第百七十六話 ナタリアちゃんに伝えてちょうだい。
『ウェル』
はいはい。
どしたの?
エルシー。
『ナタリアちゃんに伝えてちょうだい』
どう?
あ、ちょっと待って。
長くなりそう?
『そうね。おバカなウェルにもわかりやすくするつもりだけど』
そうじゃなくて、うん。
やっぱりちょっと待って。
「ナタリアさんもちょっと待ってて」
「はい?」
俺は工房へ行って、お手製の魔石の珠を持ってきたんだ。
俺とナタリアさんの前に珠を置いて、話しかけてみた。
「お待たせ。これならどう?」
『あーあー、聞こえるかしら? ナタリアちゃん』
「はい。聞こえます」
「最初からこうしておけばよかったんだよ」
こうすればほら、ナタリアさんとも話できるじゃない?
あまり長いのをナタリアさんに伝えるのって、俺も大変だからさ。
もし俺に理解できない説明だったら、伝えるのも難しくなっちゃうし。
これが正解だと思ったんだよ、うんうん。
『あのね、ナタリアちゃん。さっきウェルに伝えてもらった通りにね、鬼人族の初代族長さんとデリラちゃんは、妖精さんを身体に宿しているかもしれない』
「はい」
『もしかしたらね、鬼人族でありながら、妖精種そのものなのかもしれないわ』
「はい。オルティアちゃんのように、身体に妖精さんを宿して居る可能性。または魔族の妖精種である可能性。なるほどそんな考え方をしたなら、精霊さんに近しい存在であればあるほど、遠感知のような不思議が力が使えてもおかしいことはない。そういうことなんでしょうね?」
「んー、……俺にはもうよくわかんないんだけどね。そういうのはさ、父さんと討論してくれたらいいと思うよ」
「はい、そうさせていただきますね」
『ウェルには難しすぎたかもしれないわね』
「はいはい。おバカでごめんなさい」
「あなたったら……」
▼
翌朝、デリラちゃんがやらかしたみたい。
やらかしたと言っても、おねしょとかそんなもんじゃない。
まだそっちのが可愛いと思うくらいの、予想どおりのやつだったんだ。
デリラちゃんが朝食に来ないから、ナタリアさんが呼びに行ったとき。
火起こしの魔法を勝手に使って、指先に火を灯していたらしいんだ。
それも
『ひーちゃんの力を借りないで、デリラちゃんにもできたの』
と喜んでいたのをナタリアさんは聞いてしまった。
「デーリーラ」
「はいっ。ごめんなさいなの」
ぺたんと背筋を正して座って。
ナタリアさんの目をしっかり見ながら謝るデリラちゃん。
引火や火傷にならずに済んだのは、本当に幸いだったのかもだね。
そうなる前に、ひーちゃんがなんとかするんだろうけど。
するんだろうけど、どうなんだろう?
俺はちょっとだけ閃いたことをやってみる。
手のひらにマナをたっぷり用意して、
「ひーちゃん、聞こえてるなら返事はいらない。あのね、デリラちゃんが火で悪さをした場合ね、大事になる前に消してあげてほしいんだ。約束守ってくれるなら、これ食べていいから」
すると、俺の手をぽんぽんと叩く誰かの反応があった。
「あ、ひーちゃんが、わかったよ。って言ってるの。だから食べていいの? って聞いてるのよ? パパ」
「あぁいいよ。約束破ったらもう、食べさせないからね?」
「震えてるの。嫌だから絶対に守るって言ってるのよ」
「それならいいか」
『ウェル。考えたわね。火の精霊さんに火傷を防がせるだなんて』
うん。これが一番いい方法だと思ったんだ。
どうせデリラちゃんことだから、またやっちゃうのは間違いないんだよ。
だって、俺の娘だよ?
やんちゃなのは間違いないでしょ?
『そうね。そういうところは本当にそっくりだわ』
だからこれでわかると思うんだ。
どうすればナタリアさんに怒られないでこっそり遊べるか?
だから俺は、親なりに手ほどきしてあげたんだよね。
『ウェルったら。でもそういうところ、ナタリアちゃんには足りないところかもしれないわ。これまで余裕がなかったし、この子ったら真面目だからね』
「パパ」
「どうしたの?」
「ひーちゃんが、おかわりって」
「あー、まぁいっか。んー、……はい。どうぞ」
「あなた、せいちゃんまで変なことを言い始めるのよ」
「どんな?」
「『デリラちゃんが怪我をしたら、ナタリアちゃんに教えるから、マナをちょうだい』だって」
「あぁ、いいよ。うん。お願いね、せいちゃん」
俺は右手も左手も、両方、マナで満たした。くすぐったいけど、目に見えないけど、本当に精霊さんがいるんだって実感するんだよね。
▼
朝食の後、仕方ないからオルティアとデリラちゃん並んで火起こしの魔法の鍛錬をすることになったんだ。
なんせ、放っておいたら勝手に練習始めちゃうデリラちゃんを放っておけないし。
オルティアの励みになればと、そう思ったんだよね。
「――おてて」
「――おてテ」
デリラちゃんは十回に一度は成功するようになった。
オルティアは、成功するにはするんだけど、持続性が皆無。
いつつ数える間に消えて仕舞うんだ。
「オルティア」
「はイ?」
「俺からマナを食べるの、遠慮しなくてもいいからね。まずは魔法を成功させることを考えるんだ」
「わかりましタ」
ナタリアさんは、まずはオルティアに手ほどきをする。
「オルティアちゃんはね、一気にマナを出し過ぎなのね。おそらくだけど。もっと指先に集中してね、ゆっくり少しずつ、マナを絞り出すようにしてみてね」
「はイ……」
ナタリアさんはデリラちゃんに手ほどきをしてる。
「デリラ」
「何? ママ」
「デリラはオルティアちゃんとは逆に、怖がってマナを少なくし過ぎなのよきっと」
「あぁ、そういうことか」
「えぇあなた。デリラは、火傷したときのことが怖かったんだと思うの。でも大丈夫。あなたにはひーちゃんがいるの。だからもう少し多く、マナを指先に通してみなさい」
「はいなの……」
すると、一瞬爆発しそうな『ヒュボッ』という音が聞こえたかと思うと、
「あ、ひーちゃん、ごめんなさいなのね」
ひーちゃんが爆発をおさえてくれたみたいだった。
「大きク、太ク、もっとマナを多ク」
少しだけ炎が太くなり、明るく灯ったかと思った。
オルティアの黒い手から確かにその瞬間、多めにマナを持っていかれた感はあった。
それでも俺は、気分が悪くなるということはなく、『こんなものか?』と思った。
せいぜい、大きめの魔石の珠にマナを補充したようなものでしかなかった。
俺のマナの総量が、秤にかけられたらわかるんだろうけど、それほど影響がないくらいしかオルティアは食べていない。
「あのなオルティア」
「はイ」
「これは食事じゃないんだから、それこそ加減する必要はないんだよ?」
「はイ」
すると、小さく太い火が灯った。
比較的長く、力強く。
その間、ぞわっとする感じでマナがなくなっていくのがわかる。
今日はここまでにしてもらった。
俺の調子が悪いということにしておいた。
もちろん、デリラちゃんたちには心配いらないからと言ってある。