王国サイド あの事件の真相が。
少し長くて二話分くらいあります。
バラレックの交易商隊が鬼人族の集落を訪れた少し後のこと。
クレンラード王国の王城の廊下。
背筋を伸ばして颯爽と歩く、ひとりの婦人がいた。
今の勇者から見たら、先々代の聖槍の勇者。
現公爵夫人のマリサ・クレイテンベルグ、その人だった。
彼女の向かう先は、 国王ロードヴァットと王妃フェリアシエル、二人の暮らす部屋。
『コンコン』とノックをすると、返事を聞かずに扉を開ける。
「ロードヴァットさん、フェリアシエルさん。あなたたち何をしていたのかしら?」
二人は急な来客に驚いている。
それもそのはず。
フェリアシエルから見たら、マリサは義理の姉。
ロードヴァットから見ても、義理の従姉弟にあたるのだから。
彼女の夫は現公爵で、フェリアシエルの兄であり、ロードヴァットの従兄弟だ。
「ど、どうしたんですか? マリサ義姉さん」
「マリサ義姉さん、急にどうされたのですか?」
「どうもこうもないでしょう。私の弟、バレラックからの文が届いたのです。読んでみたところ、呆れて物が言えなくなりました。これを読んでごらんなさい」
なんと、ウェルのいる鬼人族の集落へ交易に来たバレラックはウェルの先代勇者、マリサの弟だったのだ。
マリサから受け取った文を、ロードヴァットとフェリアシエルが並んで目を通す。
もちろん、二人は彼女の弟が交易の商隊を率いていることも知っていた。
その目線が進むにつれて、二人の顔色が真っ青になっていくのだ。
そこに書いてあるのは、悔やみながらも自国から追放せざるを得なかった、先代の勇者であるウェルから聞き取りを行った内容だった。
「以前からおかしいとは思っていたのです。ですが、私は口を挟める立場ではないので静観していました。もしこれが事実であれば、あなたたちは娘たちを放置したことで、国を潰してしまうかもしれない、のですよ……」
文面にあったのは、バレラックがウェルからの詳細な報告があった。
ウェルが今、人間の国に居らず、魔族の集落にいるのだという。
同時に、商隊がこの国への交易を停止している事実も明らかになった。
もちろん、彼がウェルから聞いた話を判断した結果。
あの事件が王女二人の証言が『虚偽』だった可能性が高いとの報告まで記されていた。
「私の弟バレラックは交易商を営んでいる仕事柄、情報が命だと言っておりました。それ故に姉の私に対して、嘘の報告することなどありえないのです。ロードヴァットさん、フェリアシエルさん。あなたたちはどうするおつもりでしょうか? あなたたちの返答次第で、私は夫と一緒に領民たちを連れて、この国を出ることも考えているのですから」
流石に二人はぐうの音も出ない状況になってしまっているだろう。
なにせあの事件は娘二人の証言だけが証拠となっていたから。
おまけに情報を漏洩させてしまったのが、第二王女のエリシエールなのだ。
救国の英雄の一人が、国を見限る可能性もあると言っている。
もはや二人は崖っぷちにいるようなものだっただろう。
▼▼
翌日、魔物の出現が伝えられた。
だが現在、勇者ベルモレットは長い眠りにつかないと戦線に復帰できない上、今日現在彼は目を覚ましていないのだ。
今のところ国への甚大な被害は起きてはいないとはいえ、こうして魔物が襲ってきている。
ベルモレットが出撃できない状況下、国としては異例の措置が取られている。
それは、先々代の勇者マリサが聖槍を奮うことになってしまったということだ。
彼女はやはり歳のせいか、ブランクがあったせいかはわからないが、ベルモレットよりはマシな程度しか活躍できないでいる。
それでも弱い魔物や、少々強い魔物の対処はなんとかなっている状況だ。
最後の一匹にとどめを刺した後、マリサは振り向いた。
「──ふぅ……。マリシエールさん、この後、国王がお呼びだそうですよ」
「……はい。お疲れ様でございました。マリサ様」
