第百六十七話 デリラちゃんのところの。その1
せいちゃんこと聖の精霊さんとナタリアさんが話せるようになってから暫く経ったある朝。
「あなたあなたあのですね」
「……ん?」
朝早くたたき起こされて、俺はちょっと寝ぼけてたかもしれない。
「どーん」
「ぐはっ」
デリラちゃんが俺のお腹に乗っかってきた。
剣も通さない魔獣並みの身体を持ってるからってほら、前にナタリアさんの料理の手伝いしていて手を切ったことがあったよな?
あれみたいに油断していたら、致命傷になることはないけれど痛い苦しいくらいは普通なんだよ。
デリラちゃんがいくら軽いからって、意表をつかれたらこうなるのは普通なんだ。
「パパパパあのねあのね」
「どうしたんだ? デリラちゃんまで」
「デリラところにいた火の精霊さんがですね」
ナタリアさんもやや興奮気味。
まるでせいちゃんのときみたいだ。
あれ?
もしや?
「しゃべってくれたの-」
デリラちゃんはもの凄い笑顔。
俺が鬼人族の集落に住むことが決まったときと同じくらいに凄い笑顔。
「本当なのか?」
「正確には、魔石の珠を通して、ですけどね」
ナタリアさんの話では少々問題があるらしい。
なんでも、デリラちゃんのところの火の精霊さんは身体が大きいから、マナの消費も大きい。
そのため、片言を話すだけでもかなり魔石の珠からマナが減ってしまうらしい。
ちなみに、デリラちゃんも俺と同じ方法でマナを補充できたりはできはしなかったんだ。
その話をしたあと、デリラちゃんとナタリアさんは見合ったあとにお決まりのこの言葉を言うんだよね。
「パパやっぱり」
「えぇそうね、デリラ」
「わかってるって。それ以上言わないで……」
この部屋には、予備として置いてある魔石の珠が二つあるんだ。
一つはナタリアさんが持って、もう一つはデリラちゃんが持ってる。
デリラちゃんの魔石の珠が、みるみるうちに赤みが減ってるのがわかるんだよ。
「あのねあのね、『ひーちゃんって呼んで』だって」
「こっちはひーちゃんなのか」
なるほど、火の精霊さんだから『ひーちゃん』なのか……。
あれ?
どこかで聞いた覚えがあるような、ないような……。
「うんっ。真の名前はデリラちゃんしか知ってたら駄目なんだって」
「なるほどね。せいちゃんと一緒なんだ」
「ところでさ、ナタリアさん」
「はい、なんでしょう?」
「せいちゃんとひーちゃんは、直接話をすることってあるのかな?」
「そうですね。……念じて話を伝えるそうですから」
「念じて話を伝える?」
「あたしたちの場合はきっと、『念話伝達魔法』がわかりやすい表現かもしれませんね」
「あー、俺とエルシーのときみたいなやつか」
「パパとエルシーちゃんって、声を出さなくてもお話できたの?」
なんとも賢いデリラちゃん。
「そうだよ。最初は知らなくて、俺は声を出してたんだけど、そのうち声を出さなくても話せることがわかったんだよね」
「……あ、ほんとだね。ひーちゃん、デリラちゃんが思ったことを聞いてくれたのよ」
「あら? どれどれ? ……あらほんと。せいちゃんも聞いてくれてるみたいだわ」
なるほどね。
これでなんとなくだけど、エルシーがどんな人だったのかわかってきたような気がする。
「あのねぇ」
え?
何でエルシーが?
