第百七十五話 そうなるとだよ?
「そうなるとだよ?」
俺はある疑問にたどり着いたんだよ。
だからさ、ナタリアさんと、頭を通してエルシーにも聞こえるようにしてさ。
『そうね。わたしもそれは思うわ』
だから何も言ってないってば。
もしかして予知って言うんだっけ?
こういうのは。
前にナタリアさんに教えてもらったことがあるんだよ。
『違うわ。これまでの流れからわかるわよ。おバカなあなたと一緒にしないでちょうだい。あ、そうそうそれってね、デリラちゃんの遠感知のことでしょう?』
うん。
それなんだけどね。
もし、オルティアのあの予知にも等しい振る舞いがさ、彼女のこの黒い手の子がしたとするよ?
それならデリラちゃんもまた、それに近い状態で生まれたんじゃないかってこと。
『えぇ。精霊を宿して生まれたのか、それとも生まれてから精霊が宿っていたかよね? どちらか確認することはできないかもしれないけれど、ないとも言えないと思うわ』
うん。
俺じゃわけわかんなくなってきたから、ナタリアさんにぶん投げることにするよ。
『いい判断だと思うわ。ナタリアちゃんとクリスエイルさんに、そういうのは任せるのが正解よ』
そうだね。
俺もそう思う。
「あのさ。今ちょっと話し合ってさ、あくまでも俺とエルシーが思っただけのことなんだけど」
「あ、ちょっと待ってくださいあなた」
「ん? あ、黒い手がない」
気がついたら、オルティアが寝てる。
デリラちゃんも隣でうつらうつらしてる。
今にも寝ちゃいそうだわ。
そりゃあれだけ集中して火起こしの魔法、練習してたんだ。
疲れてしまっても仕方ないでしょ。
ナタリアさんは二人の傍に行って、オルティアのお腹に手をあてて、治癒の魔法をかけてあげている。
そのあと、上掛けをかけて。
続けてデリラちゃんを抱き上げた。
この部屋は客間だから、ベッドが二つあるんだ。
だからデリラちゃんを隣りに寝かせることにした。
「あなた」
「ん?」
並んで眠る、オルティアとデリラちゃん。
見た目は全然違うけど、なんとなく姉妹みたいな感じもするよね。
「オルティアちゃん。火起こしの魔法はなんとか使えたみたいですが」
「うん」
俺も見てたからそれはわかるよ、うん。
「何度も発動させることはできていましたが、火は大きくなっていないように思えるんです」
「そうなのかな?」
「はい。あなたはどう感じましたか?」
そこまで注目してなかったかな?
俺とか父さんは火起こしの魔法ができないから、すごいなとしか思ってなかったかも。
「どうって、……あぁそっか。火起こしの魔法が発動したとき、俺のマナをごっそり食べられててた感じがあるんだよ」
「はい。そのことです」
「んー、俺もそんなに感覚的に鋭いほうじゃないから、食べられたマナの量まではわかんないんだ。いくら食べられてもさ、ぜんぜん苦しくならないし」
「あなたのそれは相変わらずですね……」
「はいはい。『お化け』ですよ」
「いえそのそういう意味で言ったわけではありません」
拗ねちゃったデリラちゃんをなだめるときのナタリアさんの表情そっくり。
わかるってば、それくらいはさ。
でも気にしてくれるのは、ありがとう。
「いいんだって。慣れたからさ。それでどう思う?」
「そうですね。火起こしの魔法を使う度に、あなたから沢山マナを食べないといけないほど消費するということはですね」
「うん」
「あたしかあなたのように、マナを多くわけてあげられる人がついていないと、魔法を練習させることも危ういと思えるんですね」
「そうなんだよなぁ……、あ」
「どうしましたか?」
これ、それとなく聞いておいたほうがいいよね?
