第百六十六話 ナタリアさんのところの。その4
デリラちゃんと火の精霊さん用に魔石の珠を三つ作ったんだけど、まだそこまでの段階じゃないっぽいから、ナタリアさんの治療室にこっそり置いたんだ。
これで合計に四つになるね。
それも前より大きいヤツ。
そしたらその晩怒られた。
でもね、翌日から五つ全部、補充するようになったんだ。
何やらこれだけあると、一日飽きるほど話すことができるんだって。
ナタリアさんはさ、族長の娘ということと、たまたま生まれ年の近い女性がいなかったらしくて、同世代の友人も少ないんだ。
イライザさんくらいのかなり年上は沢山いるけれど、どちらかというと年下に慕われる感じだから。
面倒見がいいからね、ナタリアさんは。
聖の精霊さんは治癒の魔法についてとにかく詳しい。
なんでもナタリアさんのマナの量であれば、瀕死になった人だとしても救ってあげられるところまで育っているんだって。
ただ、治癒の魔法も聖の精霊さんも万能じゃない。
死んでしまった人を蘇らせることはできないから、そこだけは勘違いしてはいけない。 そう聖の精霊さんから言われたそうなんだ。
「あなたあなた」
魔石で話すようになってから三日目の夜、寝る前にナタリアさんが嬉しそうに話しかけてくれた。
これって間違いなくお友達に近くなった聖の精霊さんのことだろうね。
「どうしたの、ナタリアさん?」
「あのねあなた」
まるで小さな女の子みたいなナタリアさん。
こう見えても俺は、小さな子供には人気があったから、こうした仕草がどれくらいの年齢の自然なものなのかはある程度理解しているんだ。
そう言う意味では、うちのデリラちゃんは今年七歳になる割に、年齢以上にお姉さんなんだよね。
「聖の精霊さんがですね」
「うん」
「名前を教えてくれたんです」
「おぉ。それは凄い」
マルテさんが言うには、本当に気を許した関係にならないと教えてくれない。
まぁ、エルシーの場合は初日だったんだけどさ。
彼女はほら、元人間だったこともあるから例外としてね。
「ただですね」
あ、ナタリアさん、ちょっと残念そうな表情してるよ。
「あなたにも教えてはいけないそうなんです」
「そりゃ仕方がないって。そういう判断をしたってわけでしょう?」
するとナタリアさんは何やら嬉しそうにしてるんだよ。
どうしたんだ?
「ですが、あなたには『せいちゃん』と呼んでくださいとのことなんです」
「はい?」
「聖の精霊さんでは長すぎて呼びづらいでしょう? ということなんですね」
「あははは。気をつかってくれてるわけだ」
「もちろん、あたしも『せいちゃん』と呼ぶようにします。謝って真の名を呼んでしまわないように練習する意味もあるそうですし、あたしが『せいちゃん』の真の名を知っていることに意味があるそうですからね」
「なるほどなぁ。俺のときはほら、エルシーがいることを説明しようとしたらさ、母さんが『疲れているのね、この子ったら』って悲しい顔をしたのをよぉく覚えてるんだ。時期がまだ早かったんだろうね、きっとさ」
「いいえあなた。エルシー様がいてくれたからこそ、精霊さんたちの存在を信じやすくなれたんです。そう思いませんか?」
『嬉しいことを言ってくれるわね、ありがとうナタリアちゃん』
「あら? どちらから聞こえるんでしょう?」
「あぁ、これか」
俺は寝る前にまとめてマナを補充していた、ナタリアさん用の魔石の珠を見せたんだ。
「あれ? エルシー。これに宿ってるわけじゃないんだよね?」
『そうよ。イライザちゃんの部屋にいるんだもの。一緒に飲んでるわ。多少離れていても、魔石があれば使えるのが、最近わかったのよね』
「あなた。おそらくはあたしが、せいちゃんと話せる理屈と同じでは?」
「あ、そうか。せいちゃんはこれに宿ってるわけじゃないんだもんな」
