第百四十四話 オルティアの日常 その3
昼食が終わるとそこにはデリラちゃん、オルティアが並んで座り、向いにクリスエイルが座っています。
いつものように、少しだけ進んでいるデリラちゃんが、オルティアをフォローするようにしながら、クリスエイルから勉強を教わる時間になっています。
以前ほど長い時間ではありません、なぜならある二人は読み書きができるようになったのと同時に、自分の時間に本を読むようになったからです。
お勉強の時間が終わったら、デリラちゃんはお昼寝の時間です。
最近は毎日ではありませんが、デリラちゃんは数日おきに外へ『お忍び』をするようになりました。
デリラちゃんも強力の魔法が使える上に、マナの総量も徐々に増えてきています。
体力的には問題はないデリラちゃんですが、相変わらずお昼寝は欠かしません。
デリラちゃんが寝ている間は、オルティアが寄り添ってくれているのです。
その時間は、彼女にとっても憩いの時間。
一緒になって眠ることはありませんが、ベッドの横に椅子を置き、そこに座ってぼうっとすることも少なくはありません。
オルティアもデリラちゃんのことは大好きです。
それ故に、休めているかどうかは、オルティアの首元を見るとわかります。
緊張の糸が切れそうになっているからか、隙間から黒い靄がにじみ出ているので、おそらく落ち着けていている証拠ですね。
船を漕ぐという状態にならないように気をつけてはいるようです。
もしそうなった場合、装具から首が外れてしまい、頭が落ちることもありえますからね。
それでも今日のようなマナを食べさせてもらう日の場合は、このようにマナが足りなくなってくるとどうしても眠気が出てしまうようで、オルティアも案外うとうとすることもあるようです。
(若奥様の角よりもっと深い青。さらさらした手触り、綺麗です)
羊魔族の集落にいたとき、オルティアは『しろかみちゃん』と呼ばれていました。
その名のとおり、白髪な彼女は皆さんの髪が羨ましく、とても綺麗だと思っています。
自分の髪の色が白いことは、ウェルたちに眼鏡を作ってもらい、姿見に顔を映してそこで初めて知りました。
嫌いではありませんがそれよりもっと、綺麗な色とりどりの髪の色が好きになったのです。
もちろん、ウェルの髪の色も好き、エリオットとフレアーネの色もそう、おそらくは尊敬し、敬愛し、好きになった人の髪の色は大好きなんでしょうね。
「姫様、姫様」
オルティアは、血色の良い柔らかそうなデリラちゃんの頬を撫でながら、声をかけて起こそうとしています。
デリラちゃんはお昼寝だとしても、熟睡するタイプなのです。
それでも、目をぱっちりと開ける姿はオルティアが見ても可愛く思えたでしょう。
「……オルティアおねえちゃん、おはよ」
「おはようございまス、もうすぐ夕方ですヨ。姫様」
「あ、そうだったのね」
むっくり身体を起こすデリラちゃんは、辺りをぐるりと見回したあと、オルティアにぎゅっと抱きついて、頬をすりすりしています。
「じゃ、ぱぱのとこいってくるのっ」
「はイ。若様のことはお願いしますネ」
元気に出て行くデリラちゃんの後ろ姿を見送ったあと、ベッドなどを直して部屋を後にする。
夕食後、オルティアとウェル、デリラちゃんはテーブルに残りました。
「若様、よろしいですカ?」
「おう、じゃんじゃんいっちゃって構わないよ」
そう言ってウェルは、オルティアの前に両手を差し出してくれます。
彼女の首元にある装具あたりを見ると、身体と首の隙間から漏れ出す明らかに意思を持った黒い靄のような存在が、腕のようなものを形作っていきます。
まるで両手で握るかのように、そっとウェルの両手を包みこみました。
「では、いただきまス」
黒い腕のような靄を通して、ウェルからいただいたマナが直接オルティアの喉へ通っていきます。
その際、彼女が言うように、確かに味を感じるのです。
ナタリアから食べさせてもらったマナは、言うなら『すっきりとした花の蜜』にも似た感じの甘さ、美味しさを感じました。
ですが、ウェルのマナはさらに濃厚で、甘い果実を糖蜜に何日も漬けたもののような味わいにも思えたでしょう。
デリラちゃんが、オルティアの感じるマナの味について興味を持ち、『自分のマナも食べてもらいたい』という、一風変わった目標を持ってしまったのはきっと、ウェルのマナを食べて一ルオルティアの口元が緩んでいて、いつもよりも『自然な笑み』に見えたからかもしれません。
「ねーねーオルティアおねーちゃん」
「な、なんでしょうカ?」
「おいし?」
「えぇとてモ」
デリラちゃんはウェルを見ます。
するとウェルは困ったように笑って、いつもと同じことを言うのです。
「ぱぱは食べることができないから、わかんないんだよなぁ」
