第百四十話 夜の訪問 その2
ヴェンニルとエルスリングの補修が終わって三日目の夜。
夕食が終わって寛いでいるときに、俺も父さんもこのあとの予定を、何も言ってないんだけどさ、デリラちゃんが俺を見てニコッと笑って言うんだよ。
「ぱーぱ」
「ん?」
「おしごといってらっしゃい」
「へ?」
そういえばナタリアさんが、六歳を超えてから日に日に、デリラちゃんの『遠感知』だと思う感覚が鋭くなってるような気がするって言ってたんだ。
もしかして、このこと?
『そうね。ほら、デリラちゃんが待ってるじゃないの?』
相変わらずお酒をがっつり飲む癖して、ご飯はほぼほぼ食べないエルシーは、食堂に来ることはないんだ。
ナタリアさんから毎日マナをもらってるみたいだし、お酒は飲むからいらないのかもしれないけどさ。
エルシーは俺を通して、デリラちゃんの言ってることがわかるみたいなんだよね。
デリラちゃんも凄いけど、エルシーも進化してるんじゃないの?
案外。
『わたしのことはいいから、ほら。デリラちゃんが待ってるわよ?』
はい。わかりました。
「うん。ありがとう、デリラちゃん。いってきます」
「おじーちゃん、おばーちゃんも、いってらっしゃい」
「あ、あぁ。ありがとう。いってくるね」
「えぇ、……いってきます、デリラちゃん」
父さんと母さんも驚いてる。
そう、まるでオルティアみたいなんだよ。
「お呼びニ、なりましたカ? 若様?」
食堂を出て行く瞬間、振り向くオルティア。
いや、別に呼んだわけじゃないから。
「いや、ごめん。違うんだ」
「そうですカ……」
「そんなにがっかりしないでってば」
「ぱーぱ」
あ、デリラちゃんが、俺を注意するときの、ナタリアさんみたいな表情になってる。
母娘だから、似てるんだろうけど。
これはやばい、まじめに呆れてるかも。
「あ、はい。ごめんなさい、今のはぱぱが悪かった。ごめんね、オルティア」
「はイ。気にしていませんのデ」
「ぱーぱ、いいこいいこ」
デリラちゃんは、俺の膝にちょこんと座って頭を撫でてくれるんだ。
でもなんだかなぁ……。
嬉しいけど微妙な感じ。でも、こうしてくれるデリラちゃんは、以前よりもまたお姉さんになったってことなんだよな?
ナタリアさん、デリラちゃん、オルティアの三人に見送られてテラスに出ると、ルオーラさんとテトリーラさんが準備を終えてた。
今回、俺たちを送ってくれるのは、ルオーラさんとテトリーラさんの二人。
俺がいくら変装をするからといって、昼間馬車で行くわけにはいかない。
だから、ルオーラさんには俺とエリオットさん。
「ルオーラ殿、この度はよろしくお願い申しあげる」
「いえ、師匠。光栄にございます」
そういやこの二人、弟子と師匠だったんだ。
受け答えから、ルオーラさんが勝手に師匠と決めたわけじゃないっぽい。
『うちの主人は、こうなのですね。知りませんでした』
「グリフォン族の男性を弟子にしたと聞いたときは、私も最初は驚いたんです」
「いやその、まぁいいですけどね」
母さんとテトリーラさんは楽しそうに話してる。
なんか、父さんが居辛そうな感じだね。
『ウェル。ボロを出すんじゃありませんよ?』
わかってます。
今夜のエルシーはいつもの大太刀じゃなく、母さんの長刃に宿ってるんだ。
刃部分の魔石純度が高くて大きいからか、思ったよりも居心地がいいって言ってたんだ。
エルシーの部屋には、青の大太刀が置いてある。
もし、王城で何かがあった場合、エルシーが先に戻って対応できる。
そういう意味もあるんだってさ。
俺が今日、ヴェンニルとエルスリングを抱えて、『鬼人族の鍛治師』のふりをして同行することにした。
だから俺は、鬼人族の民族衣装を着て、鬼の面をつけて角も一応生やしてる。
あくまでも、父さんと母さんの付き添い、立場的にはエリオットさんと一緒?
元々クレンラード王国には俺と父さんで行くつもりだったんだ。
けれど母さんも行くとか言い始めちゃったんだよ。
母さんも行くといったきっかけは、『夜、ルオーラさんに乗せてもらって行く』だったからかな?
母さんは、テトリーラさんの背中に何度も乗せてもらってるはずなんだけど、まさか、こっそり侵入するみたいなことになりそうな今回だったから、余計に面白そうとか思ったってことないよね?
