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第二十六話 祭りのような賑わい。

 交易商商隊の長、バラレックさんとの話はまだ続いてる。

 信頼と情報が命だって、凄く真面目な人なんだよ。


「いやいや。俺もう、あの国の勇者じゃないですから」

「はい。それも存じております。あなたが在位中のあの国は、魔獣の被害が最も少なかったと聞いております。もちろん、……国を追われたということも。そして、それは冤罪だったかもしれない、ということもですね」


 まじか。

 商人、こえぇ……。


 なんでも、バラレックさんは交易商隊の長で、ひとつの国に籍を置いてないんだそうだ。

 あちこちの国々を旅してまわる商隊が何隊もあるらしい。

 もちろん、人間の国だけでなく、こうして交易の可能な魔族の国々も回ってるとのこと。


「俺はこんなですから、人の国にいられなくなったんですよ。それでこの集落に受け入れてもらったんです」


 俺はバラレックさんに『邪竜の刻印』を見せた。

 数年で色が抜けるらしいけど、未だにはっきりと見えてるな。

 そりゃ刻印の意味を知る人なら、見た瞬間顔をしかめてしまうわな。


「……これは酷いですね。仮にも国に尽くした勇者様に対する扱いとは思えません。おそらく、ウェル様は──」


 あくまでもバラレックさんの仮定の話だったけどさ。

 エルシーが言ってたことと変わらない内容を彼なりに話してくれたんだ。

 なるほど、って思ったよ。


「その通りだと思います。こうして離れてみてわかりましたが、残念ながら。あの姉妹と、一部の貴族に嫌われてたんでしょう。ほら、俺は庶民の出ですから──」


 もう過ぎたことだと思ってたから、簡単にだけど、あのとき俺の身に何が起きたか。

 なぜここで族長をしているのかを話したんだ。


「……恨まれていないのですか?」

「恨み言がないと言えば嘘でしょう。ですが、そうしたところで何もなりません。俺あの国で沢山の人を守ってきましたが、家族はいませんでした。でも今は、可愛い妻と可愛い娘もいます。義理の母も、優しい育ての母もいるんです。何て言うんでしょう。俺はあのまま任期を終えたら、もしかしたら今でも独りだったかもしれないんです。ある意味感謝してますよ。こうして幸せな生活を送ることができてるんですから」

「そうですか。そういう考え方もあるのですね……」


 ついでにだけど、エルシー、聞いてるか?

 育ての母って、自慢してやったぞ?


「そういえば、バラレックさん」

「はい、何でしょうか?」

「ここに来るまで魔獣に遭遇してるはずなんですが」

「あぁ、それですね。一応私どもの秘密でもあるのですが、お教えしてもいいでしょうね。それほど強いものではありませんが、魔獣除けの魔法具があるのです。私どもの持つ情報と合わせると、戦わずしての移動が可能になるのです」

「それは凄いですね。それがあれば……」

「いえ。あくまでも弱い魔獣が寄ってこなくなるだけでして、強いと思われる魔獣の情報は常に掴んでおります。近寄らないようにそれを避けるように、商隊の進路を決めているのです」

「そう、ですか」


 余計な戦闘はしないということか。

 なるほどね。


「えぇ。あとは盗賊だけです。相手がただの人であれば、それほど怖くはありません」


 長年そうして交易を行っているんだろう。

 一か所に腰を落ち着けない。

 そうすることで、魔獣に対する対策も秘匿できる、と。

 俺の知らないこともまだまだあるんだな、と感心しちゃったね。


「ときに例の国の勇者様のことですが」

「はい」

「若いせいか、体力面にやや不安があると聞いています」

「といいますと?」

「はっきり申し上げてしまえば、魔獣の討伐具合などからの安全性を決定しておりまして。私どもはあの国との交易を、一時的に停止とさせていただいている状況でして──」


 要は安全ではないから立ち寄れない。

 そういうことらしい。

 何やってんだ?

 俺があれだけ頑張って討伐してたっていうのに。


「いえ、ウェル様がいないからという意味ではございません。あの国が選んだことなのですから。もちろん私どもとしましては、鬼人族の皆さまとは末永く交易を続けさせていただければと思っております」

