第二十四話 エルシーの想い。
明けましておめでとうございます。
今年最初の更新です。
これからもよろしくお願いします。
エルシーがなんと、人の姿をしてたんだよ。
それも女性の姿で。
媒体になった大太刀が、グレインさんのお母さん、お婆さん、ひいお婆さんの角からできてたからか。
理由はわからないけど。
「エルシー様は女神様だったのか? ウェル族長さんよ……」
「知らないって。俺の守護者だったのは確かだけど。それにさ、伝説に残ってるのは男性の騎士だったって聞いたし……」
「細かいことはいいのよ。今、女性になれた喜びを邪魔しないでくれる? ……ほんと、ウェルって相変わらずよね。最初に話をしたときも、『お姉さん、誰?』だったものね」
ぶかぶかの服。
似合ってないじゃないのさ。
「その服、どうしたの?」
「グレインさんの奥さん、マレンさんに借りたのよ。グレインさん、マレンさんの容態大丈夫かしら?」
「あぁ。驚いて腰抜かしてるだけだから。大丈夫なはずだけど」
「そういやさ、大太刀の鞘ってどこいったの?」
「下着よ。消えちゃったし。多分そうだと思うわ」
「へ?」
下着?
ともかく、俺の母さんに似てることは秘密にしとこう。
何言われるかわかったもんじゃないし。
「それより、どう? 動けそうかしら?」
「んー。無理かな」
「ほんと、世話が焼けるんだから」
「いや。もっとマナを寄こせっていったの、エルシーじゃないのさ」
「あら? そうだったかしら? よく覚えてないわねー」
ほんと白々しいというか。
でも、なんだろうね。
凄く嬉しそうな顔してるし。
「どっちにしても。このままここに寝てたら邪魔になるよね」
「そうねぇ」
「グレインさん。悪いんだけど、うちまで運んじゃくれませんか?」
「おう。構わないけど」
ライラットさんを呼ぶのかと思ったら。
グレインさんは右肩に俺をひょいと担ぎ上げた。
俺は荷物ですかい?
エルシーまで、俺を見て『くすくす』笑ってるし……。
家の入り口くぐった瞬間、予想通りの反応があったよ。
「あ、あなた。どうしたんですかっ?」
「ごめんね、驚かせて。ちょっとマナ切れ起しちゃったみたいでさ。グレインさん、このまま俺たちの部屋にお願い」
「いいのか?」
「すみません、グレインさん。お願いしますね」
「いえいえ。これくらい」
あ。
デリラちゃん。
「ぱーぱ。どうしたの? みみず、いる?」
「いや、違うから。しっかり憶えてたのね……」
みみず、ってさ。
畑に出るにょろにょろした生き物で、土を分解する益虫らしいんだ。
俺と初めて会ったときのこと、しっかり憶えてるし。
だってさ、デリラちゃん、笑ってんのよ。
「あ」
「ん?」
「おねえちゃん、だれ?」
きょとんとして、エルシーのことを見上げてる。
「ほんと、父娘そっくりね。忘れちゃった? わたしよ、デリラちゃん」
「あー、エルシーちゃん」
「そうよ。エルシーちゃんよ」
デリラちゃんのことを抱き上げて、頬ずりしてるし。
「エルシーちゃん」
「ん? 何かしら?」
「きれー」
「んふふ。ありがと」
子供って、不思議に思わないんだろうかね。
でも、大きな騒ぎにならなくてよかったよ。
「あなた、さっきのお客様。誰でしたっけ?」
「あははは」
ナタリアさんは気づかないのね……。
▼▼
うん。
ひと眠りしたら動けるようになってたわ。
外は暗くなってるんだなぁ。
やば。
腹減った……。
「ナタリアさん、何かたべ──」
ナタリアさんが、炊事場にいるだろうと思って声をかけようとしたんだけど。
居間からエルシーの声がするんだよな。
気になってそっと覗こうとしたらさ。
「そうなの。十五歳のときのウェルったらね。素直で可愛かったのよー。あの子には父親も母親もいないし、わたしも生涯子供がいなかったの。まるで、息子のような存在だったわ……」
「えぇ。ウェルさんには助けられました。ナタリアもデリラちゃんも。明るくなったんですもの」
「グレインさん、マレンさん。本当に申し訳ないと思ってるわ」
「いえ。母たちの魔石はウェル族長に託そうと思ってたんです」
「そうね。ウェルさんにならいいと、私も思ってましたから。そのおかげか、お世話になってるエルシー様のお役に立てただなんて。ほんと、奇跡としか思えませんわ」
うわ。
イライザ義母さんとエルシーが、お菓子食べながらお茶飲んでる。
何故だろう。
イライザさんと並ぶと、エルシーのが年上に見えるんだけど。
ありゃ?
