第百六十八話 デリラちゃんのところの。その2
そうそう。
マルテさんのところの水の精霊さん、俺には『みずちゃん』って呼んでいいって話があったんだ。
マルテさんから直接じゃなく、デリラちゃんのひーちゃん経由で回ってきたんだ。
きっと『ひーちゃん』、『せいちゃん』って呼ばせてるのがわかったからなんだろうね。
デリラちゃんのところのひーちゃん。
デリラちゃんとお話するときに、魔石の珠にあるマナが減ってしまう原因がはっきりしたんだ。
「ひーちゃんがね、ごめんなさいってしてるのよ」
俺のマナが美味しいからつい、つまみ食いしてしまったらしい。
最近はごはんとしてデリラちゃんのマナを食べてくれるから、デリラちゃんは早く眠れるようになったんだけど。
ごはんと俺のマナは別なんだって、要はデリラちゃんにとって『あまいの』と同じ。
別腹だったらしいんだ。
オルティアは成長期だからか、おまけに遠慮しなくなったからか、毎晩俺のマナをお腹いっぱい食べてる。
その影響なのかわからないけど、彼女の身長がちょっとだけ伸びてるんだ。
それはナタリアさんも気づいたくらいにはっきりとね。
正直、オルティアが遠慮なしにマナを食べたからといって、俺のマナが枯渇するわけじゃない。
「デリラちゃんとひーちゃんがゆっくり話せなくなるのも駄目だからさ」
「うん」
「はい。好きなだけ食べていいから」
俺はもう一つ大きめの魔石の珠をデリラちゃんに手渡した。
「これ、なくなったらまたマナを込めてあげる。だから話すための珠から食べちゃ駄目だからね?」
「うん。ひーちゃんもわかったって言ってるのよ」
実際、ナタリアさんは毎晩、エルシーにマナを分けてあげる上に、せいちゃんに食べさせているんだって。
それでも枯渇しないんだから、ナタリアさんもおば――
『それ、ナタリアちゃんに言っちゃ駄目だからね?』
わかってます。
『それならいいわ』
あと少ししたら、デリラちゃんは七歳になるんだ。
六歳になったときのことを思い出すと、ほんとうにお姉さんになったと思う。
五歳のころのデリラちゃんは人見知りが激しかったけれど、この王城に来てからは少しずつそうでなくなったってナタリアさんも言ってた。
「最近はちゃんとさ、フォリシアちゃんと遊べてる?」
俺の執事、ルオーラさんの家に下宿しながら、デリラちゃんの侍女になるためにフォリシアちゃんは頑張ってるそうだ。
「んー、お休みの日はね、フォリシアちゃんとデリラちゃんは、ずっとお部屋で一緒に寝てるのよ」
十三日に一度の仕事をしてはいけない日、領都と王都では『お休みの日』と呼ばれるようになった日の事ね。
「あれま」
「フォリシアちゃんもね、とても頑張ってるの。だからデリラちゃんも負けていられないから頑張ってるのね」
「うん」
「一緒にいるとね、お話してる間に眠っちゃってるの」
「あぁそういうことなんだ」
▼
翌日、朝食のときにオルティアの姿が見えなかった。
するとオルティアが寝込んでいるとフレアーネさんから聞いたんだ。
けれど彼女は悲しいどころか、とても嬉しそうな表情をしていたんだ。
「あなた、デリラと一緒にお見舞いにいきましょう」
「うん。それはいいんだけど、大丈夫なのかな? でもフレアーネさんのあの表情……」
「大丈夫です。オルティアちゃんはあたしが、治癒の魔法を教えられる大人の女性に近づいたという意味ですから」
「あー、あれだ。父さんが母さんに怒られるやつだ」
「そうですね。お父様はその、少々率直過ぎるきらいがありますので……」
「でも急がなくていいの?」
「お母様がついていてくれていますので」
「そっか。母さんがいたんだ。あっちは父さんの城のすぐそばだっけ?」
確かに母さんがいたなら、痛みは取り除いてあげられるはず。
ナタリアさんが言うには、鬼人族の母親くらいには上達したとのこと。
負けず嫌いで、淡々と鍛錬に打ち込む母さんだから、上達が早かったんだろうね。
昨日の夜、父さんたちと飲んでいたから、エルシーは眠そうにしてた。