「えぇ。そうですね」
「でもさ、エルシーがいくら使っても、あのときはマナが減って透明になったりしなかったんだよね」
「あなた、おそらくですがそれは」
「うん」
「エルシー様が、地の大精霊様だからではありませんか?」
「……あ、そうか。魔石は地属性だとしたら、魔石のマナを使ってるわけじゃないってこと?」
「えぇ。おそらくは」
『わたしもわからないのよ、そのあたりはね。なにせほら、わたし以外に地の精霊さんが見当たらないものだから』
「そうなの? せいちゃん」
俺はナタリアさんの手のひらにいるだろう、せいちゃんに聞いてみた。
俺に直接聞こえなかったとしても、俺の声は届いてるみたいだからね。
「そうですね、あなた。せいちゃんもみたことがないと言ってくれています。ただですね」
「うん」
「どの陸地にもいないというわけではないそうです」
「陸地、……あ、そういうことか」
俺は以前、ルオーラさんに乗せられて、大きな川や海を隔てたこの陸地とは違うところへ行ってる。
オルティアを引き取ったのもそんな場所だったからね。
「はい。オルティアちゃんのいたところならもしや」
「え、それってさ、せいちゃんはずっと」
「……そうなのね。あなた」
「うん」
「せいちゃんは生まれてずっと、あたしたちの集落にいてくれたんだそうです」
「そうだったんだ……。なんていうか、ずっと見守ってくれていたんだね」
「ずっとというわけではないそうです。なんでも、あたしが生まれる少し前あたりだったそうですから」
「そうなんだ。少しっていうとどれくらいなんだろうね?」
「……え? あ、そうなのね。あなた」
「うん」
「百年ほど前らしいです」
「百年が少しか。それならエルシーよりも前なんだね」
「そうかもしれませんが、エルシー様はおそらく、眠っていただけだと思いますよ。そうでなければ、大精霊様になるとは思えない。そう、せいちゃんが言ってますから」
『なるほど、そういう考え方もあるわねなのね。あ、せいちゃん。わたし、エルシーっていうの。ナタリアちゃんをよろしくお願いね』
「……あら。本当なのね?」
「どうしたの?」
「せいちゃんがですね、『地の大精霊、エルシー様へよろしくお伝えしてね』と言ってるんです」
「そうなのか。やっぱりエルシーは」
『地の大精霊、確定なわけなのね……。わたしだって驚いたわよ』
何気に減ってきている魔石の珠へマナを補充しつつ、俺はナタリアさん、エルシー、せいちゃんの話に混ざっていたんだよね。
ここで鈍い俺でも気づいたんだ。
「あ、そういえばナタリアさん」
「はい、なんですか?」
「エルシーの声をせいちゃんは聞いてるけど、エルシーはせいちゃんの声を聞こえていないんじゃ?」
「そうですね。……あ、そういうことなのね。エルシー様の声は、魔石の珠を通してるから、人の声として聞こえているようです」
「人の声として?」
「はい。精霊さんはそもそも、言葉で意思を疎通するわけではないみたいです」
「あーそっか。少し前のエルシーみたいなものか」
『わたしをもの扱いしないの』
「はいっ。ごめんなさい」
「うふふふ。あら、せいちゃんも笑っていますよ」
「なんだかなぁ……」
「でも、あなたの考え方で正しいと思います。あたしたち別の種族の声を聞くことはできても、意思の疎通は声を使わない。エルシー様とあなたがいたから、あたしもこうして意思の疎通ができない今でも、せいちゃんと話ができるわけなんです」
「あ、そうか。声を聞くことができるから、精霊さんを通した魔法のときは」
「えぇ。そうですね。聞き届けてくれた場合のみ、本来使えないはずの魔法を行使することができた。デリラのときがまさにそれなんです」
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