ベルモレットの代わりに討伐に出たマリサ。
彼女は聖女マリシエールを窘めるように言う。
「エリシエールさんと一緒に連れてくるように言われています。私も同席することになっていますので、急いで準備するよう、言ってもらえるかしら?」
彼女の目は笑っていない。
聖女と第二王女の行っていた疑惑を知っているからだろうか。
「……はい。わかりました。マリサ様」
二十年ぶりの出撃だったにも拘らず、姿勢を崩すこともなく、背筋を伸ばして城へと戻っていくマリサ。
エルシーの補助がないのだから、かなりのマナを消費しているはずなのだ。
それでも『疲れた』とは言わないし、顔にも出さない。
それが彼女なりの怒りの現れだったのかもしれないのだ。
マリサはウェルがどれだけ国に尽くしていたかを知っている。
彼が凌ぎ切った十九年がどれだけ辛いものかも身をもって知っているのだ。
公爵家の第一夫人だからといって、国の政へ口を挟むようなことはしてこなかった。
だからあの件は静観するしかなかったのだろう。
もちろん彼女は、ウェルへの減刑も申し出た。
国の貴族たちや騎士たち、民たちへの悪い印象を拭えない状況になってしまっていたから。
国外追放になってしまったのは、仕方のないことだと我慢することにしていた。
だが、弟バレラックからの文で判明した疑惑への見解。
もう黙っているわけにはいかなかったのだろう。
国王、王妃、マリサが並んで座っている。
その前にはマリシエールとエリシエール。
現勇者のベルモレットはあと数日は床に伏しているだろうと報告があった。
そのため、出席はできないのだろう。
「マリシエール、エリシエール」
「はい、お父様」
「はい、父さま」
ロードヴァットは悲しそうな表情をしている。
ゆっくりと重たい口を開いていく。
「お前たち、今の国の状況。どう思っている?」
「…………」
「…………」
もちろん返事はできないだろう。
魔物出現の報告があっても、ベルモレットは出撃できない。
彼は一度の出撃で七日は床につかないと復帰できない状況になっている。
その代役として、引退したマリサが代わりに出ることになる顛末だ。
ロードヴァットはマリサの顔を見る。
マリサはひとつ頷いた。
「これを読みなさい」
ロードヴァットが二人の前に出したのは、バレラックからの文。
あのときのロードヴァットとフェリアシエルのように。
読み進めれば進むほど。
マリシエールもエリシエールも、顔から血の気が引いていくような。
そんな顔色になってしまっていた。
「二人ともよく聞きなさい。私はウェルのことを『国外追放』としたんだが。文の主の報告によればそうではないようだ。これは一体、どういうことなのかな?」
「…………」
「…………」
二人とも、俯いたまま答えることはできない。
暫く沈黙が続いたが。
「……実は」
「お姉さま──」
「黙りなさいエリシエールっ。……お父様、お母様、マリサ様。申し訳ございません──」
ぽつりぽつりと、マリシエールはあの日のことを話し始める。
妹エリシエールが姉マリシエールをそそのかしたということも全て白状した。
妹だけの責任ではなく、熱病のような衝動に負けてしまった自分も悪いのだと。
エリシエールは一言も弁明できる状況ではなかっただろう。
事実、マリシエールが話をしている間も後も、一言も口を開くことができなかったのだから。
それは王女としてはしてはならない考え方だっただろう。
国を救ってくれている勇者を陥れ、国益よりも私欲を優先させた、愚かな行為。
ウェルへの刻印を行った貴族の名前も口にした。
彼女らは、ウェルを『国外追放』となるよう指示をした。
だが、その貴族も勝手に解釈し、罪状を重くするという裏切り行為をしていたということが判明したのであった。
