第二十話 勇者の正体と、ゆったりとした夜。
グレインさんの店の裏には、鍛冶に使う素材の倉庫があって。
その前に空き地があって、そこに試し切りに使える木杭を立ててもらってある。
昨日のうちに用意してもらったんだ。
目で見て効果の違いを感じてもらった方が、やる気がでるかなと思ってね。
「ライラットさん。例の話はまだ?」
「はい。ウェル族長から話された方がいいかと思いまして」
「そっか。なら、この剣を持って、力いっぱいこの杭を斬ってくれるかな?」
「はい。……っ!」
剣技もなんもあったもんじゃないけど。
振り下ろすように。
ガンッ
木杭の半分もいかないあたりで、止まっちゃってる。
「──うぁ……。いててて」
「……ぷぷぷ」
ライラットさんが失敗したのを見て、ジョーランさんが笑いを堪えてるし。
この二人、家同士の関係もあって、仲がいいんだね。
あー。
痺れちゃったわけだ。
冷や汗かいてるね。
うん。
わかってた。
皆も痛そうな表情してるな。
薪を作るときみたいに縦に割るわけじゃないから。
繊維に反して斬りつけたんだもんね。
「はい。まじめにやってるんだから笑わない」
「……すみません」
うん。
素直だね、ジョーランさん。
ライラットさんが『やーい怒られた』みたいな表情をしてるし……。
「そこもからかわない」
「はいっ」
二人が怒られてるのを見て、何やら皆笑顔になってるし。
「はい。ありがとうね」
俺は木杭に食い込んでる剣を抜いた。
「うん。さすがグレインさんが鍛えただけあるね。刃こぼれひとつしてない」
俺は木杭の頭から少しだけ下の部分を。
剣を右手に持って、軽く振り抜く。
あー。
こうして見ると。
俺ってやっぱり化け物だわ。
カッ
そんな音がしたかと思ったら、薄くスライスされてるし。
隣の建物の壁に木切れが当たって、落ちてるのが見えるね。
輪切り、だなー。
「……今、何を?」
「うん。ライラットさんがやったように、してみただけだよ。俺はほら、こんなだからさ。よし、次にいってみようか」
俺はもう一本の剣。
グレインさんが打った、魔剣を持ってくる。
「よく見て。これは今朝がたグレインさんが打ってくれた剣だよ。この剣はこの通り」
俺は刃先に指を這わせる。
「ライラットさんもやってみて」
「はい……。あ、なんだこれ? 全く切れません」
『おぉ』っと、どよめきが起きる。
それはそうだろう。
刃物を触っても切れない。
それはあり得ないことなんだから。
「この剣は俺がいた国にあった『聖剣』を模して作ってもらったものなんだ。この通り、このままでは怪我もしない。俺が持ってる剣も同じだよ。うちのデリラちゃんが触っても怪我をしないんだよ。……じゃ、ライラットさん。さっき教えた通り、やってみて。それで力いっぱい木杭を斬ってみて」
俺は刃先を持って、柄の部分をライラットさんに向けて渡す。
ライラットさんは仰々しく両手で受け取ると、教えた通りにマナを流していく。
「皆、よく見て。この刃先。徐々に鋭くなっていくでしょう?」
丸まっていた刃先がまるで髪の毛程の薄さのように見えてくる。
「よし。斬って」
「はいっ!」
カッ
うん。
いい音がしたね。
ライラットさんはさっきみたいに、右上から両手で振り下ろした。
「……手ごたえがありませんでした」
斜めに木杭がばっさりと切れているのを見て、ぼそっと呟いてる。
「疲れは?」
「ありません」
うん。
成功だね。
「この通り、彼は俺のいた国。人間の国の『勇者』と同等のことをやってのけたわけなんだ。まだ剣術を教えた訳じゃないから難しいかもしれないけど。これなら、魔獣を倒せるんだよ」
皆、声にならない驚きを感じてるみたいだ。