『言い方を考えてからよ。わかっているわね?』
わかってます。
俺はナタリアさんの手をとって、オルティアのお腹にそっと添えさせたんだ。
「この状況。あとどれくらいかかりそうなの?」
「この状況、……あ、そういうことですね。あたしたちと同じだとするなら、あと六日、少なくとも五日はかかるかと思います」
「そうなんだ?」
「はい。おおよそ短いと二十日、多くは三十日、人によっては四十日。種族によっても違うかもしれません。それでも一定周期でこの痛みは訪れるんです」
「んー、その度にこうして寝込む可能性があるわけか」
「それを避けるために、あたしたち鬼人族には治癒の魔法があったわけなのですが……」
「そうだよね。会得するためには、練習が必要。それもかなりのマナが必要か」
「そうなんです。あくまでも予想でしかありませんが」
ナタリアさんのマナは、俺ほどではないとはいえかなり多いらしい。
エルシーに毎晩、せいちゃんにも毎晩、それでもって毎日治癒の魔法で奉仕活動。
そこまでやってなんとか使い切ってよく眠れるようになったっていうし。
『そうね。わたしが見た限りだけど、そんな感じ。オルティアの練習に付き合えるほどの余裕は、ナタリアちゃんにあるとは思えないわ』
うん、まぁ、俺は別にどこへ行くわけでもないから。
オルティアが練習したいっていうなら、それに付き合ってもいいと思うんだ。
「ナタリアさんの場合さ、どうやって乗り切ってるの?」
「そうですね。日に何度も痛い、と思うときが訪れます。その際に治癒の魔法を使う感じでしょうか」
「何度も、……男にはわからないんだよね。ごめんなさい。それでその痛みが和らぐんだ?」
「いえ、あなたが悪いわけではありませんよ。ほんの少しでも痛みを和らげる、それが鍛錬の代わりになりましたね」
なるほど、そうやって鬼人族の女性は治癒の魔法を使えるようになるってことか。
母さんもあれだけ早く会得できたのって、痛かったんだろうな……。
よくわかんないけど。
「あーでも、話に聞いたんだけど」
「はい」
「治癒の魔法不得意な人もいるって」
「そうですね。それでも最低限、痛みを緩和させたり、擦り傷、切り傷の程度であれば、使えるのですよ」
「なるほどね。子供が転んでその治癒くらいはできる。子供に教えることもできるって感じなのか」
「えぇ。そうして伝えてきたのが鬼人族なんです」
そっか。
鬼人族にとって治癒の魔法って、それだけ身近なものだったんだね。
「ところでついさっき、あなたが言いかけていたことは何だったのですか?」
「あぁそうだった。あのさ」
「はい」
「鬼人族の最初の族長さんと、デリラちゃんなんだけど」
「はい」
「遠感知を持ってる人はさ、もしかしたら、オルティアと同じ状態で生まれたか、育ったかしたんじゃないかって。俺もエルシーも思ったんだよ」
俺はさっきエルシーと話した内容。
デリラちゃんの中にも精霊さんがいるんじゃないか?
ってことを、俺なりにわかるやすくナタリアさんに説明したんだ。
「え?」
「んー、ナタリアさんやデリラちゃんみたいに、精霊さんに好かれる人もいれば、そうでない人もいる。鬼人族は魔族の人種、でいいのかな? それでもさ、魔族の妖精種に近い人がいてもおかしくはないでしょ?」
「……ということは、あたしは妖精種に近いかもしれない。そういうことでしょうか?」
「俺はよくわからないけどさ。マナの量がさ、他の誰とも比べられないくらいに多いのが、それなのかな? って」
「なるほどなるほど……。デリラもあの事件を起こしてしまうほど、眠れないくらいにマナが多くなってきているわけですね。あたしもデリラも、妖精種に近いかもしれない。その上、デリラの身体には、妖精さんが宿っているかもしれない」
小声で話ししてるけど、オルティアもデリラちゃんも起きる感じがないね。
そういやフレアーネさんも言ってたっけ。
寝たらなかなか起きないって。
おそらくマナを回復する癖がついてるのかもしれないね。
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