第二十五話 「ぱぱー、エルシーちゃんがこっちきてってー」
連載再開になります。
ゆっくりにはなると思いますが、これからもよろしくお願いします。
エルシーが人の身体になった翌朝。
さっさと着替え終わった俺とナタリアさんは、早起きしてデリラちゃんがいつきてもいいように準備が終わっていたんだ。
すると。
「ぱぱー。エルシーちゃんがこっちきてってー」
「ん? おはよう、デリラちゃん。今行くから待っててねー。……ナタリアさん俺ちょっといってくる」
「はい。あたしは朝ごはんの準備してきますね」
ちゅっと俺にキスしてくれるナタリアさん。
うん。
嬉しいね。
けどこっちってどっちだ?
「デリラちゃん、こっちってどっち?」
「こっちー」
うん。
デリラちゃんの声は居間からだね。
「エルシー。おはよー」
『ウェルね、おはよう』
ん?
なんかおかしくね?
昨日よりも声がくぐもってるっていうか。
そんな感じ?
あぁ、いたいた。
デリラちゃんとお義母さん。
あれ?
エルシーは?
どこを見回しても、声はすれどエルシーの姿がないんだよ。
あ。
デリラちゃんが持ってるのって。
大太刀?
「ぱぱ、エルシーちゃん。もどっちゃったって」
俺は大太刀を受け取ると、デリラちゃんの頭をくしゃっと撫でた。
いつものように気持ちよさそうにしてくれる。
「そっか、うん。ありがとう。重たくなかった?」
「だいじょぶー」
「そっか。おはようございます、義母さん」
「おはよう。ウェルさん」
俺はお義母さんの前に座って、デリラちゃんも俺の横にぺたんと座った。
「エルシー。どうしたの?」
『わたしもね、よくわからないんだけど。寝て起きたら戻っちゃってたのよね──』
理由はわからないけど。
エルシーの推測では、寝てしまったことで『人の姿でいたい』という意思が途切れた。
それで戻ってしまったのではないかということだった。
『戻れーって念じてみたんだけどね、きっとマナが足りないんだと思うの──』
慣れていないのか、それともウェルにマナを注いでもらわないと駄目かもしれない。
あのときは、俺がぶっ倒れるくらいにマナを消費したから、また倒れられても困るって。
「寝る前なら、マナくらいあげようか?」
『駄目よ。ナタリアちゃんと仲良くできなくなっちゃうでしょう?』
──ってエルシーは遠慮するし。
そんなに露骨に言われると、さぁ。
炊事場の方から何かを落としたような『ガコン』という音が聞こえてきてるし。
ナタリアさん、いちいち反応しちゃ駄目だってば……。
エルシーは、いつか自在に人の姿になる方法を考えておくからと。
それに昨日は充実した夜を過ごせたから、今は満足してるんだってさ。
ただ、大太刀との親和性が高すぎたのか、抜け出せない状況にあるらしいよ。
今までなら宿ろうと思えば、ナタリアさんが使っている料理用のナイフや、俺が持ってる魔獣の剥ぎ取り用の小刀にも宿れたはずなんだけど。
試しに移動しようとしたら移動できなかったんだそうだ。
でもこれはこれで、良しとするらしい。
なにせ、また人の姿になれる可能性があるからだってさ。
俺も枯渇した状態から一晩寝たら普通に動けるようになったし。
一般の人であれば、そんな状態では一晩でマナが戻ることはないんだそうだ。
初めて枯渇状態になった俺としては、驚きの事実。
改めて、自分の化け物さ加減に苦笑してしまったよ。
『またイライザちゃんたちとお茶を飲みたいからよ(わたしの息子のウェルと、娘だと思ってるナタリアちゃんを抱きしめたいし。孫のデリラちゃんを膝の上に抱きたいなんて言えないわよね)』
▼▼
あれから少し経って。
ライラットさん、ジョーランさん。
ジェミリオさんとアレイラさんを軸とした、若人衆改め『鬼の勇者』たちの働きが立派すぎてさ。
俺が大太刀を奮う機会は少くなったんだ。
いや、強くなったねみんな。
それに四人に続いて、魔剣を扱える人も増えてきたし。
鬼人族は俺が来るまで、魔獣に襲われてただ防ぐことしかできなかった。
けど今は逆に攻める形になっている。
それは前に、王国で俺が行っていた方法。
定期的に近隣を捜索し、人を襲うタイプの魔獣を駆除していく。
そうすることで夜間に集落を魔獣が押し寄せてくることがほぼなくなっていたんだ。
彼らは決して無理をしない。
駄目かもしれないと思ったら、俺に助けを求めてくれる。
言いつけをしっかりと守ってくれる、いい子たちだと思うよ。
それでやっと俺とエルシーの出番だ。
二回の討伐に一度くらいかな?
