第百四十一話 夜の訪問 その3
相変わらず二人とも、父さんと母さんに頭が上がんないんだね。
「それで、世継ぎ問題は、どうなったのですか?」
わざと俺たちに聞こえるような感じで、母さんはフェリアシエル姉さんに聞くんだよ。
父さんは苦笑してるし、ロードヴァット兄さんは下を向いてる。
ちなみに、ロードヴァット兄さんと父さんが向かい合ってソファに座ってて、フェリアシエル姉さんと母さんが向かい合ってる状態。
俺は壁際に、ヴェンニルとエルスリングを持って立ってる状態。
呼ばれるまで待機ってやつだね。
でもさ、二人とも変わってなさそうで安心したかな?
ロードヴァット兄さんは少しやつれた感じがするけど。
『クリスエイルさんもね、マリサちゃんもね、ウェルに安心させたかったんだと思うのよ』
うん。
俺もそう思うんだ。
「ところで兄さん」
「何かな?」
「そちらの方は、その」
「あぁ、彼はね、ヴェンニルとエルスリングの修理を受け持ってくれた、鬼人族の鍛冶師さんのひとりなんだ」
「そうだったんですね」
あれ?
全然気づいてない?
「ルウーエさん。ヴェンニルとエルスリング、いいかな?」
俺は声を出さずにこくりと頷く。
「兄さん、彼はなぜ、あのような面を?」
早速突っ込まれてる。
「あぁ。彼のような鍛冶師は、長年熱に晒されて、顔に火傷を負ってしまうと聞いてるよ」
「あ、そうなんですね。ルウーエさん、申し訳ない」
俺は頭を左右に振った。
「そうですか。助かります」
全然気づいてない?
『みたいね』
父さんたちを挟むテーブルの上に、ヴェンニルとエルスリングを並べてまた、俺は壁際に戻ったんだ。
「これは、……見事ですね」
「君にもわかるのかな?」
父さん、攻める攻める。
母さんとフェリアシエル姉さんは、何やらずっと同じ話をしてるっぽいし。
いや、それにしてもさ、母さんと並ぶと、母さんのほうが『義理の妹?』って思えるくらいに若返ってるんだけど?
父さんもそうだよ、いくらロードヴァット兄さんが若干やつれ気味とはいえ、明らかに父さんのほうが弟に見える。
『確かにそうね。こうして並んだり比べたりすることがないから、気づかなかったんでしょうけど、間違いなく若返ってるわ』
エルシーもそう思うんだね。
いやもしだよ?
俺より若くなったりしたらさ、笑えなくなるんだけど。
マナの量が関係してるってんなら、俺が勇者の時のままってのはおかしくないかい?
『そうかしら? だってウェルは――』
はいはい。
俺は『お化け』ですよーだ。
『拗ねちゃって、子供みたいだわ』
「さて、ところでだね」
「はいっ」
ロードヴァット兄さんが、居住まいを正してる。
「改めて確認するんだけどね」
「はい」
「勇者だったあの少年は、その後どうなったのかな?」
あ、父さん。
俺が気になってることを聞いてくれるんだ?
母さんもフェリアシエル姉さんも、話を一端止めて聞いてるよ。
「はい。城下町に孤児院が併設してある教会がありまして、その施設で孤児たちの世話をしている姉妹の姉がですね」
あー、マリシエールさんと、エリシエールさんのことだ。
二人ともまだ、孤児院にいるんだね。
「治癒の魔法が使えるとのことでしたので、しばらくの間彼の元へ通わせ、回復を促す勤めを果たしました」
「ほぅ」
王家とは一切関係がないという意味で、遠い言い回しをしてるのかも。
「幸い今はですね。実家に戻り、商人の見習いとして汗を流していると報告を受けています」
そっか、動けるようになったんだ。
槍を握るようなことはなくとも、家業を手伝う道を選んだのは悪いことじゃないから。
「そうなんだね。それでその姉妹というのは?」
「はい。姉のほうはですね、朝から昼にかけては治癒の奉仕活動を。昼から夕方にかけては、孤児院で子供たちの世話をしているとのことです」
「なるほど。妹のほうはどうなんだい?」
「それが、……ですね」
難ありなのかな?
一番、やっかいな性格に育っちゃってるっぽいからなぁ。
反抗期?