すっごく呆れた表情してるんだよ。
「あ、エルシー様おはようございます」
「エルシーちゃんおはようなの」
「おはよう、ナタリアちゃん、デリラちゃん」
「お、おはよう、エルシー」
「わたしにはね、あなたの声は常に筒抜けなんだから」
「そうだった……」
「あたしたちもそうなのかしら? せいちゃん。……エルシー様」
「何かしら?」
「あたしたちの場合、常にではありません」
「デリラちゃんのひーちゃんもなのよ」
「そう、わたしはウェルの側に長く居たからかもしれないわね。きっともっと仲良くなれたなら、わたしみたいになると思うのよね」
「そうなんだ。俺はあまり気にしなかったから」
「それはウェルがおばかだからよ」
「エルシー、デリラちゃんの前でそれはちょっと」
「あのねぇ。わたしやせいちゃん、ひーちゃんから比べたら、あなたたちは同じ子供みたいな年齢なのよ?」
「そりゃそうかもしれないけどさ……」
「パパ、よしよし」
「あなた、それくらいで落ち込まないでくださいな」
「ほら、そういうところがまだ子供なんだっていうのよ」
俺の頭をデリラちゃんが、俺の手をナタリアさんが撫でてくれてる。
「あの、エルシー様」
「どうしたの?」
「せいちゃんの声は感じられますか?」
ナタリアさんもデリラちゃんも魔石の珠を持ってる。
デリラちゃんが持ってるのは、俺が補充し続けてるんだけどね。
「そうねぇ。わたしには二人の姿も声も、何も感じられないのよね……」
「そうなの?」
「えぇ。ごめんなさい――あ、そうだったわ」
「どうしたの? エルシー」
「ここしばらくの間は、今のオルティアちゃんのようにね、ナタリアちゃんから毎晩マナをもらっているじゃない?」
「うん」
「だからずっとこの姿だったのよ。ちょっとウェル、お願いね」
エルシーがぼやっと青白く光った。
そうだった。
俺の手に残ったのは鞘に収められた青い刀身の大太刀。
『あらあらあら』
「どうかした?」
「どうかされましたか?」
「どしうたの?」
ナタリアさんとデリラちゃんは小首を傾げてる。
俺もきっと同じだったと思うよ。
『そうだったのね。うんうん。せいちゃんとひーちゃんはこんな姿だったのね』
「見えるのですか?」
『えぇ。ひーちゃん、大きくて可愛らしいのね。せいちゃんは、小さいけれど白くて綺麗ね。声に出さなくともね、二人の声は感じられるわ』
なるほどね、元々エルシーはこんな感じだった。
「あら、そうなの? せいちゃんがですね、エルシー様はとてもお綺麗ですって」
「うんっ。ひーちゃんもそう言ってるのよ」
『あら嫌だ。そんなに褒めても何も出ないわよ』
「あなたの両肩に手を置いて、優しく見守ってるって、せいちゃんが言ってますよ」
「そう見えるんだ」
「えぇ。精霊さん同志の間でなら、姿を確認し会えるのですね」
『わたしもそれは気づかなかったわ。マルテさんと一緒にいたときもほら、いつもの姿だったんですものね』
マルテさんが精霊さんのことを詳しく教えてくれたことで、改めて意識するようになたた。
それによって、姿形がわからない鈍感な俺でも指先に触れてもらうことで感じることができる。
エルシーも以前は気にしなかった存在として、確認することができている。
エルシーが言うには、このように説いていたナタリアさんや父さんの考え方は正しいのかも知れない、ということだったんだよね。
「あ、あなたごめんなさい」
「どうしたの?」
「せいちゃんが、台所へ急いでって言ってるんです」
「あ」
「あ」
「そういうことなのね」
いつの間にかいつもの姿に戻っていたエルシーも気づいたみたい。
「いってきますね」
「いってらっしゃい」
「ママ、がんばってね」
「ほんとうに、あなたたちは……」
エルシーだけちょっと呆れてたんだよね。
そういえば早朝だったんだ。
まだね。
嬉しそうなナタリアさん。
もっと嬉しそうなフレアーネさん。
なんとなく口角が上がってる、オルティア。
なんと、連戦連敗だったナタリアさん。
今朝は、台所で料理をすることができたんだって。
フレアーネさんたちが通うようになってずっと、料理できていなかったからね。
朝食だから質素だけど、あの集落でご馳走になった朝食そのままが出てきたんだ。
美味しかったよ、デリラちゃんも、父さんも母さん、マルテさんもそう言ってた。
「あ、パパ。デリラちゃんちょっと行ってくるの」
「そっか。今日はこれからマルテさんの」
「そうなのっ」
マルテさんはあれ以来この王城に住んでる。
三日に二日はバラレック商会へ、残りの一日はデリラちゃんに魔法の手ほどき。
デリラちゃんはマルテさんがいないときは、絶対に火の魔法を使わないようになった。
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