第百五十六話 人族とその枠を超えちゃった人のこと。
『あぁ、あのときのことね。この間、マリサちゃんに悪いことしたわねって、誤ったのよ』
そうだったんだ。
『そうよ。すぐに納得したのよね。「ウェルはほら」って』
あのねぇ、俺をまた『お化け』って言ったんでしょ?
『あらよくわかったわね』
もう慣れたよ。
「クリスエイルちゃんとナタリアちゃんが答えてくれた通りにねぇ、マルテさんたちスキュラ族もぉ、鬼人族のみなさんもぉ、ウェルちゃんもぉ、もちろん人族もぉ、元をたどれば昔々は同じ生き物なんですぅ。遠い親族みたいなものなんですよぉ」
「あれ? ちょっと待ってください。俺と人族って、別に言いましたよね?」
「あらぁ。ウェルちゃんはぁ、新しい魔族としか思えないってぇ、精霊さんも言ってるのよねぇ」
『だから言ったでしょう? 魔族から見たら、ウェルは人族の枠を超えちゃってるの』
「そんなぁ……。」
「大丈夫よぉ。クリスエイルちゃんもマリサちゃんもぉ、厳密に言えば人族の枠はぁ、超えてしまっていますからねぇ」
「え? 僕とマリサさんもですか?」
「え? 私も? ウェルちゃんみたいな?」
驚いてる驚いてる。
「そうですねぇ。わかりやすく言えばぁ、『勇者』と呼ばれた人はぁ、マナが人族よりも多いじゃないですかぁ?」
「はい。それは間違いないと思います」
「人族にはぁ、魔法を使える子もいるようですけどぉ、あくまでも人族の枠を超えない程度にしかぁ、効果がぁ、発揮させられないんですよねぇ」
あ、父さんとナタリアさんが、同じように腕組みをして考え込んじゃった。
何か思いついた父さんとナタリアさん。
二人は小声で相談し始めちゃったよ。
何か言ってるのは間違いないんだけど、俺にはちょっと難しいことかも。
母さんが歩いてきて、俺の左に座って。
「ほんと、クリスエイルさんとナタリアちゃんって、見た目は違ってもそっくりの父娘よね。まるでウェルちゃんとデリラちゃんを見てるみたいだわ」
二人を見て呆れるように言うんだよ。
デリラちゃんもどっちかっていうと俺や母さんと同じように、頭で考えるより先に身体を動かす性質だと思うんだ。
「うん。俺もそう思うよ」
「ウェルちゃん、二人の言ってることわかる?」
「ううん。母さんは?」
「駄目。さっぱりだわ」
『ウェルとマリサちゃんはほんとにそっくりよね』
やっぱり?
母さんは母さんだけど、『元々遠い親類だったんじゃ?って思うことはあるんだよね。
「マルテさん」
「はい。なんでしょぉ?」
父さんとナタリアさん、何かの答えが出たのかな?
「ウェル君とマリサさん。二人は勇者だったので、刃が魔石でできていた魔剣を制御できました。もちろんつい最近、制御に成功した僕もその勇者だったと言えると思うんですが」
「そうですねぇ」
マルテさん、父さんが制御に成功したことも知ってるみたいな口ぶりだよ。
「僕とマリサさん。勇者になった鬼人族の若い子たちは、魔石の形をある程度変えることができます。鬼人族の彼らを魔族と言うなら、僕もマリサさんも魔族と言える。そういうことですよね?」
「はいぃ。よくできましたぁ」
「あれ? 父さん、俺は?」
「その、だね。ウェル君はほら、色々と規格外だよね? 魔石を自在に作り変えたり、土を建材に変えてしまったりとか……」
「それは否定しないけどさ」
「とりあえず、ウェル君のことは置いておいて」
「置いとくんだ……」
『諦めなさい。ウェルは違うんだから』
はい。
諦めます。
「かつて僕の姪だった、娘がいます。彼女は治癒の魔法を使いますが、近年覚えたばかりのマリサさんよりも効果が弱いんです。もしやその彼女は、マルテさんが言うところの『人の枠』を超えていない。そういうことなんでしょうか?」
あ、マルテさん凄く嬉しそうに微笑んでる。
まるでデリラちゃんが初めて水の魔法を使って倒れちゃったときみたいな。
あ、マルテさんの姿が消えた。
もしかして?
