第二十一話 いらぬ心配毎と、女の子の怖さ。
「ナタリアさん」
「なんですか?」
暖炉の火に暖められて、甘いお酒を酌み交わしながら。
ナタリアさんは、俺の腕の中で嬉しそうに俺にすり寄ってくる。
やばいよ。
可愛いよ……。
重要なことを聞くんだ。
しっかりしないとな。
「あのね。鬼人族の女性ってさ、何人まで子供がいるものなの?」
「んっと、二人、くらいですね。それ以上は珍しいです」
なるほどね。
「その角の色だけど。デリラちゃんを産むまではさ、赤かったんでしょ?」
「はい。あの子ができて、徐々に色が変わってきました。その間は家の外に出てはいけないとお母さんから言われましたね」
もしかしたら、デリラちゃんに力を受け渡した可能性もあるんだよね。
「もうひとりさ、できたとしたら。ナタリアさん、死んじゃったりしないよね?」
「……大丈夫ですよ。二人以上産んだ人もいますから」
「そっか。心配だったんだ。色が変わった理由がさ、デリラちゃんに鬼人族の力を渡したからなのかな。って──」
俺は若人衆として集まってくれた人たちの中に女の子がいて。
彼女たちは男のライラットさんやジョーランさんたちより、マナを扱う力が強く思えたからなんだよね。
その子たちは、皆角がデリラちゃんと同じように赤かったんだ。
「──そう。皆、赤かったんだよね。お義母さんもさ、亡くなった息子さんひとりだったらしいから。ちょっと心配したんだ」
「あなたが思ってることは間違ってないですよ。子を産んだ鬼人族の女はその『特別な力』を失います。けれどね、それだけなんですよ。決して子供に力を渡した訳ではないんです。『特別な力』を、丈夫な子供を産むために使っているんだと思いますよ」
そう言って微笑んだナタリアさんの笑顔は、確かに母親だった。
在りし日の俺の母さんみたいな微笑み。
あぁ。
男は敵わないんだな。
だから守りたくなるんだ。
自分より大切な存在を。
命を懸けて。
『鬼走』を使ってまで。
人間の男は愛するものを挺して守り切れない。
鬼人族の男は、これだけ力が強いのに、それでも身を投げうって守ろうとする。
英雄的行動の『鬼走』。
俺は絶対に使わせたくない。
俺が族長である間は。
俺が鬼人族を強くするんだ。
「あなた。難しいこと考えてますね?」
「ん? 何で?」
「だって、その。いつもは優しい顔をしてるのに。眉間のところに皺が寄ってて、怖い顔をしてましたから……」
俺の眉間にその細い指先を当てて、優しく撫でてくれてる。
あぁ。
心配させちゃってるんだな。
「ナタリアさんは怖くなかったの? 俺、鬼人族以上の化け物かもしれないんだよ?」
「デリラが懐いたあなたですよ? どこにこれ程優しい化け物がいるんですか? あたし、見たことないです」
ちゅっ
あ、優しいキスだ。
あははは。
ナタリアさん、もっと顔が赤くなってるし。
子供は大人の本質を見抜く力を持ってるって聞いたことがあったっけ。
そっか。
「俺、もしかしたら。ナタリアさんを、デリラちゃんを守るために、化け物になったのかもしれないね。エルシーには感謝しなきゃ。それに、ナタリアさんを残して死んだりしないみたいだからね」
「はい。嬉しいです……」
▼▼
あーうん。
左手が痺れてるわ。
ナタリアさん、今朝はお寝坊なんだね。
やべぇ。
ナタリアさんも俺も裸のままじゃないか。
「ナタリアさん、ナタリアさん」
「……んっ。あなた、愛してます……」
「いや、嬉しいんだけど。早く着替えないとデリラちゃ──」
ドンドンドン
「ぱーぱ。まーま。おはよー。おなかすいたー」
がばっと身体を起すナタリアさん。
うぁ。
おっきくてきれいなおっぱ、いやいやいや。
「あなた、急いで着替えてください」
「う、うん。その、隠そうね」
「っ!」
顔を真っ赤にして背中を向けるナタリアさん。
背中、綺麗だなー……。
肌もすべすべ、……って、そんな暇ないわ。
慌ただしく着替えを終える俺とナタリアさん。
窓を開けて、空気の入れ替え。
あぁ、匂いが充満してて凄くまずいわ。
「あなた、あたし行きますね。あなたも後から来てください。部屋は食事が終わったら片付けますから」
「うん。お願い」
ナタリアさん、ドアの鍵を開けてから、大きな声でデリラちゃんに言うんだ。
「デリラ、ドアからどきなさいね。ぶつかっちゃうから」
「はーい」
▼▼
慌ただしい朝食も終わり、俺は鍛冶屋であるグレインさんの工房の裏に向かうことにした。
「あなた、いってらっしゃい」
朝食の前からとてもご機嫌だね。
食事を作ってるときなんて、炊事場からナタリアさんの鼻歌が聞こえてきたもんなぁ。
これが、かなり上手なんだけど。
ご機嫌の理由が、昨日のあれだろう?
こっぱずかしいわ。
きゅっと俺を抱いて頬にキスをしてくれるナタリアさん。
デリラちゃんも俺に抱き着こうとぴょんぴょん跳ねてる。
ナタリアさんが苦笑して俺から離れてくれたら。
足元にしゃがんで腕を広げた。
「デリラちゃんも、ぎゅーっ。……あ、ぱぱ」
「ん?」
「ままのにおいがするよ。とってもいいにおい」
そのままちゅっ、と頬にキスをしてくれるんだけど。
俺は一晩中、ナタリアさんと抱き合って寝てたからなぁ。
女の子って案外匂いに敏感なんだね……。
「エルシーちゃん。いってらっしゃーい」
『ありがと。デリラちゃん』
デリラちゃんは、きちんとエルシーにもいってらっしゃいしてくれる。
エルシーも家族として認められてるんだな。
俺も嬉しい。
あ。
やばい。
そういえば、若人衆にも女の子がいるんだっけ。
冷やかされなければいいけ。
「族長さーん。奥様と仲がよろしいんですね」
うげ。
この子は確か。
柵を補強したときにいた、あの力持ちの女の子。
名前なんて言ったっけ。
あぁ、確か。
「な、何の話かな? おはよう、ジェミリオさん」
「おはようございますっ。……あの、奥様の香油の匂いがしますよ。男性はそれをつけたりしませんから」
「──まじか。……いや、何でもない」
あの甘くて、花のようないい香り。
あれって香油だったんだ。
そりゃ男はつけないわな。
女の子、怖い……。
グレインさんの工房裏に着いたんだけど。
あぁ、女の子が集まって、何やら話してる。
俺の方をちらちら見て『きゃぁっ』なんて……。
これは俺の落ち度とはいえきっついわ。
『ウェル』
エルシーの、俺を諭すようなときの優しい声。
「はい」
『わたしも気づかなかったのがいけないけど。その。諦めなさいね』
「う、うん。いらぬ心配かけてすみません……」
次回は王国サイドの話になります。