グレインさんもマレンさんもいるし。
「わたしも、驚いたの。でもね、この身体になれたのは、ウェルのマナのおかげなの。わたしが無理を言って、あの子が倒れるまでマナを注いでくれたくれたからなのよ。いつ大太刀に戻るかわからない、……いいえ。きっとすぐに戻ってしまうわ。この身体になれたのははきっとね、グレインさんとマレンさんのご家族が残してくれた身体の一部だからかな、って。わたし、思うの」
「「「「…………」」」」
うん。
確かにそうなのかもしれない。
グレインさんのお母さんたちの角でできた大太刀だからね。
奇跡がどこまで続くのか。
俺にもエルシーにもわかんないし……。
「みんなも知っての通りね、マナは命と同じ。わたしがこうして存在できるのは、あの子からマナをわけてもらってるから。わたしはあの子の母親だと思ってきた。だからこそ、息子に無理はさせられないわ。今、この姿でいられる間だけで十分よ。こうして皆さんと一緒にお茶を楽めているの。それにね、この手でウェルを抱きしめることができたの。母親の気持ちって、あんな感じだったのね。嬉しくて、嬉しくて、涙が出てくるわ……」
エルシーって俺のこと息子のように思ってくれてたんだね。
俺もね。
頼れる姉のような、母親のような。
そんな風に思ってたんだ。
いつも心配してくれるし。
悪いところは叱ってくれる。
俺の知らないこと、足りないことを教えてくれた。
父さんと母さんを亡くしてからは、ずっと話し相手になってくれたもんな。
よかったね。
エルシー……。
「エルシーちゃん。ないちゃだめー」
「ありがと。デリラちゃん。大好きよ」
「デリラちゃんもすきー」
エルシーの横にデリラちゃんもちょこんと座ってる。
優しい子だね、デリラちゃんは……。
あ。
甘い糖蜜漬けをエルシーに食べさせようとしてるよ。
「エルシーちゃん。あーん」
「あーん。うん。美味しいわ。ありがとう、デリラちゃん」
「えへー」
「ほんと、ナタリアちゃんは娘みたいだし。デリラちゃんはわたしの孫のように思ってるのよ。こうして触れ合えるのは、とても嬉しい。……あら? ナタリアちゃーん。ウェル起きたみたいよ。お腹すかせてるでしょうから、何か食べさせてあげてね」
「ちょ──」
おいおい。
背中に目でもついてるのかよ。
そういえば、魔獣との乱戦の間も、的確に相手の動きを教えてくれたっけ。
もしかして、隠れて聞いてたの、気づいてたのかなぁ……。
「はいっ。あなた、気が付い──」
炊事場から急に出てきたから『とすん』と俺の胸に収まっちゃったよ。
なんとか受け止めることができたけどさ。
「ごめん。なんだか夜まで寝ちゃったみたいだね。心配かけてごめん」
「いいえ。エルシー様が『心配ないから、寝かせておいて』と言ってくれましたので」
「焼けるねぇ、ウェル族長」
「やめてよ。グレインさん」
エルシーは俺を指差して、イライザさん、マレンさんとケタケタ笑ってるし。
あの時目を覚まして、最初に見たエルシーの顔。
今もそう思うけどさ、なんとなく母さんに似てるんだ。
あ。
デリラちゃん、大人しいと思ったら。
エルシーの膝の上で、だらーんとしてるし。
「ナタリアさん、デリラちゃん寝ちゃってる」
「あら。どうしましょ。エルシー様、すみません」
「いいのよ。わたしは今夜から、イライザちゃんの部屋でお世話になるわ。だからね、デリラちゃんはイライザちゃんの部屋に寝かせておいてくれるかしら? さっきね『一緒に寝ましょうね』って、デリラちゃんと約束しちゃったからね」
「は、はいっ。すみません……」
ナタリアさん。
だ、だから、そんなに頬を赤くしなくてもいいじゃないのさ。
「あらあら。もしかしたら、孫が増えるかもしれないわね」
「お、それはいいことだな」
「そうですね。ナタリアさんも苦労しましたからね」
「ナタリア、ウェルさんに可愛がってもらいなさいよ?」
「勘弁してよ……。ナタリアさん、デリラちゃん寝かしつけちゃおう。それと、ごめん。腹減った……」
「はいはい。あなた」
「さぁ、わたしたちの可愛い息子と娘、愛らしい孫を肴に飲みましょうか」
「えぇ」
俺はデリラちゃんを抱いて、ナタリアさんとイライザ義母さんの部屋へ。
ふと思いついて、戻って言いたいことがあったんだ。
「……その、なんだ。いつもありがとう。エルシー、……いや、『母さん』」
急に恥ずかしくなって逃げちゃったけどさ。
「──っ! ……馬鹿ね。当たり前でしょう……」