「ものすごぉく、よくできましたぁ」
マルテさんの声が俺の右後ろから聞こえたよ。
振り向いたらほら、父さんとナタリアさんの後ろに現れて。
二人の頭を撫でてる。
「お母様の治癒の魔法が、鬼人族の子たちと遜色ないほどの効果を出せるようになったのはきっと、あたしたちに近しい存在となっていたから。そういうことなんですよね?」
「はいぃ、ナタリアちゃんもぉ、よくできましたぁ」
「あ、ということは、父さんも母さんも俺と同じ、エルシーが言うところの『お化け』になりつつあるってことですか?」
ちょっと間があって。
「……ウェルちゃんー」
「はい」
「残念」
「うはぁ……」
マルテさんの、ものすごく駄目な子を見る目。
『だから言ったじゃないの。ウェルは新しい魔族みたいな存在だって』
父さんと母さんはまだ、人族の枠を多少超えた程度でも。
別枠ってことなんだ。
俺って。
「もしや、僕とマリサさんが年齢よりも若返ってしまったのは、ナタリアちゃんの治療だけじゃなくて……」
「そうですよぉ。ナタリアちゃんのぉ、治癒の魔法がぁ、人の枠を超えるきっかけになったのでしょうねぇ」
「ということは、ウェル君みたいに長生きできる。そういうことでしょうか?」
「何年生きるかはわかりませんけどぉ、人族の倍以上はぁ、生きられるでしょうねぇ」
父さんも母さんも、ある日を境に見た目が若々しくなってきていた。
父さんはほら、父さんというより俺の叔父、いや兄といっても遜色ないくらい。
もはやロードヴァット兄さんの甥と言ってもおかしくないんだ。
母さんに至ってはもう少し若く見える。
フェリアシエル姉さんよりもっと若い。
二人とも、三十代にしかもう見えないんだ。
たしか、もうそろそろ――
『それくらいにしておいてあげなさい。二人とも苦労したんだから、人生を楽しませてあげるの。いいわね?』
うん。
そうするよ。
いや、それにしたって。
「人族の倍以上って、一つ間違えたら二百歳以上生きるかもしれないってことでしょ?」
「そうですねぇ。予測でしか言えないんですけどぉ、精霊さんが言うにはぁ、マナの漏れ方が魔族の『それ』とそっくりだって言うものですからぁ。軽く軽ぅく倍以上は生きられるのかなぁってぇ、そう思ったんですよぉ」
「そうですか。マリサさん」
「えぇ。あなた」
「これでウェル君とナタリアちゃん、デリラちゃんの成長をもう少し見守れる」
「えぇそうね。嬉しいわ」
いやだから。
母さん俺の頭撫でないでって。
「ところでさ、父さん」
「なんだい?」
「過去の勇者だった人って、エルシーが言うには俺たちと違って」
「あぁ、短命だったという記録しか残っていないね」
父さんは俺の言わんとしてることがわかってたみたいだ。
そうなんだよ。
エルシーもそうだったって。
『えぇ。そうね。マリサちゃんの先代さんも、そうだったものねぇ』
「彼らはその、子供はいたのかな?」
「正直に言うとね。エルシー様の時代から、三十年勤め上げた勇者と呼ばれた人たちは」
「うん」
「マリサさんだけなんだ」
「あぁ、そうだったんだ。やっぱり」
「そうだね。エルシー様より、マリサさんの先代勇者殿に至るまで、皆、短命だった。それは間違いない。だってあの魔剣はマナを、勇者の命を吸いあげるから」
「そうね。エルシー様が教えてくれたわ。エルシー様が助けてくれなければきっと、ウェルちゃんに出会うこともなかったでしょうって……」
「そんなに酷いものだったんだ。俺、よくわからなかったから」
鬼人族の勇者たちは魔族だから、人の身体のつくりと違うなにかを持ってるってエルシーが言ってた。
だから一晩寝るだけで、ある程度マナが回復するんだって。
俺の次の勇者になったあの少年だって、枯渇したマナを寝ただけでは回復することがなかったって聞いた。
それはきっと、人間の枠を超えてなかった。
『そういうことだと思うわ。昔のわたしもそうよ。ウェルとクリスエイルさん以外の人たちは、人族の枠を超えられなかった。マリサちゃんはある程度超えてたみたいだけど、お腹の負傷で身体を壊していたのね。ほら、おぼえているでしょう?』
何を?
『ナタリアちゃんの「おてて」よ』
あぁ、なるほど。
『男性と女性のマナの根源はね、位置が少し違うの。男性は下腹。女性はねお腹なのよ』
だから母さんは、ナタリアさんに治癒してもらって本来のマナの強さが戻ったってこと?
『そうだと思うわ。勇者になったばかりのウェルとね、マリサちゃんは比べものにならないほど違っていたのよ』
それだけ凄かったんだ。
『ウェルを除けばきっと、歴代最強でしょうね。でももし、クリスエイルさんが勇者に目覚めていたら、また違っていたかもしれないけれど』
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