「はい。俺からもお願いしたいくらいです。……ライラットさん、交易に関してはダルケンさんがまとめてたっけ?」


 俺は横にいるライラットさんに確認をとった。

 族長って言ったって、全部の役割を担っているわけじゃない。

 交易はダルケンさんが詳しいはずだし、武具や防壁などはダルケンさんが率いている。

 集落の防衛は今は鬼の勇者である彼らが中心。

 俺は皆の尻拭いをする立場だからね。


「はい。ウェル族長」

「そっか。バラレックさんを案内してもらえるかな? すみませんね。俺は守るだけで、交易などは疎いもので」

「いえ。これからもよろしくお願いいたします。ウェル様」

「はい、こちらこそ」


 俺とバラレックさんは、がっしりと握手を交わした。


「じゃ、頼んだよ。ライラットさん」

「はい。こちらです」

「すみません。ではよろしくお願いいたします」


 バラレックさんとライラットさんの背中を見送って、俺は座ってるよこに置いてあった大太刀を見た。


「どう思う?」

『そうね。予想通りとしか言えないわ。かといって、わたしの言葉を聞ける人が、あの国にはいないのよ。それにわたしの可愛い息子をあのような……』

「うん。それはいいんだ。今の俺には関係ないからさ」

『そう。ならいいのだけれどね。ウェル。前にも教えた通りよ』

「うん。守る人を間違えない、だよね?」

『そうよ。忘れてないようね、いい子だわ』

「ありがと。エルシー」


 俺の足でひと月は彷徨って、やっとこの集落にたどり着いたっけ。

 馬の足なら半分くらいか。

 バラレックさんみたいに、魔獣を避けて通れるなら、人のいる地域からそれくらいで着いてしまうんだろうね。

 魔獣除けの魔法具か。

 魔剣も魔法の杖もあるんだ、そんなものがあっても不思議じゃない。

 世の中には武器以外にも、便利なものがあるんだね。


 ナタリアさんとデリラちゃんを連れて、商隊の馬車まで商品を見に行ったんだ。

 そこにはデリラちゃんが好きそうな甘いお菓子。

 ナタリアさんが欲しがった調理器具なんかもあるんだ。

 まるで甘いものに群がる虫のように。

 十台からなる商隊の馬車の周りには、この集落の人が集まっていた。


「ぱぱ。これ、おいし……」

「うん。よかったね。確かに、サクサクしてて美味しいね」


 満面の笑顔で喜んでるデリラちゃん。

 うちの子最強だよね。

 焼き菓子を買う前に試食させてもらったんだけどさ。

 これがまた、甘いのもあるし、塩味のもあるんだ。

 酒の肴になりかねないくらいに美味い。

 ナタリアさんも便利な調理器具を抱いてホクホク顔。


「あなた。こんなに高いもの。よかったんですか?」

「いいんだ。俺たちはそれだけ稼げてるんだよ。ナタリアさんは族長の奥さんなんだから、少しぐらい我儘言ってもいいんだよ?」

「いえ。そんな。もったいないです……」


 ほんと、控えめな性格というか。

 そんなところがよかったりするんだよな。


『ウェル。そのお酒……』

「(はいはい。買うからさ。大丈夫だって)」


 何気に俺の頭の中に欲しいものを呟くエルシー。

 最近は短い間だけど、人の姿になってはお酒やごはんを堪能して。

 眠っては大太刀に戻ることができてるらしいんだ。

 魔獣からマナを吸い上げる方法を会得したらしいんだよ。

 半端ないよね、エルシーもさ。


 バラレックさんたちの交易商隊が持ってきてくれた交易品は、この集落では手に入らないものばかりだった。

 ナタリアさんもお義母さんも。

 集落の皆も満足した買い物ができたらしいよ。

 引き換えに仕入れていったものは、この集落で作っている果実酒や魔獣の毛皮など。

 それと、僅かばかりの魔石だった。


「いい取引をさせていただきました。貴重な魔石を分けていただき、助かりました。特にこの果実酒。これは香りも味も別格です」

「喜んでいただいて嬉しいです」

「いえ。私はまたひと月後あたりに寄らせていただきます。その間、入れ替わりで他の商隊がくるかもしれません。そのときはこの馬車の紋章が私どもの印ですので、信頼していただければ助かります」


 馬と旗が記された紋章。

 それも丁寧に作られた織物みたいだね。


「わかりました。お待ちしてます」

「はい。今後ともご贔屓にお願いいたします」


 丁寧に挨拶をしてくれたバラレックさん。

 商隊の皆も手を振って別れを告げてくれる。

 実に気持ちのいい人たちだった。

 男性だけではなく女性も混ざっていたし。

 商隊の隊員は、人間だけじゃなかった。

 おそらくは魔族の人も混ざっているんだろう。

 皆、歴戦の商人たちだ。

 顔つきもしっかりとしていて、頼りがいのある人たちだったね。


「ぱぱー。あまいのーっ」

「はいはい。ナタリアさんお茶お願い」

「えぇ、家に帰って、手を洗ってからにしましょうね」

「うんっ」


 デリラちゃんとナタリアさんの笑顔。

 今の俺には一番のご馳走だよね。


「ウェルが買ってくれたのよ。さぁ、飲むわよ。イライザちゃん」

「えぇ。美味しそうなお酒ですこと」


 あ、エルシーったら。

 いつの間にか人の姿になってるし。

 こっちの母たちも。

 すっかり戦闘態勢だったりしてね。

 程ほどにしてよ。

 って言っても、お義母さんも結構な酒豪なんだよな……。


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勇者召喚に巻き込まれたけれど、勇者じゃなかったアラサーおじさん。暗殺者(アサシン)が見ただけでドン引きするような回復魔法の使い手になっていた。

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