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第百四十二話 オルティアの日常 その1

 オルティアはデュラハンという種族の女の子です。

 彼女は首と胴が離れている、デュラハンという種族の特性を持って生まれました。

 そのため、うまく固定しないと落ちてしまいます。

 その上、生まれつき目が非常に悪く、日常生活にも支障がでるほどでした。


 オルティアは、彼女の母親の個人的な理由があって、小さなころから羊魔族の村に預けられていました。

 それから色々とあって、村が魔獣に攻められてしまい、危ういところをウェルたちに救ってもらったのです。

 その出会いがきっかけとなり、幼いころからお世話になっていた羊魔族の村からウェルたちの元へ引き取られることになったのです。


 クレイテンベルグ王国国王のウェル、その父クリスエイルには執事がいました。執事の名はエリオット。彼がオルティアの養父となりたいと、名乗りをあげたのです。

 オルティアにも、エリオットの気持ちが伝わったのでしょう。エリオットが名付けた『オルティア』という名前。彼女はすぐに気に入ったようでした。


 オルティアは現在、領都にあるエリオットと彼の妻フレアーネが住む館で暮らしています。

 朝目を覚ますとオルティアの視界には、ぼんやりと自分の身体が入ります。

 身体を起こした彼女の首から上には、まだ頭がついていません。

 頭と身体が離れているこの姿こそが、デュラハンだからです。


 枕元にある、ウェルたちが丹精込めて作った眼鏡を手に取ります。

 この眼鏡がないと、オルティアには何も見えません。

 どれくらいかというと、顔の前に手元を持ってこなければ、自分の手のひらも見ることができないほどです。

 立って歩くなんてもってのほかですね。


 ウェルの奥さん、ナタリアも治癒の魔法を試してくれました。

 オルティアの目は生まれつきのもので、あとから悪くなったものではなかったため、治癒の魔法で治るようなものではありませんでした。


 クリスエイルが目に関する知識を持っていて、グレインと一緒にウェルへ指示しながら作り上げた眼鏡。

 これがあることでやっと、ひとりで歩き回ることができるようになりました。


(お館様、若様、グレインさん。ありがとうございます。あなたたちのおかげで今日も元気にお世話ができそうです)


