第百六十四話 ナタリアさんのところの。その2
俺には見えていない、ナタリアさんのところの聖の精霊さん。
ナタリアさんにはしっかりと見えているらしいのは、さっきマルテさんが言ってたあれだよ。
見えたんじゃなく、見せてくれたんだと思う。
そこがエルシーのときと違うんだよ。
かといって俺が思ってるこの微妙な違和感をさ、ナタリアさんにうまく伝えられる自信がない。
だから質問するようにしたならね、彼女にも俺の疑問をわかってくれたらいいなとそう思ったんだ。
「そういえばさ」
「なんでしょう?」
「お腹いっぱいになる前の精霊さんとさ、今の精霊さんって重さ、変わってる?」
要はほら、マナに重さがあるのかってことだね。
「いえ、今のところなんですが、精霊さんは軽すぎてですね、重量を感じないんです」
そもそもそっちか。
「そっかー」
「何故ですか?」
「あのさ、食べた分のマナの重さが変わったら」
「あ、そうですね。マナにも重さがあるかもしれない。そういうことですね」
「そうそう。水をためるだけじゃなくて、飲んでも身体の重さが変わるってあれだよ。まぁ、素人考えなんだけどね」
「とてもいい気づきだと思います」
「ありがとう。それでさ、見えるようになる前も、重さってわからなかったの?」
「はい。手のひらに乗ったときの感触はなんとなくですが、わかりましたけどね」
「なるほどね」
俺には難しい系の話でも、こうしてかみ砕いた状態にしてもらえたならナタリアさんの好きな分類の話を一緒に楽しむことができるんだね。
楽しそうに話すナタリアさんを見るだけでも、俺は嬉しく思うんだ。
「あ、そうだよ。ちょっと待ってて」
「どうされたのですか? あなた」
「うん。すぐに戻るから」
俺はナタリアさんを部屋に残して工房へ向かった。
最近はそれなり以上に、人族さんと鬼人族さんの王城職員さんとすれ違うようになったんだ。
基本、父さんの、いや、どちらかというと執事のエリオットさんの部下ということになっているんだろうけどね。
男性もいるし、女性もいるし、皆、エリオットさんやフレアーネさんと同じ服装をしてる。
キッチンに入れるのはフレアーネさんとオルティア、あとは負けなかった場合のナタリアさんだけみたいなんだよね。
工房に到着、机にあるのは作成中の装飾品。
机の袖にある引き出しを引くと、たしかこのあたりに……、あったあった。
俺が探していたのは、木箱に入っていた使用済みの魔石、いわゆる空魔石。
これを使って今は装飾品を作ってるんだよね。
俺はこのマナを使い切って透明になった空魔石を持って部屋に戻ったんだ。
その場で何個か結合して、ナタリアさんに見せたんだよ。
「これ、わかるでしょ?」
「はい。確か空魔石と呼ばれている、魔法回路でマナを使い終わったものですね?」
「そう。これをさ、こうして」
俺は一小金貨の大きさになった透明の球体のままなものに、自分マナを注いだんだ。
「……これがそうなんですね。お父様から教えていただきましたが、あなたは本当に」
「『お化け』だっていいたいんでしょ?」
「あら。精霊さんも頷いていますよ、あなた」
「うそ……」
『うふふふ。精霊さんにもお化けだって認められちゃったのね』
「だーかーら」
「エルシー様ですか?」
「うん。いつものやつだよ」
『はい。もう邪魔しないわ。ごめんなさいね』
「いいってばもう」
俺が透明な空魔石の球体から、深紅の色に染めた魔石へ変化させたのをナタリアさんに手渡したんだよ。
「はい。これ」
「これを、……どうしたらいいんですか?」
「あのさ、おぼえてない? これみたいなのがさ、集落の屋敷にいくつかあったじゃない?」
「……あ、そういえばあの、エルシー様とお話するための」
あのときってさ、魔剣や聖剣エルシーを通して話ができたんだけど、それがない場所ではこんな魔石を通して、みんなと話をしていたんだよ。
「だね。これでさ、俺には聞こえないだろうけどもしかしたら、ナタリアさんにだけ精霊さんの声が聞こえるかもしれないんじゃないかな? って思ったんだ」
「はい」
「俺には聖の精霊さんは見えない。けれど俺だってナタリアさんのために何かできないか考えたんだよ。例えば俺が、エルシーを意識したことで気づいたことはなかったかな? って」
ナタリアさんは興味津々に俺の話を聞いてくれてる。
それはもう、身を乗り出して。
デリラちゃんそっくりなんだ、やっぱり母娘だなって思うんだ。
「エルシーが俺に話しかけてくれたから、エルシーの声が聞こえたんだ。けれどもっと前に、母さんに同じことをしたらしいけど、母さんには聞こえなかったって。俺と母さんの間にある『違い』はよくわからないけどね。でもさ、集落にいたころから、エルシーが俺以外と話すときには必ず『魔石』が間にあったんだよ」
「あ……」
魔剣の代わりに、ナタリアさんと聖の精霊さんが話をするための道具として使えないかな?
