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百七十三話 デリラちゃんのところの。その7

 オルティアは一度覚えた火起こしの魔法を、何度も何度も繰り返し試してみてる。

 その方法を覚えるように、食い入るようにして見てるデリラちゃん。

 ほんの少しだけ離れたところに座ってる俺と、隣りに座って二人を温かく見守ってるナタリアさん。


 オルティアの靄のような黒い手は、長く伸びて俺の手を握ってる。

 火起こしの魔法が成功する度に、俺の手からオルティアの黒い手がマナを食べ続けてるわけね。

 案外この火起こしの魔法って、オルティアにとってマナの消費が大きいのかもしれないんだわ。


 んでも、鍛冶屋の女将のマレンさん。

 彼女は炉の火を毎日起こしてるっていうから、そうでもないかもなんだよな……。

 もしかしたら、人によって違ったりするものなのか?


 背の低いはずなデリラちゃんが、オルティアの後ろから抱えるようにして彼女が座るのを手助けしている。

 そんなデリラちゃんを逆に心配してるのか、デリラちゃんの手にオルティアの首から伸びてる黒い靄の手が撫でるようにしてるんだ。


「オルティアお姉ちゃんだいじょぶよ。デリラちゃん強力使ってるからね」

「あ、そうなのですネ」

「だからね。手元に集中するの。せっかくうまくいってるんだから、もったいないのよ」

「……わかりましタ。ありがとうございまス、姫様」


 デリラちゃんが後ろから支えて、オルティアは右腕で俺の手を握ったまま、ナタリアさんに言われたように、再度やってみることにしたんだろう。


 さっきは、彼女の指先に火が灯ったわけじゃないんだ。

 実際は、火が起きたように明るくなっただけ。


 その瞬間、俺からマナをごっそりと食べていたから、そんな現象を起こすだけでも、相当なマナを消費するんだろう。


 ということは、だ。

 強力の魔法は、オルティアでも普通に使えている。

 あれはほら、身体の内でマナを使うもの。

 でもこの火起こしの魔法は、身体の外でマナを使うもの。


「若様、大丈夫なのですカ?」


 きっとオルティアは俺からごっそりマナを食べた自覚があるんだろうね。


「大丈夫。俺はエルシーがいうように『おばけ』みたいだから。あれっぽっち、それこそ一割にも、そのまた一割にも、……一分だっけか? それにすら届いていないと思うんだ」

「パパ」

「ん?」

「やっぱり『おばけ』なのね。ひーちゃんも言ってるのよ」

「え? ひーちゃんも俺のことを?」

「うんっ、そうなのよ」

「それはそれで、なんというか。まぁ、大精霊だっていうエルシーが言うんだから、間違いないんだろうけどさー。いいんだいいんだ。俺はみんなの役に立ってるなら、『おばけ』でもいいんだよ。ね? ナタリアさん」

「あたしはその。それほど気にはしていませんので」

「うん。ありがとう」


 繰り返し繰り返し、オルティアは火起こしの魔法が動いた感じを忘れないようになのかな。

 指先をじっとみて、何度も何度も火起こしの魔法を使ってるんだ。

 その度に俺からごっそりマナがなくなる感じがあるからね。


 でも具合が悪くなったりしないんだよ。

 そうなったのっていつ以来だっけ?

 確か、エルシーがあの姿になった日だったと思う。

 かれこれ一年くらい前なのか、……ってことは俺、まだ成長してるのかよ。


『それはウェルだからよ』


 うん、言いたいことはわかったよ、エルシー。

 王城に戻ってきてるんだから、エルシーからそう言われるんじゃないかなって覚悟はしてた。


『なるべく突っ込まないようにしているんですけどね』


 ありがとう、エルシー。


「あなた」


 俺の隣で一緒にオルティアとデリラちゃんを見守ってるナタリアさん。

 どうしたのかな?


