っぽくないか?
魔獣の雛だったりすると、困るな……。
「どうしたのかしら? エルシーさん」
お義母さんは、エルシーのことを『エルシー様』から『エルシーさん』と呼ぶようになったんだね。
お茶友達であり、飲み友達でもあるみたいだし。
『この鳥の雛なんだけど、これって鷲獅子じゃないかしら?』
「あら? 鳥神様の雛じゃないですか。どこで見つけたんです? ウェルさん」
「鳥神様、ですか……。いやその、デリラちゃんが見つけたんですよ」
俺とお義母さんは、『とりさん』とじゃれ合ってるデリラちゃんを見る。
「鳥神様と私たちは昔から呼んでるんです。鷲獅子とも言いますね」
『やっぱりそうだったのね。ウェル。そのとりさん。鷲獅子とも、グリフォンとも言う、神獣よ』
「へ?」
グリフォン、何それ?
魔獣じゃないの?
神獣ってなにさ?
初めて聞いた話に俺は驚いてたけど。
デリラちゃんはおかまいなしに、『とりさん』とじゃれ合ってたし……。