それならちょっと長すぎるような気もするんだけどねぇ。
「それなりに勤めは果たしていると聞きます」
「それなりなんだね」
「はい。やる気の見られないときもあると報告がありまして、実に困ったものです……」
「それは、個人の自由とはいえ、困ったものだね……」
「申し訳ございませんっ」
「申し訳ございません……」
ありゃ、ロードヴァット兄さん、フェリアシエル姉さん、二人とも父さんに謝ってるよ。
常に監督はしてるみたいだけど、やる気ばかりはどうにもならないからなぁ。
「いや、君たちのせいではないだろう? 王立の教会とその孤児院とはいえ、君たちが直接みているわけではないのだからね」
父さんも呆れてる。
『そりゃそうよ。普通なら極刑だもの……』
考えたくはないけど、俺は口を挟めないことだから。
「まぁ仕方ない。今後も報告は頼むよ」
「はい。約束いたします」
「次に、騎士団のことだがね」
「はい。現在は、ケイル・エンジヤーズが、騎士団長を勤めております」
「ほぅ。あの副団長だった、老騎士がね。確かに彼は真面目だった」
「はい。あと数年で引退となりますが、その間に、現在の副団長を務めさせております」
誰なんだろう?
「ターウェック・マグレトランが育ちつつあると報告がありますので、いずれは騎士団長にと考えております」
「なるほどね。その判断は悪くないと思うよ」
なんと、ターウェック君が。
真面目だったもんな、あの子も。
よかったね、うんうん。
「さて、ロードヴァット」
「はい」
「世継ぎは、どうなっているのかな?」
直接父さんもそれを聞く?
あぁ、母さんもフェリアシエル姉さんもうんうん頷いてるよ。
ロードヴァット兄さんの、絶望的な表情……。
「はいっ、その。毎晩、いえ、二日に一度、いえ二度は頑張ってはいるのですが」
「落ち着きなさい。確かに子は授かり物だと僕だって知ってるよ」
「すみません、……そう言ってもらえると、助かります」
そっか、そのやつれ具合は、そういう意味だったんだ。
苦労してるんだな、お疲れ様ですよ、ほんとに。
「二人の間に息子でも娘でも授かれたのであれば、その子が生まれたときにね」
「はい」
「この二振りは、『休眠の台座』に戻すといいよ」
「そうですか」
「その際は、マリサが台座へ戻すことになるだろうね」
「はい。ありがとうございます」
「十年、いや、二十年かけても、約束は守るように、いいね?」
「ですが、その。兄さんと義姉さんは、そのころ……」
「あら、ロードヴァット」
「はいっ」
母さんが立ち上がったよ。
あれ?
怒るのかと思ったけど、なんだろうあの、自慢げな表情は?
「この私が、十年や二十年で老いるとでも思うのかしら?」
「え?」
「あのっ、お義姉様」
「どうしたのかしら?」
フェリアシエル姉さんが、キラキラした目で母さんを見てる。
「その、若さを保つ秘訣は、どのように?」
あぁ、フェリアシエル姉さんも認めちゃったよ。
母さんも父さんも、以前は年相応だったんだけど、ナタリアさんに治癒してもらうようになってから、驚くぐらいに変わっちゃったんだ。
確かに母さんは若い、いや、若くなっちゃった。
父さんもそうなんだよ、実際ね。
『ある意味、人間よりも魔族に近い状態。「おばけ」なのよ。勇者のマリサちゃんも、クリスエイルさんもね』
あぁ、そういうことなんだ。
マナの総量は、寿命に関係するってやつか。
「そうね。マナの流れを正して、鍛錬あるのみ、かしら?」
「あぁ、マリサの言うことは、間違ってはいないと思うよ。僕もね、身体の調子を取り戻してからはこう、若返った感じがあるんだよ」
うわっ。
『うふふふ。わざとらしいわねー』
そうそう。
めちゃくちゃわざとらしいんだ。
ロードヴァット兄さんは父さんに、ヴェンニルとエルスリングを国庫に封印することを約束したんだ。
同時に、跡取り問題に関しても努力するとも約束。
「それじゃ、僕たちは戻るから。そうそう。僕の部屋はあのままにしておくこと。僕たちがこの部屋から出ても、後を追わないこと。いいね?」
「はい。もちろんです。……それどころじゃないでしょうから」
ロードヴァット兄さんは、ちらっとフェリアシエル姉さんを見た。
フェリアシエル姉さんは、微笑んでた。
その微笑みちょっと、怖い、かも……。
母さん、何を吹き込んだのさ?
まったく……。
父さん、母さん、俺の順でロードヴァット兄さんたちの部屋を出たんだ。
もちろん、追いかけてくる気配は感じられない。
それよりなにより無事でいてね、ロードヴァット兄さん……。
三人とも部屋に入ると、父さんはしっかりと鍵を閉めた。
『お帰りなさいませ、お館様』
『お帰りなさいませ』
『お帰りなさいませ』
エリオットさん、ルオーラさん、テトリーラさんが出迎えてくれた。
『では、早々に発ちましょうか?』
『そうだね』
俺たちはテラスになっているところへ出る。
父さんはしっかりと鍵を閉めた。
ルオーラさんとテトリーラさんの背中に乗せられて、少し曇り気味の夜空へと舞い上がっていったんだ。
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