「ん?」


 ナタリアさんを振り向くと、何やら困った表情(かお)してるんだ。


「あのですね」

「うん」

「せいちゃんがですね、変なことを言うんです」

「変なこと?」


 そうだった。

 ここには俺とオルティアの他に、ナタリアさんとせいちゃん、デリラちゃんとひーちゃんがいるんだった。

 彼女たち精霊さんもナタリアさんたちと一緒に、オルティアを見守ってくれているんだろうね。


「はいあのですね、……あたしも信じられないのですが」

「うん」

「オルティアちゃんのあの手がですね」

「うん。器用だよね」


 オルティアの首から流れているあの霧みたいなものからできてるだろう、黒い手のことだね。

 食器なんかを持ち上げることができるし、彼女自身の手と同様に使ってる。

 最初は驚く人もいたけどさ、オルティアが魔族でそういう種族だからと皆すぐに納得する。

 最近では王城内では、誰も気にしてないみたいだ。


 基本的にオルティアは外を歩くことはないみたいだから、王都の皆さん、領都の皆さんも見ることはないんだろうけどね。

 領都にいる人族の皆さんは、魔族に対しておおらか。

 自分たちと同様、普通に接してくれるから助かってはいるんだよね。


「せいちゃんが言うにはですね」

「うん」

「驚かないでくださいね?」

「う、うん」


 珍しいな。

 こんなこと言うナタリアさんって。


「オルティアちゃんのあの黒い手がですね」

「うん」

「精霊さんだと言うんです」

「は?」


 オルティアのあの黒い手が精霊さん?


『あー、そういうことなのね。そんな気はしてたのよ』


 え?


「どういうこと?」

「なになにどしたのパパ?」


 デリラちゃんが、オルティアの背中からこちらを覗いてる。

 いや俺だってデリラちゃんに説明できるほど、状況を理解していないんだから。


「ちょっと待ってデリラちゃん。整理がついたら説明するから」

「うんっ、わかったの」


 デリラちゃんは年齢以上にめちゃめちゃ賢い。

 だからこんなふわっとしたこと言っても、理解してくれるんだ。


「オルティアお姉ちゃん、無理は駄目よ」

「はい、姫、様」


 オルティアが集中して火起こしの魔法を練習してるから、デリラちゃんも彼女を応援するのに戻ったみたいだ。


「それで、ひーちゃんは何て言ってるの?」

「それだけなんです」

「え?」

「オルティアちゃんの黒い手は、精霊さんじゃないかな、と」


 エルシー、どこにいるの?


『マリサちゃんの部屋にいるわ。ここにフレアーネちゃんもいるから、ちゃんと説明できるようになったら二人にも話すつもりよ』


 そう、ならいいんだ。


『ちゃんと聞いているから、安心なさいね?』


 うん、ありがとう。


「それだけ?」

「えぇ」

「ひーちゃん、何の精霊さんかわかる?」

「ひーちゃんも、初めて見るので、精霊さんかもしれないとしかわからない。だそうです」

「なるほどね。精霊さん同士でもわからないことがあるってことか」


 精霊さんが精霊かも知れないって言うんだから。

 きっとこの黒い手は、精霊さんなのかもしれないんだ。


 でも世の中にはさ、予想もできないことってあるんだな。

 まぁ、マルテさんと一緒にいる水の精霊さんを知らなければ、せいちゃんもひーちゃんも存在を感じられなかったんだ。


 確かにこうして、黒い手が精霊さんだとしてだよ?

 俺の手に触れているのははっきりとわかるし。

 せいちゃんもひーちゃんも、俺に触ってくれるときは、ちゃんと感じられるんだ。

 エルシーのときとは違うのはきっと、大精霊と精霊の違いとかもあるのかもしれない。


『そうね。わたしも正直、よくわかってないんだもの』


 うん。

 エルシーがわかんないなら、俺にわかるわけないんだよね。


『そうね。深く考えちゃ駄目なことも、この世にはあるの。ウェルの存在も似たようなものだものね』


 それはそうかもだけどさ。


『ウェルみたいな新種の魔族が現れたんだもの。精霊さんも知らない精霊さんがいても、おかしくはないのよ』


 それを言われると、否定できないからやめてちょうだい。



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異世界転移ものです

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勇者召喚に巻き込まれたけれど、勇者じゃなかったアラサーおじさん。暗殺者(アサシン)が見ただけでドン引きするような回復魔法の使い手になっていた。

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