 眼鏡をそっと胸に抱いて、感謝の思いをうかべる。

 オルティアは身体を起こして、ベッドの上に枕四つで転がらないようにしてある顔に、慣れた手つきで眼鏡をかけます。

 グレインの奥さんで皮革職人のマレンが作ってくれた、頭と身体を固定する装具をつけて、頭が落ちたりしないように固定します。

 これでやっと、身支度を始めるべく、洗面所へ向かえるのでした。


 エリオットとフレアーネの間に子供はいなかったため、長い間ふたりだけで生活をしてきました。

 いずれ二人の間に生まれたときにと、子供のための部屋を用意してはいましたが、その願いは叶うことがなかったのです。


 フレアーネは常に、いつでもそのときが訪れても慌てないように、部屋を綺麗にしていました。

 もちろん、ベッドもシーツも綺麗なまま、必要最低限の調度品も毎日掃除してあったのです。

 オルティアはウェルを始めとして、デリラちゃんからもプレゼントをもらいました。

 エリオットとフレアーネからも、プレゼントを与えられました。

 それがこの部屋だったのです。


 今までお世話になった羊魔族の人たちは、グリフォン族のひとたちが、常に様子を見ていてくれる。

 あのときと同じ魔獣が襲ってきたとしても、グリフォン族にとっては運動にもならないと教えられています。

 もし、オルティアの生みの母親が訪れたとしても、すぐにこちらへ案内してくれることでしょう。

 だから今日も、気持ちのよい朝が迎えられた、そういうことなのでしょうね。


 眼鏡をかけるとオルティアは、窓を開けます。

 この館は元々、クリスエイルのクレンラード王国公爵家のお城に併設されたものでした。

 そのため、小高い丘の上に建っているのですね。

 彼女の部屋は三階にあり、遠くに見える領都の町にはまだ人はまばらだけど、いつもと同じ光景ですが今日も目の前に広がる景色の美しさに感動してしまいます。

 以前住んでいた羊魔族の集落よりも、風に香るマナの匂いは強い。

 それだけでも体中に力が満ちてくるようなきがします。

 本当は、ウェルやナタリアからマナを分けてもらわないと、駄目なんですけどね。


 オルティアの養母となったフレアーネは元々、公爵家領都のお城に務める侍女長でもありました。

 炊事、洗濯、掃除はもとより、裁縫の腕に至っては職人芸までと言われていました。

 実際、クリスエイルやウェル、エリオットの着る服から、デリラちゃん、ナタリア、フレアーネ自身、オルティアの着る侍女服はすべて彼女の作品。

 空き時間があれば、一着くらいならささっと仕上げてしまうほどに手も早いようです。


 オルティアは初めてエリオットに館へ連れてきてもらったとき、フレアーネとも初めて出会いました。

 そこでオルティアは、フレアーネが身につけていた侍女服がとても気に入ってしまったのです。

 素直に『自分も身につけたい、その姿でウェルに恩返しをしたい』そう言いました。

 すると翌朝、オルティアが目を覚ましたとき、枕元に一着の黒い侍女服が置かれていたのです。


 始めて侍女服に袖を通すと、オルティアは驚きました。

 袖丈からスカートの丈、すべて彼女のために作られたかのようにぴったりだったのです。

 話に聞くと、フレアーネは裁縫がとても得意。

 オルティアの姿を見てそのまま縫い始め、彼女が寝ているときにあっさり縫い終わったとのこと。

 こうして、オルティアにとってもうひとつ宝物ができました。


 オルティアは、フレアーネが縫い上げた侍女服に袖を通して髪を結い、身だしなみを整えます。

 鏡に映った自分の姿、ウェルに対して、デリラちゃんに対して、ナタリアに対して微笑みかけることができるでしょうか?

 口角だけでも持ち上げることができている今、そこに言葉を添えたなら少しは気持ちが伝わっているはずです。

 最後に、鏡に映った自分の姿を、大切な人に置き換えて精一杯のお辞儀をします。

 スカートの両側を持ち上げてお辞儀をするこの作法は、フレアーネが教えてくれました。

 フレアーネが若かりしころ、偶然出会った魔族の女性がくれた心からの感謝のしるしです。

 それがあまりにも美しく見えて、真似するようになったという話をオルティアにしてくれました。

 オルティアは魔族領に生まれた魔族の子供だから、できるようになりたいと思いました。

 なにより、オルティアもフレアーネのその仕草がとても美しいと思ったからなのでしょう。


 オルティアは部屋を出ると、この館の食堂を兼ねている居間へ向かいます。

 あくまでも食堂を兼ねているだけで、食事をすることはないこの居間は、エリオットとフレアーネの二人が朝、一杯のお茶を一緒に飲むだけの部屋になっていたのです。

 なぜなら二人は、夫婦になるよりも前から王城に勤めていたからです。

 主人となるべくして生まれたクリスエイルを、幼少のころから世話をしていたのも二人。

 兄であり、姉であり、良き理解者であり、侍女であり執事であったのです。


 そんな話を聞かされているオルティアにとって、二人は義理の両親でありながら、主人に仕えることを教えてくれる先生でもありました。


「おはようございまス。父様、母様」


 オルティアには、魔界のどこかで旅を続けている本当の母親がいます。

 その人が『お母さん』であることも理解できています。

 だからフレアーネを母様、エリオットを父様と呼ぶようにしました。


「おはよう、オルティアちゃん」

「おはよう、お、オルティア」


 フレアーネは優しく微笑んでくれます。

 エリオットは朝から目尻を下げて、嬉しそうにしています。

 オルティアはエリオットの隣りにある、背の低いオルティアがテーブルに届くようにと彼が特別につくらせた椅子に腰掛けます。

 すると、フレアーネは温かい入れたてのお茶を注いでくれます。


「いただきまス、母様」

「えぇ」


 フレアーネもエリオットも、オルティアより早くここへ来ていたようです。

 お茶を飲んで落ち着いていたところをみると、もちろん朝食は済ませていたのでしょう。

 オルティアがお茶を飲んで落ち着いたところを確認すると、フレアーネはパンとスープを持ってきてくれます。

 具材のたっぷり入った香りの良いスープ。

 焼きたてではありませんが、窯で軽く焼き直してくれた、ほかほかのパン。


「いただきまス」

「はい」


 オルティアはスープを三回お代わりをし、パンを五つ食べました。

 ですが、これだけ食べても実は足りません。

 きっとこれから向かう王城の朝食時間には、お腹がすいてふらふらになってしまいます。

 デュラハンであるオルティアはなぜか、生命活動に対する食事の燃費がとても悪いのです。

 彼女が生きていくためには、マナが沢山必要だからでしょうと、エルシーは言ってました。


「ごちそうさまでしタ」

「いいえ、どういたしまして」

「うんうん」


 以前よりも増して、元気になっていく姿を見て、二人は嬉しそうに微笑むのでした。



お読みいただきありがとうございます。

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