第百六十九話 デリラちゃんのところの。その3
エリオットさんに連れられて、オルティアの部屋へ行く途中。
天井のめちゃくちゃ高いホールを抜けて、普通の高さの通路を歩いていたら。
「あれ? パパ」
「どうしたの? デリラちゃん」
「あのね、マリサおばあちゃんがね」
「うん」
「オルティアお姉ちゃんの隣でね」
「うん」
「ちょっと苦しそうにしてるのね」
こんな場所で母さんの様子が手に取るようにわかるんだ?
デリラちゃんの『遠感知』、相変わらずもの凄いな。
「ひーちゃんもね、そう言ってるのね」
「ひーちゃんもか」
デリラちゃんがそう思ったから、火の精霊のひーちゃんに確認してもらったってことか?
「あ、もしかしてナタリアさん」
「どういうことなんです?」
「うん。母さんは多分、頑張りすぎてるのかも」
俺の言ったことが理解できたんだろう。
「エリオットさん、すみません。急いでください」
「か、かしこまりました」
ナタリアさんがエリオットさんにそう言ったんだ。
「え? そうなの? ……あの、すみません、エリオットさん」
「なんでございますか?」
エリオットさん、足止めてこっち見てる。
「急がなくてもいいそうです」
「かしこまりました……」
「どういうこと? ナタリアさん」
「せいちゃんも『大丈夫』だって言ってくれました」
なんとまぁ。
ナタリアさんの聖の精霊、せいちゃんも、ひーちゃんと同じことしてたわけね。
精霊さんって、エルシーと同じで。
この屋敷くらいなら、ちょっと行って戻ってくるのも簡単なんだろうな。
きっとね。
二階に階段で上がったあと、ある部屋の前でエリオットさんが止まってドアをノックしたんだ。
「奥様、皆様をお連れいたしました。よろしいでしょうか?」
『いい、わよー』
ドアの奥から母さんのちょっと苦しそうな声がした。
なるほどね、一応、大丈夫っぽい。
「お母様、ナタリアです。失礼致します」
安全策として、ナタリアさんに先に入ってもらったんだ。
「あなた。大丈夫ですよ」
「うん」
俺も中に入る。
あー、母さん。
椅子に座ったまま、オルティアが寝てるベッドに突っ伏してる。
顔だけなんとかこっちに向けてるし。
「母さん。枯渇したでしょ?」
「ウェルちゃん、あのね、オルティアちゃんが辛そうだったからつい、ね」
「母さん、腕輪も使ったでしょう?」
「……わかってたのね?」
「そりゃそうだって。少しでも長く、痛みをとってあげたかったんでしょ?」
「はい。その通りでございます。心配かけてごめんね。ウェルちゃん、ナタリアちゃん。デリラちゃんも」
「いいえ、お母様」
「大丈夫なのよ、マリサおばあちゃん」
「でもさ、そこまで負けず嫌いじゃなくてもいいでしょうに……」
「いえ、その。はい。ごめんなさいね、ウェルちゃん」
素直に負けを認めた母さん。
椅子に座ることすら、辛いはずなのに。
こっち見て笑ってるんだ。
勇者だった昔からこんな感じ。
自分は後回しなんだよ。
ほんと、優しすぎるよね。
「あなた、お母様を寝かせてくるわ。エリオットさん、お願いします」
「はい、客間がございます。こちらにお願い致します」
軽々と母さんを抱き上げるナタリアさん。
そういや俺もこんな感じにされたっけ?
これで強力が使えないで『真似事』とか言うんだから、ほんとわかんないよね。
「オルティアお姉ちゃん、だいじょうぶ?」
「……姫様。ご心配おかけいたしまス」
あれ?
