第百四十六話 デリラちゃんに何が起きたんだ?
オルティアとデリラちゃんを抱えて俺は、俺たちの部屋に入った。
ナタリアさんは、布団を敷いて待ってくれてたみたいだ。
「ごめんなさい。姫様のマナ、いっぱい食べてしまいました……」
デリラちゃんは意識を失ってるみたいだ。
おそらく、マナが枯渇してる状態なんだろう。
「いいよ。そうしなきゃダメだと思ったんだろう?」
「はい、若様……」
「ありがとう。オルティアがいてくれて助かったよ」
「姫様……」
「あなた」
「うん」
俺は二人を降ろして、デリラちゃんをオルティアから預かった。
「ありがとう、オルティアちゃん」
「若奥様……」
布団に寝かせたデリラちゃんの側に座って、ナタリアさんは治癒の魔法の準備をし始めてた。
「――おてて」
ナタリアさんの、気合いが入った治癒は久しぶりに見る。
父さんの治療を初めてしてたとき以来かもしれない。
よく見ると、デリラちゃんの右腕が焦げて血だらけになってる。
服も肘まで布地が焦げて、ボロボロになっているんだ。
幸い、オルティアがデリラちゃんのマナを枯らしてくれたから、痛そうにしてないだけ見ていて辛くないかも。
「本当に、駄目な子……」
「いいさ。それだけ活発になったんだ。成長したって喜ぼうよ」
「えぇ、でも……」
ナタリアさんの隣りに、母さんが座った。
母さんも母さんなりに、一生懸命治癒の魔法をかけてくれてる。
「ありがとう、母さん」
「いいのよ。これくらいしかできないけど」
元勇者の母さん、例の元王女の治癒の魔法を優に越えてるらしいって、父さんも母さんが努力したんだって教えてもらった。
「お母様……」
「いいから。ほら」
「はい」
「デリラちゃんはウェルの娘だから、多少は似るんでしょうけど、まさかこんなに元気な子になるとは、わたしも思わなかったわ」
向いにエルシーが座って、デリラちゃんの額をそっと、手ぬぐいで拭ってくれてる。
「エルシー様」
「大丈夫ですよ。ナタリアも小さなころは、元気すぎる子だったと聞いていますからね」
「お母さん……」
イライザ義母さんまで、治癒の魔法をかけてくれてるんだ。
デリラちゃん、本当に愛されてるな。
俺はこんなとき、何もできないのが悔しくは思うけど。
父さんが隣りに来て俺に笑いかけてくれる、きっと同じ気持ちなんだと思う。
「大丈夫。男親はきっと、こんなときは見ていることしかできないんだよ」
「はい。なんか、もどかしいですね」
「僕だってそうさ」
あっという間とは言わないけれど、気がつけばもう、痛々しく焦げた傷跡もほぼほぼ治りつつあるんだ。
デリラちゃんの顔色が悪い感じがするのはきっと、オルティアが目一杯マナを吸い上げてくれたからだと思うんだ。
デリラちゃんは、いつものように気持ちよさそうに寝息をたててる。
俺たちが集まって、こんなふうに見守ってるだなんて思わないんだろうな。
だってさ、声を潜めなくても相変わらず、起きたりしないんだ俺の愛娘はね。
フレアーネさんとエリオットさんも、今日は帰らずにここで泊まるって言ってくれた。
オルティアもこの部屋の隅で寝てるんだ、きっと疲れちゃったんだろうね。
フォリシアちゃんは、デリラちゃんに少し似ているらしくて、寝たら起きないんだって。
明日が楽しみで、早く寝ちゃったみたいだから、少しがっかりさせちゃうかもしれない。
すぐ側でフォルーラさんがみていてくれているから。
フォリシアちゃんが起きたらちゃんと話をしてくれるって、心配しなくてもいいって言ってくれたんだ。
「でもさ、何があったんだろうね?」
「僕が思うにだけど、ナタリアちゃんの真似事をして、何らかの制御に失敗したんじゃないかって思うんだ」
「あたしの真似、ですか?」
「ナタリアさんの真似? 治癒の魔法って、反復練習がないとできないって、母さん見ていてわかるけど……」
「わかるわ、私も大変だったから」
「だよね」
母さんは苦笑いしてる。
自分のお腹が痛いときや、デリラちゃんの擦り傷、あとは父さんの二日酔いくらい?