俺はそう思ったんだ。
「だからその魔石をね、精霊さんの側に置いて、精霊さんに声をだしてって、お願いして見たらどうかな?」
ナタリアさんは、左の手のひらに魔石を置いた。
するとどうしたことか、魔石がすぐに透明になったんだよ。
「あなたあなたあなたっ」
ナタリアさんは俺の手を右手で握って揺らすようにはしゃいでる?
「どどど、どうしたの?」
まるでデリラちゃんみたいに、それはもう興奮状態。
「精霊さんがね、『ナ』だけですが、話してくれたんです」
「うわ、それでマナが消えたのか」
「そうかもしれません。ですがとても澄んでいて、綺麗で、優しげな声でした」
それならさ、空魔石なんて領都にいくらでもあるんだから、沢山使って大きな塊を作ってさ……。
いけるかも。
「ナタリアさん」
「駄目ですよ」
「え?」
「もの凄く大きな魔石の珠を作ろうとしていませんか?」
「わかっちゃった?」
「えぇ。わかりますよ。あなたの妻ですもの」
「うん。でもね、この魔石ってもとはこう、この箱いっぱいあってもね、デリちゃんの好物の、果物の砂糖漬けより安いんだ」
「え?」
驚いてる驚いてる。
「ナタリアさんも前に領都の市で見たでしょ? こう、外側を革紐で包んだ感じの首飾りをさ」
「はい。確かにとてもお手頃だったのを覚えています」
いくつかナタリアさんの小遣いで、デリラちゃんとおそろいのを買ったって言ってたもんね。
「とりあえずその魔石を貸してくれる?」
「はい」
「それでこの空魔石と一緒にこう、してと……」
俺は残りの空魔石と一緒に結合させて、俺の手のひらに乗るくらいの珠を作ったんだよ。
そこに目一杯マナを注いで、見た目はとんでもない魔石が出来上がったんだ。
もとは空魔石だからいくらでもないんだけどね。
「あなた、これは……」
「うん。父さんとも話し合って秘匿ということになってる。でもナタリアさん、これならさ」
「はい」
「聖の精霊さんと片言で話せるでしょう?」
さっきのと比べものにならないほど大きいからね。
「はい、おそらくは」
「俺さ、オルティアにマナを食べてもらってもまだまだ余ってるから、足りなくなったらすぐに補充できるのよ」
「そうなんですか?」
「俺ってほら『お化け』だからね。それにさ」
「はい」
「きっとそのうち、マルテさんみたいにこれなしで話ができるようになると思うんだ」
実際に自分と精霊さんとの間に何も介さないで話ができてるお手本がいるから。
「イライザさんにさ、これくらいの座布団、だっけ?」
俺たちみたいに床に直接座る場合に、鬼人族が昔から使っている下に敷く小さな布団があるわけよ。
「はい」
「それをさ、下に敷いたら転がらないでいいと思うんだ」
確か、集落のときにもそうしていたような?
「あ、ちょっと待ってください」
ナタリアさんは部屋の布団をしまう場所をごそごそしはじめたんだ。
「あ、ありました。これ、懐かしい、……でも最近なんですよね」
「あ、こんなところにあったんだ」
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