第十九話 ウェルとエルシーの仮説。
「ぱーぱ。いってらっしゃい」
「うん、いってきます」
「あなた、いってらっしゃい……」
今朝のナタリアさん。
ちょっとだけ機嫌が悪い。
恨めしそうに俺の事見てるし……。
「うん。いってくる」
誰が悪いわけでもないんだけど。
昨日の晩、デリラちゃんが泣き出しちゃって。
おあずけになっちゃったんだよね。
何か策を考えないと、駄目かもなぁ……。
集落の中央通りを通ると、皆笑顔で俺に挨拶してくれる。
俺は手をあげて応えながら武器屋の扉を潜った。
「グレインさん、どう?」
「おう。ウェル族長、早いな。出来てるよ。見てみるかい?」
「うん」
奥に一度引っ込んだ親父さんが持って出てきたもの。
綺麗な大ぶりの鞘に入った剣を引き抜いて見せてくれる。
それは間違いなく聖剣エルスリングを模した剣だった。
「どう思う?」
『えぇ。そっくりね。いい出来だと思うわ』
エルシーも手放しに褒めてる。
刃先が魔石の色で、徐々に鉄の色に変わっている。
相変わらず刃は鋭くない。
指先で触ったとしても切れることはないだろう。
グレインさんはエルシーに褒められたもんだから、後ろ頭を掻いて照れてるし。
「だね。俺の記憶にある物そっくりだと思う。ちょっと握ってみていい?」
「おう。試してみてくれ」
俺はグレインさんから剣を受け取ると、両手で握る。
いつもの通り、腹のあたりに感じるマナを、両手の指の先まで循環させる。
これはエルシーから教わった聖剣を扱う方法の第一歩だった。
薄く、硬く、しなやかに、折れないように念じる。
「おぉ、凄いな。本当に刃が薄くなるんだな……」
「……うん。あの国の魔剣にそっくりな感触。いや、それ以上かも。これ、斬れるよ」
『えぇ。見た目はそっくりでも。疲弊した魔剣に比べたら、全くの別物ね』
「ありがとう。鍛冶屋冥利に尽きるよ」
あ、また後ろ頭掻いてる。
グレインさんの癖なんだろうね。
「うん。確かにグレインさんの腕は凄いわ。エルシー、これ。あの魔剣と比べて、マナの減り方どう思う? 俺は少ないような感じがするんだけど」
『ウェル、馬鹿言っちゃいけないわ。あなたの尺度で考えちゃ駄目。人間だったら、一日持たないかもしれないのよ?』
「そっか……。あ、そうだ。グレインさん。これから仕事ある?」
「そうだな。槍の方にとりかかろうと思ってたんだが」
実験台頼もうと思ったんだけど。
あ、ライラットさんでいいか。
「そっかぁ、あっ、ライラットさんいる?」
「おう。ライ、族長が呼んでるぞ!」
奥から慌てて出てくるライラットさん。
「──ウェル族長っ。おはようございます。まだ時間早いかと思って……」
「いいんだよ。俺が早く来過ぎただけだからさ。……それよりちょっと実験台に、いや、試しにこれを握ってみてくれるかな?」
「……今、実験台って言いませんでした?」
口が滑ったけど、俺はすっとぼけることにした。
「気のせいだよ、ねぇ」
「そうだな」
『えぇ。男はそんな細かいこと気にしちゃ駄目よ』
グレインさんもエルシーもノリノリだな。
けどさ、これで俺とエルシーの立てた仮説が証明されるんだよ。
悪いけど、ライラットさんには泣いてもらおうね。
「こう、でいいんですか?」
「うん。そのまま。最初は目を閉じて。下っ腹。へその下あたりからマナを感じて。それをゆっくり胸。肩。二の腕。肘。手首。まで引っ張り上げるようにしてみて」
この方法で俺はエルシーに魔剣の使い方を教わったんだよな。
「はいっ」
「手首まで来たら、両手の五本の指先まで循環させる感じ。それであとは念じる。薄く、硬く、折れず、曲がらず、しなやかになるように。慣れるまでは口に出してやるといいよ」
「はい。薄く……、硬く……、折れず、曲がらず、しなやかに……」
お、刃が薄くなってきた。
「お」
「うん」
『あら』
ライラットさんの表情は、それ程辛そうには見えないね。
普段から、マナの使い方に慣れてるんだろう。
おし。
これで仮説は正しいことがわかったよ。
「エルシー」
『えぇ。間違いないわね』
「ライラットさん、気分が悪くない?」
「大丈夫です。昨日の大岩を持ち上げる時よりは楽ですね」
「うん。マナを止めていいよ。俺たちの仮説が正しいこともわかったから」
そこでグレインさんが俺を見て興味津々な表情をしてるし。
「それってどういうことなんだい?」
「俺が来る前から、勇者の話は聞いてるでしょう?」
「あぁ。聖剣を聖槍を操る英雄だって聞いてるが」
「あれはこれと同じ。魔石と鉄を材料に『魔族が打った剣』だったんだ」
『そう。勇者の選別、だなんて言ってたけど。あれはマナを扱う適正と、マナの総量が必要なだけだったという訳なのね。わたしとウェルはね、この集落に来てからそういう仮説を立ててたのよ』
「……ということは、まさか」
グレインさんは気づいたみたいだ。
ライラットさんは『?』という表情してるけどね。
「うん。剣術と槍術を磨く必要はあるけど、これがあれば。鬼人族でも魔獣を倒せる」
「──そうか。そうなのかぁ!」
グレインさんは俺の手を握って、ブンブンと振りながら。
目に涙を溜めて、すっごく喜んでくれてる。
「人間の国で『聖剣』『聖槍』と呼んでるものは、魔族が魔獣を倒すために打った剣と槍だったんだ。剣術は俺が、槍術はエルシーが教える。言ったでしょう? 鬼人族を強くするって」
「あぁ。凄いぞ。悲願が、いつかは魔獣に怯えない生活をという願いが……」
苦労したんだよね。
知ってるよ。
ナタリアから、イライザさんから聞いてるからさ。
「……族長さん、それって、本当ですか?」
握った剣をじっと見て、ライラットさんが複雑な表情をしてる。
それはそうだろう。
俺が来たあの日。
ナタリアとデリラちゃんを逃がすように伝えに来た本人だからさ。
自分たちの手に負えない魔獣が、倒せるかもしれない。
それは鬼人族にとっても悲願だったんだろうさ。
▼▼
一度昼を食べに戻って、デリラちゃんとじゃれあって。
ナタリアさんにジト目をされて出てきた。
約束の時間になったからグレインさんの店に行くと、かなりの人数が集まってくれていた。
昨日、柵の強化作業を手伝ってくれたときに見た人が結構いる。
グレインさんは早速槍の制作に取り掛かっているそうで、工房に籠ってしまったそうだ。
「ウェル族長。この皆が若人衆です」
『族長、こんにちは』
「はい。こんにちは。うん。いい顔つきだね。昨日手伝ってくれた人も結構いるみたいだ。集まってくれてありがとう」
やはり男性だけではなく、若い女性も半数まではいかないが集まってくれているみたいだ。
全員、右のこめかみから覗く角の色は赤い。
未婚女性か、まだ子供がいないんだろうね。
俺は皆をグレインさんの店の裏へ連れて行く。
もちろん前に俺が使ってた普通の剣と、例の魔剣を持っていくよ。
皆に見てもらうのが一番説得力あるからね。