『ナタリアちゃんがいたら大丈夫でしょう? わたしはもう少し寝かせてもらうわ』
もちろん父さんも何やら母さんに言われたらしくて、留守番するって言ってたんだよ。
『そういえばね、マリサちゃん怒ってたのよ。ほんと、クリスエイルさんは賢い子なのに迂闊よね』
あー、オルティアの状態か。
父さんまた余計なことを母さんに……。
『そうそう。まだ少年部分があるのよ。あの人はね』
うん。
気をつけます。
『いってらっしゃいな。気を配ってあげるのよ?』
わかりました、それじゃねエルシー。
俺たちが歩いて領都に行こうとしたなら、ちょっとした騒ぎになってしまうから、ルオーラさんに乗せてもらうことになったんだ。
『では、お帰りの際には近くを飛んでいる子たちにお声をかけてください』
最近は、グリフォン族の若手の背中に、ライラットさんたち鬼人族の勇者が乗って巡回してるんだよ。
以前よりも頻繁に、王都だけでなく領都でも見かけるようになったんだ。
だから簡単に連絡を取り合えるとのことらしい。
「うん。ありがとう」
『いえ、では失礼致します』
ルオーラさんってさフォリシアちゃんの面倒もみてるし、領都と王都、王城内部の様子までみているし、とんでもなく仕事をする執事なんだよね。
さすがはあの、エリオットさんの弟子だけはあると思うよ。
「若様、若奥様、姫様、お忙しい中、我が義娘のためにご足労ありがとうございます」
いつの間にいたの、エリオットさん。
確かこっちへ来る前に、王城で見かけたような気がしたんだけど……。
「あーうん。ナタリアさんの提案だから」
「それは若奥様、ご心配おかけいたしました」
「いえその、ねぇ、あなた」
王妃とも、若奥様と呼ばれることに相変わらず慣れていないというか、なんというか照れてるナタリアさん。
その反面、デリラちゃんは姫様と呼ばれるのに慣れているみたいだね。
「エリオットおじちゃんも、お疲れ様なのよ」
そう、こうして本当にお姉さんになったんだ。
前は恥ずかしがって俺の首元に隠れちゃってたからね。
「姫様、もったいなきお言葉……」
「とにかく、オルティアの部屋に案内してくれるかな?」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
ここは領都にある父さんの城の敷地内。
そにある城の、離れともいえる屋敷。
それでも結構な大きさがあるんだけどね。
バラレック商会の建物くらいはあるかな?
正面の入り口は、建物の大きさの割にはそれほど大きくないんだ。
左右二枚の扉があって、それを合わせるとルオーラさんたちがすれ違えるくらいの幅かな?
入り口抜けたところのホールなんだけど、いやここ凄いかも。
めちゃくちゃ天井が高いわ。
うちの三階くらいありそうな感じ?
なんでこんなに高いのかわからないけど。
「ねぇパパ」
デリラちゃんは、俺の手を握ったまま見上げて首を傾げてる。
最近デリラちゃんは、外出するときに俺の肩に乗らなくなったんだ。
でもこうして手を繋いでくれる。
ナタリアさんから聞いた『外で見られるのが恥ずかしいのかもしれませんね』とのこと。
それだけお姉さんになったってことなのかな?
きっとね。
「ん?」
「あとでここで遊んでいいか聞いてもいい?」
「何しようとしてるの?」
「壁、走ってみたいのね」
「あぁ、わかんなくもない」
そういえば王城の壁を、デリラちゃんは強力使って走ってたっけ。
「デリラったら」
「姫様、構いませんよ」
「いいんですか? エリオットさん」
「ここは家内が掃除を楽しむために、天井を高くしてるだけですから……」
「え?」
「え?」
「かえって家内が喜ぶかと思います」
「うん、ありがとうなのね」
こんなに高い壁、どうやって掃除してるんだろう?
王城と領都の城の、両方の清掃管理までやってるってんだから。
相変わらずお化けクラスのフレアーネさんだわ。
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