でも母さんと父さんの話にはさ、『ずるいですよ』という声が聞こえたから、もしかしたらそうなのかもしれない。
それで結局、俺、父さん、母さん、エリオットさん、ルオーラさん、テトリーラさんの六人で行くことになったんだ。
『では、まいります』
ルオーラさん、テトリーラがゆっくりと空へ舞い上がる。
俺が造った、王都と領都を結ぶ街道を過ぎて、あっという間に領都へ入る。
領都とクレンラード王国を隔てる関を抜けて、城下町の上空へ。
父さんの馬車は案外目立つから、日の落ちたこんな時でも、目立ってしまうと思う。
俺は『空をいけば怪しまれないでしょう?』と言うと、父さんはすぐに納得。
夜にこっそり訪問しようということになったんだよね。
「ルオーラさん、一番高いところ。あれから、一段落ちた場所が見えるかな?」
父さんが指し示す場所は、少し広くなってるテラスにも見えるんだ。
あれ?
もしかしてあそこは、母さんから聞いたことがあった例の場所じゃない?
『はい』
「そこに降りて欲しいんだ。実はあの場所。僕しか入れない部屋に繋がってるんだ」
「あそこはね。私が勇者になる前、クリスエイルさんを初めてみつけた場所なんですよ」
「あ、そういうこと」
「そうだね。僕は身体の調子がよかった年があって、何度か挨拶をしたことがあったんだ」
なるほどね。
父さんが若いころに生活してた部屋か。
成人したあと、ロードヴァット兄さんが王位に就いて、父さんは領都に移り住んだんだっけか?
音もなく、誰に見られることもなく、父さんが指示した場所へ降りたルオーラさんとテトリーラさん。
降りた場所は思ったよりも広い。
縦横、千小金貨くらいはあるかな?
ここで父さんが挨拶をして、母さんが父さんに一目惚れしたんだっけ?
「ここでね、クリスエイルさんの姿を見て、私は一目で……、あら嫌だ。何を言ってるのかしらね?」
『マリサちゃんはほんと。いつまで経っても、乙女、ねぇ』
「エルシー様っ、そ、そんなこと」
いや確かにさ、デリラちゃんが日に日に能力を高めるみたいに、日に日に若々しくなってるんだよ。
父さんもそう、『俺の兄?』といってもいいくらいの見た目だし。
ナタリアさんから治療を受けて、身体が正常に戻りつつあるってことなのか?
エルシーが言ってたように、マナの量が多い人間は、『人の枠を超えてしまう』のか?
『だからいったじゃないの。ウェルは「おばけ」なんだって』
誰も笑ってない。
てことはなんで、俺にだけ聞こえる方法で言うのさ?
『ほら、付き人さんが遅れてどうするの?』
「あ、はい」
父さんが部屋の中へ通じる扉の鍵を開けた。
するとそこは、がらーんとした何もない部屋。
誰も住んでないから、人がいるような匂いじゃなく、前に嗅いだ『できたばかりの王城』みたいな匂いがするんだ。
「ルオーラさんたちはここで待っていてくれたらいいよ」
『はい。かしこまりました、お館様』
「では、わたくしもこちらでお待ちすることにしましょう」
「悪いね、エリオット」
「いえ、いってらっしゃいませ」
「ウェル君はここから声を出さないでくれるかな?」
「はい。俺は『鬼人族の鍛冶師』ですからね」
「そうそう。名前は『ルウーエ』でいいかな?」
「はい。でもなんだかどこかで」
『馬鹿ね。ウェルを入れ替えただけじゃないの?』
あ、そうか。
父さんは、反対側のドアの鍵を開けた。
あ、見覚えのある通路だ。
そりゃそうか、通路なら王城はどこでも似たようなものだから。
でもここ、一番端なんだ。
父さん、こんなに地味で静かな部屋で、若いころ過ごしてたんだな……。
「ここの鍵はね、僕が領都へ移った際、渡し忘れちゃったんだよね」
ただそれだけですかっ?
それでここは開かずの間になってるってわけなんだ。
道理で、人の住む気配がないわけだよ。
父さんのことだから、こういうことを予想して、返さなかったこともあり得るんだけどね。
あ、この通路、やっぱり見覚えがあるわけだ。
ロードヴァット兄さんたちの部屋と、同じ階だよ。
『さて、まだ普通に起きてるはずだけど』
小声でそう言う父さん。
何やら楽しそうな表情してるよ。
俺も知ってる部屋の前で、父さんが足を止めた。
もちろん、母さんも知ってるような表情してる。
父さんと目を合わせて、頷いて笑ってるからね。
父さんがドアをノックした。
珍しいやりかた、三回叩いて、少し待って、また三回。
すると、内側から鍵が外れたような音がするんだよ。
『入れ』
あ、この声。
間違いないわ。
父さん遠慮なしにドアをあけた。
「偉そうだね」
「……に、兄さんっ」
「しーっ。夜なんだから静かに」
「す、すみません」
「あなた。どうかされたのですか?」
奥の寝室(だろうと思う)から、フェリアシエル姉さんの声が聞こえる。
あ、こっちへ歩いてくる足音と、気配が感じられる。
「…………」
父さんと母さんの姿を見てかな?
フェリアシエル姉さん、固まってる。
「お、お義姉様っ、いらしていたとは知りませんでした。も、申し訳ございませんっ」
ありゃ、五体投地。
ロードヴァット兄さんも揃って同じように。
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