オルティアの語尾がいつもとちょっと違う感じがする。
いや、元気がないからかもしれないな。
「オルティア」
「はイ、若様」
俺は椅子に座ってるデリラちゃんの隣にしゃがんだんだ。
そのまま右手を前に出したんだよ。
「ほら、いくらでも食べていいから」
「い、よろしいのですカ?」
「それで少しでも楽になるならね」
オルティアの首元からいつもの黒いのが伸びてきて、俺の手を包んだんだ。
「いただきまス」
おぉおおお、何かがごっそり抜き取られるような感触。
これ、懐かしいな。
始めて青の大太刀にマナを注いだときみたいな。
「パパ」
「ん?」
「ひーちゃんがおいしそうって」
「あははは」
それでもオルティアの血色が良くなったような、でも変わんないか。
「どうだ? いくらかでも楽になったか?」
「はイ。少しだけですガ」
オルティアは俺たちに嘘をつかない。
だからいくらかでも楽になってるのは確かなんだろうね。
「あなた」
声に振り向いたらナタリアさんが戻ってきた。
「ママ、マリサおばあちゃん大丈夫?」
「えぇ。治癒の魔法を使いすぎて、動けなくなっただけよ。デリラもわかるでしょう?」
ついこの間、マナが枯渇してデリラちゃんも動けなくなったから。
「うん。あれはとってもつらいのよ……」
「あなた」
「ん?」
「辛くならないのですか?」
「ぜんぜん」
「あなたですからね……」
どういう意味?
ナタリアさんはデリラちゃんの隣に椅子を持ってきて座ったんだ。
そのままオルティアのお腹に手を置いて、目を閉じてる。
「若奥様、そノ、ありがとうございまス」
「いいんですよ。オルティアちゃんは、デリラのお姉ちゃんですものね」
「うんっ。そうだよねっ」
デリラちゃんもそう思ってくれてる。
「ナタリアさん」
「はい、なんですか?」
「この状況ってさ、母さんがどっぷりハマった意味も含めてなんだけど、もしかしてやっぱり?」
「そうですね。一時しのぎにしかなっていません」
「そりゃそうだよね」
ちょっと考えたんだよ。
「あのさオルティア」
「はイ」
「この黒い手、でいいのかな? これ、部屋の外まで伸ばせる?」
「はイ、できますけれド?」
俺だけ男だからさ。
「ナタリアさん、俺このまま外で待ってるから。オルティアから状況聞いてもらえる? 本当にその、『あれ』なのか」
「えぇ。わかりました」
「デリラちゃんは、オルティアについててあげてね?」
「わかったの」
俺はオルティアの黒い手をそのままにして、部屋の外へ出ることにしたんだ。
男の俺がいたらさ、確認しにくいこともあるだろうからね。
外に出たとき驚いた。
「若様、その、色々とありがとうございます」
「いやいや。オルティアは俺たちの家族なんだから当たり前だって」
エリオットさんはこの黒い手を見てそう思ったんだろうね。
確かに今も吸われ続けてる感じはするんだよ。
「大丈夫だって。俺はほら、エルシーが言うような『あれ』だからさ」
「わたくしも分けてあげられたらと、思ったことがございます」
「いや、倒れちゃうから、絶対に」
「そうでございますね」
エリオットさん、苦笑してるし。
「フレアーネさんにさ、伝えてくれる? ナタリアさんがこっち着いたから大丈夫だって」
「はい。かしこまりました」
「あ、それと。父さんにさ母さんを迎えにくるようにって」
「はい。お伝え致します」
あ、瞬きしたら、もういないんだよ。
どんな術を使ってるんだろうね。
「あなた」
ドアが開いてナタリアさんが出てきたんだ。
オルティアの黒い手はそのままね。
「うん。どうだったの?」
「あなたとあたしが思っていたとおりで、間違いありません。それでお願いしたいのですが」
間違いないというのはあれだ。
父さんだったら母さんに怒られるやつ。
オルティアはお姉さんになったってことだよ。
「うん」
「オルティアちゃんを連れて帰りましょう。回復の度合いをみて、あたしが治癒の魔法を教えようと思うんです」
「いいよ。父さんがこっちに母さんを迎えに来たらさ、一緒に戻ろうか?」
「えぇ。そうですね」
ナタリアさんと立ち話をしてると気配を感じたんだよ。
「若様、若奥様」
「うわっ」
「あら?」
俺たちの後ろにエリオットさんがいたんだ。
だから、どんな術を使ったらこんなことができるんだろう?
「旦那様はルオーラ殿に連れられてこちらへ向かっています」
「いやだから、ルオーラさんより早いってどういうことなんだってばさ?」
「それはわたくしたちもそれなりに鍛錬を重ねております故」
鍛錬ってどんななのよ?
「それでさ、このままオルティアを王城に連れて帰るから。それでナタリアさんが魔法を教える予定だって。だから馬車を回してくれるかな?」
「かしこまりました」
「じゃ、ナタリアさん」
「あなた……」
「ん? あぁ、いつものことだから」
エリオットさんもういないんだ。
ナタリアさんも見失ったんだって。
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