「なるほど……。あのな、二人とも。ウェルは、お前たちのことを『姪のように思ってる』と言ってたんだ。私もフェリアシエルも、お前たちのどちらかがウェルに嫁いでくれたらという願いはあった。だがな、ウェルはそうなることを望んではいなかったんだ……」
もちろん、マリシエールの懺悔によって、ウェルは冤罪だったことが証明されたのだ。
ただそれはもう遅い。
取り返しがつかない。
裏切り行為を行った貴族は、驚くことに序列第三位の家だったこともわかった。
その家については処分が下されることだろう。
「私が、ウェルが、身体を張って守った国を。あなたたちは自らの欲望のためだけに、壊してしまうところだったのです。実に情けない……」
マリサはそう言うと、頭を抱えてしまった。
ロードヴァットが姉妹に下した処分。
それは二人にとっては軽いものではなかった。
共に王位継承権のはく奪。
二人に今後一切、資金的な援助はしない。
エリシエールについては、国内にある孤児院の奉仕活動に従事させ、建物内での無期限の謹慎処分とした。
マリシエールについては、討伐任務等以外は同じく孤児院で治癒の奉仕に従事させることとなった。
付け加えて、マリシエールは近日中に重要な任務に就くことになっている。
それはきっと、彼女にとってとても屈辱なものとなるだろう。
「最後に、マリシエール、エリシエール」
「はい、お父様」
「はい、父さま」
ロードヴァットは、フェリアシエルと目を見合わせる。
彼女も辛そうに頷いた。
「今まですまなかったな。本日を以って、私たちは、お前たちと、親子の縁を切る」
「えっ?」
「お父様、それって……」
「あぁ、そうなるな。クレンラードの家から除籍することになった」
「「…………」」
「お前たち二人を甘やかして育てた、私たちがいけなかった。それでも、お前たちは王女だったはずだ。最低限、王女としての教育はしてきたはずだ。それなのに、目先の欲にくらんでしまったのだ」
「「…………」」
「今更かもしれないがな。ウェルと一緒になりたくないのなら、そう言えばよかったではないか。ウェルは私とフェリアシエルにとって、可愛い弟のような存在だった。あのような仕打ちをする必要があったのか? お前たちのことも、可愛がっていたではないか……」
「「…………」」
「近いうち、分家より跡取りとして養子をもらうことになるだろう。そしてその子が王となれるよう教育が終わったら、早々に退くつもりだ。国の民をたばかり、脅威に晒し、愛されていた勇者を陥れた。そうして民を欺いたお前たち。もちろん、私たちも親として、同じように償わなくてはならない」
フェリアシエルもゆっくりと頷いた。
マリサはその場に立ち上がり、厳しい目をマリシエールとエリシエールに向け続けている。
「新しい勇者、ベルモレットさんには最早期待できないと思います。その間は私が討伐にでることになりますね。私とウェルが守ってきたこの国を。私の二十年とウェルの十九年を何だと思ってるのですか? 私は、腹立たしく思っています。私はこの場で、あなたたちを斬ってしまいたい。……ですが、ロードヴァットとフェリアシエルの願いもあり、しないことに決めました。それはあのとき、二人が私のウェルへの減刑の嘆願を聞き入れてくれたからです。正直、甘い裁きだと思っています。ご両親だった人たちに感謝なさい。それと、マリシエールさん」
「はい」
「あなたにはこの後辛い任務が待っています。間違いのないように、努め終えなさい」
「わかりました」
肩を落とすエリシエールと、マリサを真っすぐに見続けるマリシエール。
その日のうちに、あのときのウェルに罪はなく、王女二人の引き起こした嘘であったと宣言された。
ロードヴァットとフェリアシエルは、王女たちへ下した処分を述べると、民の前で頭をゆっくりと下げた。
本当であればウェル本人に謝りたかったはずだ。
これから王女たちの尻拭いに奔走する日々が始まる。
あのときの罪の償いができるかどうかは、誰にもわからないだろう。