百七十一話 デリラちゃんのところの。その5
デリラちゃんのマナを食べてくれたオルティア。
オルティアに食べてもらって喜んでるデリラちゃん。
デリラちゃんの希望が叶ってよかったと思う。
オルティアがあのとき、デリラちゃんを助けるために考えられる行動。
デリラちゃんのマナを食べ過ぎちゃったことを、悔やんだりしなくてもいいんだろうね。
そんな二人を見てほんわかしたような気持ちになりつつ。
俺は反復するように、忘れないように手のひらにマナを絞り出す練習というか。
鍛錬というか、遊びに似たそんなことをやってみたんだよ。
ナタリアさんがやるようにして、手のひらにマナを乗せられるようになった俺。
なんとなくだけど、マナが目に見えてるような感じがするんだ。
少なくともこうして、手のひらにどっこいしょと絞り出すように思い浮かべる。
ゆらゆらと揺らぐような、色があるようなないような、そんな水面に似たものが見えるようになってきたんだ。
俺の袖口をつんつん引っ張るナタリアさん。
どうしたのかと振り向くと、何やら困った表情をしてる。
「あなた」
「ん? どうしたの?」
「せいちゃんがね、『もったいないから食べていい?』と言うんですけど」
「あ、あぁ。いいよ。オルティアもお腹いっぱいだろうし。これがもったいないかどうか、俺には今一わかんないんだけどさ」
「あ、パパ」
「ん? どしたの? デリラちゃん」
「次ね、ひーちゃんも食べたいって言ってるのよ」
「あー、別に構わないよ。じゃ、こっちの手で、んー、どうだ?」
「あ、ひーちゃん。パパの手のひらに頭突っ込んでるのよ……」
「せいちゃんは、一口ずつ堪能するみたいに食べてますね」
「そうなんだ? 俺には二人とも見えないからなんともなんだけどさ」
なんていうか、確かにくすぐったいというか、そんな感じはするんだよ。
見えないけど、マナの水面、マナ面っていうの?
それが更に揺らいでるように見えるし。
ちょっと減ってたりするから、追加するように絞り出してみたりしてさ。
「あ、パパ」
「ん?」
「ひーちゃん、お腹いっぱいって」
「あれま」
「あなた」
「ん?」
「せいちゃんも、もう食べられないって言ってます」
「そっか。そのあたりはよくわかんないんだよね。せいちゃんもひーちゃんも、どうしてるの?」
「ひーちゃんはね、こっちに戻ってきてるのよ」
「せいちゃんもそうですね。あたしの肩にいます」
「そうなんだ、とりあえず、無駄にならなくてよかったよ。こんなふうにしてもね、マナが足りなくなることもないし、減らさないと寝られないってこともないんだよなぁ……」
「パパはほら」
「えぇ、デリラ」
「うん。二人が言いたいことはわかってる。いつもエルシーに言われてることだろうからさ」
俺はまた、手のひらにマナを絞り出す。
これってさ、手のひらに貯められるということはさ、逆につつくこともできるんじゃないの?
俺は指先でつつくようにしてみたんだ。
すると、触ってる感じはないんだけど、指先でつついたところがたわんでるから、触ってるってことでいいと思うんだよ。
「あなた、また変なことしてませんか?」
「え?」
「せいちゃんがもったいないって言うんです。でも、食べられないからどうしようって」
『みょぉおおおおおん』
「あ」
「あら」
「お」
元気が出てきたのか、オルティアの首元から聞き慣れた音が漏れてきていた。
「あ、その、はい。お腹がいっぱいですので、身体の調子も少しだけ戻ってきましタ……」
それでもいつもの話し方というか、語尾の上がり方が少ないから、完調ではないんだろうけどね。
「普段はその、鳴らないようにおさえていたんですが、その」
「うん、気にしなくていいよ。別に悪いとも思わないし。オルティアらしいからさ」
「ありがとうございます。若様」
それでもさ、身体を起こせない状態なんだろうね。
寝たままこっちを見てるからさ。
「そうだ、もうお腹は痛くないの?」
「いえ、その」
「あなた」
「はい、ごめんなさい」
つい、謝っちゃった。
「えっと、うん。オルティアはさ、強力の魔法が使えるじゃない?」
「はい、そうですネ」
「ナタリアさんは前にさ、治癒の魔法を覚えるための、前の段階って言ってたじゃない?」
「えぇ、そうですね」
「ということはさ、下地はできてるってことでいいのかな?」
ナタリアさんはちょっとこまった表情になるんだよ。
何かあるのかな?
「あのですね、あなた」
「はい」
「いえ。別に叱ったりしませんから」
「あ、そうなんだ。なんか俺また変なことを聞いたのかと思ったからさ」
「鬼人属もそうなのですが」
「うん」
「女の子が必ず覚えられる、使えるようになるとは限らないんです」
「そうなの? 母さんも使えるから、女性なら素質があるのかと思ってたんだけどさ」
「やってみないとわからないんです。それとですね」
「ん?」
「火起こしが先なんです」
「あー、母さんのときもそうだっけ?」
確かに、火おこしの魔法が先だった。
母さんはできるようになってたから、強力の次だと思っちゃったんだよね。
「てことはさ、デリラちゃんは次が治癒の魔法ってこと?」
「いいえ、デリラは火起こしではなくひーちゃんを通して火をつけてしまっただけですから」
「あ、そういうことか」
「ごめんなさい、ママ」
ありゃりゃ。
デリラちゃんも謝っちゃってる。
「いいのよデリラ。別に怒ったわけじゃないんだから」
「そうなの? デリラちゃんが悪いことしたから」
「ほら、おいでデリラちゃん」
久しぶりに、俺の膝の上に乗ってぎゅっと抱きついてくる。
俺はデリラちゃんの頭を優しく撫でるだけ。
「俺はほら、父さんと同じようなことを言いそうになったから先に謝っちゃっただけ。デリラちゃんはもう、反省したんだからいいんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ。ね? ナタリアさん」
「えぇそうよ」
「よかった……」
それでも俺のお腹に顔をうずめてじっとしてる。
最近お姉さんになったからか、こうすることなくなったんだよね。
懐かしいというか、なんというか。
「それならさ、火起こしができたら次はって、こと?」
「そうですね。オルティアちゃん、身体、起こせる?」
「はい。大丈夫、でス」
布団から出てくるオルティア。
まだちょっと力が入らない感じ?
デリラちゃんも手伝ってあげてる。
しっかり座って、首の装具も付け直し。
相変わらず謎が多い種族、デュラハン族だけどさ。
俺たちにとっては家族だから。
何でも最近成長したから、身体が大きくなっただけ装具も作り直してくれたらしい。
さすがは鍛冶師グレインさんのおかみさんで、革装飾職人のマレンさんだよ。
その場で合わせて作り直しちゃったってんだからさ。
女の子だから、それらしい感じに仕上がってるし。
俺には思いもつかないところだよ。
俺なんて、適当に曲げたり細くしたり、組み合わせたりして腕輪を作ってるだけだからね。
デリラちゃんが隣で支えつつ、ナタリアさんもオルティアのお腹に手をあてて、治癒の魔法を使って痛みを和らげてるみたいなんだ。
「ありがとうございます、姫様。ありがとうございます、若奥様」
「だいじょぶよ」
「いいんですよ」
「ありがとうございます、若旦那様」
「うん、いいんだ。オルティアも俺たちの家族なんだからさ。ね、デリラちゃん、ナタリアさん」
「うん、だいじょぶよ」
「そうですね、あなた」
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