うん。
やって見せるのが一番だからね。
集まってくれた若人衆の皆。
ライラットさんを始め、ジョーランさんも適正があった。
それどころか、筋力を上昇させるのが苦手な人もいた。
人それぞれ違うマナの利用方法があるようで、中には敏捷性を上昇させることができる人もいるようだった。
魔剣をライラットさんやジョーランさんは筋力は強いけど魔剣を扱うのはやや大雑把。
筋力が弱くても、魔剣を繊細に扱える人もいる。
『鍛えようによっては、面白い子もいるみたいね』
エルシーの声を聞いた皆は、一同に驚いたが。
俺の存在自体がこの集落にとって異質なものだったから、思ったよりも容易くエルシーを受け入れてくれたようだ。
エルシーは生前、様々な武器を扱うことに長けている騎士だったらしい。
必死の鍛錬の成果により、魔剣も魔槍も扱える珍しい勇者だったそうなんだ。
俺が皆に魔剣を扱う鍛錬方法を教えているとき、エルシーはグレインさんに何やら注文をしてたらしい。
その結果。
魔剣と魔槍だけでなく、短剣や斧、その他鬼人族に伝わる珍しい武器も作ることになったんだ。
「ウェル族長。エルシー殿。数日時間をくれるか? いいものを創るからさ」
『えぇ。期待してるわ』
「頼んだよ」
こうして、グレインさんは武器屋の工房に籠ることになった。
武器ができ上がる間、俺とエルシーはその人の適正に合わせて普通の武器で動作を教え、足運びを教えていく。
まずは簡単な足運びを教えておいた。
「じゃ、各自、仕事の合間にでも反復練習するように」
『はいっ』
▼▼
「ぱーぱ」
「ん?」
食事が終わって、風呂に入ってさぁ寝るかというとき。
「あのね、デリラちゃんね。きょうは、おばあちゃんとねるのー」
「そうよね。エルシー様とお話するんだものね」
「うんーっ」
『そうね。沢山お話ししましょうね』
「うんっ」
エルシーが、イライザさんが。
ナタリアの機嫌が悪いことを知っていて、気を回してくれたのかもしれない。
感謝します。
エルシー、お義母さん。
ありがとう、感謝します。
あ、ナタリアさん。
ナタリア。
ナタリアさん。
こっちのがしっくりくるんだ。
もう、ナタリアさんでいいよね。
もしかしたら、お義母さんに相談したのかな?
頬真っ赤ですよ。
そして、ぽつんと残された俺とナタリアさん。
「あーその。ナタリアさん」
「は、はいっ」
「部屋で飲みません?」
「はいっ。お付き合いしますっ」
可愛いんだよね。
拗ねたり、喜んだりしてくれるナタリアさんって。
今朝、凄く機嫌悪そうだったのに、今なんて浮き上がりそうなくらいに足取りが軽そうだし。
「んじゃ、俺。部屋の暖炉つけ──」
「もう点けてありますっ」
いつもの果実酒とグラスが二つ。
あ、小脇にもう一本抱えてる。
夕食後だから、おつまみもそんなにいらないだろうし。
確か部屋には乾きものがあったはずだよな。
部屋に入ると、もう暖かくなってるわ。
うん。
絶対用意してたね。
暖炉の前にある敷布の上に座ると、ナタリアさんも俺の左にちょこんと座った。
俺はグラスに二人分の酒を注ぐと、ナタリアさんに片方を渡した。
「ナタリアさん」
「はい、あなた」
俺が気に入って隠してある、このお酒の元になった果物の乾物。
これがまた、お酒に合うのよ。
グラスに注いだ果実酒を持って、軽く『チンッ』と鳴らす。
俺の肩に頭を乗せて、暖かい暖炉の火を肴に美味しいお酒。
「うん。幸せだな。俺」
「はい。あたしもです」
ナタリアさんと夫婦になってから。
こうして二人っきりでゆっくりと過ごすのは、もしかしたら初めてかもしれないね。
明日以降は書きあがったら更新になります。