俺が倒さないとまずそうな、成長した魔獣が出るのは。
それでもこの大太刀。
前に使ってた聖剣エルシーより凄いんだ。
これだけ長いのに、重さを感じさせない。
今までみたいな両刃じゃなく、片刃だから。
太刀用の剣術の書物があると聞いて、グレインさんに見せてもらって、独自で研究してみたりしてるんだ。
前の聖剣エルシーとは違った振り抜き方をするみたいで、コツをつかむまでちょっと時間がかかったね。
聖魔石と呼ばれる貴重な魔石は、普通の赤い魔石よりも硬くて強い。
いくら丈夫だとはいえ、『峰』と呼ばれる背中の部分で叩くわけにはいかないからね。
無駄にマナを使うことになるし。
前よりもマナの消費が多い感じがするけど。
それはきっと、エルシーに渡ってるんだろうな、と思ってたりする。
エルシーも、刃の部分が魔獣に触れた瞬間を狙って。
魔獣からマナを吸い上げてるらしい。
このあたりが、彼女の試行錯誤にあたる部分なんだろうね。
魔獣を何体か倒せば、もしかしたら実体化するのに必要なマナを手に入れることができるかもしれないってさ。
俺を頼らないという彼女の気持ちがあったんだろうね。
ぶっ倒れるのが確定してるからさ。
午前中の討伐が終わって。
デリラちゃんを膝にのせて、昼ごはんを食べ終わったばかりのとき。
「ウェル族長。お客さんが来てるんですけど」
勇者の一人、ライラットさんが家にやってきた。
「はいはい。俺にってわけじゃないよね? デリラちゃんちょっとごめんね。ナタリアさんお願い」
「はい、あなた」
ナタリアさんは、デリラちゃんを受け取ってくれる。
デリラちゃんはちょっと残念そうな表情で。
「ぱぱ、おしごと?」
「いや。うん、そうだね」
俺が昼ごはん食べてるの、ライラットさんだって知ってるはずだからさ。
急なお客さんなんだろうね。
仕方ないなーと、玄関に出てみたら。
ライラットさんのその後ろには、おや?
珍しいっていうか。
人間の男性?
「お初にお目にかかります。私、交易商隊を営んでおります、バラレックと申します」
「はい。ここの族長のウェルと申します」
なるほど。
商人なんだ。
俺もバラレックさんも普通に頭を下げ合ってるもんだから、ライラットさんが困惑してる。
丁寧な挨拶には丁寧な対応で返さないとね。
前にお義母さんとグレインさんたちと話し合った部屋。
居間じゃなく、客間みたいなところ。
そこにバラレックさんを招いて話をすることにしたんだ。
現在の集落の現状や、魔獣の討伐具合。
そんな話になったね。
「──そうでしたか。ここ数年、こちらの集落に来ることができませんでしたが、最近魔獣の気配が少なくなったとの報告が入りまして。……なるほど、どこかで見たことあると思いましたら、クレンラード王国の勇者様だったのですね」
ありゃ?
バレてる。
「もしや、名前でわかってしまいましたか?」
「いえ、私たち商人は信頼と情報が命でして。聖剣の勇者様でしたウェル様のことも、もちろん存じておりました」