きっとナタリアも同じことをデリラちゃんに言うのでしょう。
「むー」
デリラちゃんは、このような曖昧な答えでも納得するしかなかったのです。
「ごめんなさイ、姫様」
オルティアはデリラちゃんの頭を撫でます。
「いいの。おおきくなって、デリラちゃんもたべてもらうんだからっ」
「はイ、楽しみにしていまス」
マナの食事を終えて、オルティアはこれでしばらくの間大丈夫になるでしょう。
マナの枯渇は、人の場合は倒れてしまいます。
エルシーの場合は、人の姿を維持できなくなってしまいます。
ですが、オルティアの場合は違います。
羊魔族の族長さんは、オルティアの実の母親から聞かされていました。
その話をウェルも教えてもらっていたのです。
オルティアも、彼女の母親も、マナの枯渇に陥ってしまうと、人と同じように意識を失ってしまいます。
ただ、人と違うのはこれからです。
首から黒い靄が薄く広く伸びていき、周りの生き物からマナを奪ってしまうとのことでした。
その恐れがあるからこそ、オルティアは集落の中心から離れた、魔獣に襲われてしまうかもしれない場所で生活せざるを得ない状況だったのです。
実際、ウェルもその現場を見たから、その話が嘘ではないことを知っていました。
オルティアに教えてほしいと言われたから、これからはマナの枯渇の心配がないからこそ、ウェルとエルシー、ナタリアは話し合って、事実を教えることにしたのです。
そうして、オルティアはデュラハンがどのような生き物なのかを、十歳という歳で知ることになったのです。
このことはもちろん、クリスエイルもマリサも、エリオットもフレアーネも知った上で、オルティアを家族として受け入れることを望んだのです。
一日の仕事を終え、デリラちゃんの様子を見に行きます。
デリラちゃんは育ち盛りだからでしょうか?
朝起きるのも早いですが、寝るのも早いのです。
特に明日は楽しみなんでしょう。
グリフォン族、族長の娘フォリシアが、この王城でデリラちゃんの侍女になるべく勉強をしています。
そんな彼女と、十三日に一度だけ遊んでも良い日が明日なのです。
だから早く寝付けるように、強力の魔法を使いまくってマナを枯渇寸前まで減らし、へとへとになっていたのですね。
「オルティアおねーちゃん、おやすみ、なの」
「はイ。おやすみなさいまセ、姫様」
「うんなの……」
デリラちゃんが寝付いたのを確認すると、明かりを消して部屋から出て行きます。
そのあとオルティアは、エルシーやクリスエイルたちがお酒を飲んで楽しんでいるところや、クリスエイルに呆れているマリサ、まったりと休んでいるウェルとナタリアの部屋に挨拶をしてまわります。
「若様、若奥様、お先に失礼いたしまス」
「いつもありがとう、オルティア」
「明日は負けないわと、伝えてくださいね?」
ナタリアが『負けない』と言っているのは、『厨房争奪戦』のことです。
もちろん、ウェルも苦笑していました。
「はイ。母様に伝えておきますネ」
「ありがとう、オルティアちゃん。お疲れ様」
ぺこりとお辞儀をして、国王と王妃の寝室を後にします。
厨房へ寄ると、明かりを消したばかりのフレアーネがいました。
「オルティアちゃん。帰りましょ」
「はイ、母様」
王城の裏手に回ると、エリオットが馬車で待っていました。
「あなた、今日もお疲れさま」
「父様、お疲れ様でス」
「フレアーネ、オルティア。今日も一日ありがとう」
オルティアは、エリオットの仕事をしている姿はいまだに見たことがありません。
彼はクリスエイルの執事であり、この王城の執事のひとりであります。
ただ、どんな仕事をしているのか、教えてくれません。
フレアーネは『いずれわかる歳になるからね』と言ってくれています。
だからオルティアも、その歳になれるのを楽しみにしていました。
館に着くと、三人でお茶を飲んで話をして、フレアーネと一緒にお風呂に入って寝る準備をします。
もう少し器用にならないと、ひとりでお風呂は難しいでしょうと、一緒に入ってくれるのです。
万が一、お湯に頭が落ちてしまったら怖いと思ってくれているのでしょう。
「おやすみなさいまセ、父様、母様」
「おやすみなさい、オルティアちゃん」
「おやすみ、オルティア」
おやすみなさいをして、オルティアは自分の部屋へ戻ります。
明日も早いので、ベッドに潜ります。
装具から頭を外して、枕で転がらないように固定し、眼鏡を枕元に置くと、ふかふかで香りの良い寝具に身を任せます。
(明日も楽しい一日になると、いいですね……)
こうしてオルティアの一日が終わり、新しい一日を迎えるべく、眠りにつくのでした。
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