そういうときじゃないと、練習できないからって、終いには鬼人族の勇者や若人衆の鍛錬の場で、彼らを実験台に練習するほどになってたらしいから。
「ウェル君。ナタリアちゃん。そっちではなく、ほら。今回は部屋が焦げてしまってるから」
「そうなんですか?」
「あ、そっか。ナタリアさんは、デリラちゃんの部屋を見ていないんだっけ」
「えぇ。あたしはあなたを追いかけるより、こちらで寝床の準備をしたほうがいいと思ったんです。きっとデリラが怪我をしたんでしょう、そう思ったものですから」
あの音、オルティアの慌てよう、確かに俺もそう思ったんだよね。
「ナタリアさんの真似? 部屋が焦げる? ナタリアさんって、強力と治癒の魔法しか――」
「あ、もしや」
「ん?」
「『火起こしの魔法』かもしれません」
「そう。それなんだよ。ナタリアちゃん」
ナタリアさんと父さんの言う『火起こしの魔法』というのは、それこそ鬼人の女性が毎日のように使う、生活に密着した魔法だって聞いてる。
指先に火を灯して、料理に使う種火にする魔法。
あのグレインさんだって、マレンさんに炉の火を起こしてもらってるくらい、鬼人族の女性にとって一般的な魔法なんだよ。
「あの、お父様」
「なんだい?」
「あたし、デリラにまだ、教えていませんが」
「そうなんだろうね。けれど、デリラちゃんはある意味天才なんだ。知ってるだろう? 強力の魔法をあっという間に使いこなしてしまったのを?」
「はい、ですが『火起こしの魔法』は、けっして難しい魔法ではないんです。あたしたちの間には、昔から伝わっているものです。母親が娘に教えても、強力と違って例外なく数日で使いこなしていますので」
「それってさ、強力の魔法を教えたあと、何歳くらいで教えるものなのかな?」
「そうですね。八歳で教えるのが一般的だと聞いています」
「んー、エルシー様」
「何かしら?」
「デリラちゃんのマナの総量は。現在どれくらいになってると思いますか?」
エルシーは腕組みをして軽く考え込むんだ。
そういや前に教えてくれてたっけ?
「そうねぇ」
俺をちらっと見るから、返事をするように頷いた。
いいと思うよ、ここにいる誰もが知ってていいことだろうから。
「クリスエイルさんより、やや少ないくらいかしらね?」
「ぼ、僕と同じくらいですか? こんなに小さな身体の内に……」
父さんも、『強力の魔法』をやっと覚えて、毎日マナを使いきるようにしてから、身体の調子が良くなってきたって言ってたくらいにマナが多いんだ。
だから幼いころから、身体に負担がかかってたって、ナタリアさんが教えてくれたっけ。
「あたしほどでないにしても、若人衆の皆より多いということですよね? きっと」
「えぇ、そうね。それは間違いないと思うわ」
「ナタリアさんも、マナを使い切らないと寝付きが悪いって言ってたよね?」
「えぇ。最近は、エルシー様に調整してもらっているので、そう酷くはなりませんけど……」
調整、食べてもらってるってことか。
「えぇ。二日に一度くらいかしらね? おかげで最近は、この姿を余裕で保つことができているのよ」
俺はナタリアさんよりも多いって聞いたけどさ、使い切らなくても別に辛くなったりしないんだよな。
『それはウェルが』
はいはい。
『お化け』だって言いたいんでしょ?
『えぇそうね』
「だからって、俺じゃなくオルティアに食べてもらうことも難しいと思うんだよ。彼女だって毎日マナを食べるわけじゃないから」
「えぇ。オルティアちゃんだって、ご飯も食べたいでしょうから」
「うん。そうだと思う。マナを食べていたなら生きていら――お腹が空かないかもしれないけど、それはちょっと違うと思うんだよ」
「それはそうよ。わたしだって、マナだけじゃ嫌よ。お酒だっておつまみだって」
「ほら、エルシーだってこう言ってるんだ。生きるのに必要なだけで、喜びとは違うと思うんだよ。マナも必要だけど、美味しいものも食べないと、生きてるって言えないからね」
「そうね。あたしもそう思います」
「だとするとさ、これはこれで問題になるよね」
「はい。父さん」
俺も父さんも腕組みをして考え込んでしまうんだ。
デリラちゃんはもう、強力だけじゃマナを使い切れないほど、増えてしまったってことなんだよ。
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