第百三十九話 夜の訪問 その1
父さんからお願いされて、グレインさんへお願いをして、魔剣エルスリングと魔槍ヴェンニルの補修作業が終わった。
鋼部分もあちこちくたびれていたらしく、補修をしてくれたみたいでさ、俺が使ってたときよりも立派になったような感じがするんだ。
まぁ、数百年ものあいだ、まともに調整すらしないで魔獣を斬りまくってたんだから、くたびれもするわな。
見た目は以前と同じよりも、ややしっかりしたものになったような気がする。
父さんたちと相談した結果、万が一のために使い勝手と、使い手への敷居の高さを底上げしておいたものは、満足のいくものに仕上がっていた。
ライラットさんたち勇者さん、俺、父さん、母さんで出来具合を確認をしたから間違いは起きないと思うよ。
俺、父さん、母さんは余裕で扱えたけれど、槍の勇者ライラットさん、ジョーランさんは新しいヴェンニルを制御しきれなかった。
剣の勇者アレイラさん、ジェミリオさんは、彼らと同じようにヴェンニルは制御できずだったが、新しいエルスリングの制御には成功した。
俺や父さんが思うにおそらくは、ライラットさんとジョーランさんより、アレイラさんとジェミリオさんのほうが、マナの総量などの多さが勝っているんだろうね。
父さんたちは、『クレンラード王国に魔槍と魔剣を返してしまうと、俺を傷つけることが可能になってしまうのでは?』という懸念をしていた。
けれど俺は、『意識的に強力の魔法を使えば、魔剣でも耐えられる』という検証結果が出ていたのを教えたんだ。
もちろん、『おばけ扱い』されたんだけどね。
ものすっごく、理不尽だよ……。
補修が終わったらすぐに持って行くと約束したわけじゃないだろうから、父さんは腕組みをしてちょっと考えてた。
「さて、いつ持って行こうかな? 次の機会でもいいんだけど、どうだろうね? マリサさん」
「そうですね。あなたひとりでこれを持って行くのでしたら、多少かさばるでしょう。それならいっそ、私も行こうかしら?」
確かに、ヴェンニルは長いし、エルスリングは少々大ぶりな剣だから、荷物として持って行くならかさばるだろうな。
あ、そうだ。
「父さん、母さん」
「どうしたのかな?」
「どうしたの? ウェルちゃん」
あー、うん。
母さんはもう、『ウェルちゃん』で固定なのね?
まぁいいけどさ。
「それ、俺も行っていいかな?」
「「え?」」
『ウェル、あなたねぇ』
エルシー、そんなに呆れることないじゃない?
「あなた」
「うん」
「いやさ、別にこのまま馬車に隠れてこっそりとか、このままこの姿でってわけじゃなくってね」
「というと、どういうことだい?」
「何か、考えてるの?」
『そうよ。どうするつもりなの?』
エルシーまで……。
俺は、ちょっとした提案をしたんだ。
すると、思ったよりも三人の反応は悪くないんだよね。
「そうか。その方法があったんだね? それは面白いかもしれない」
「えぇ。私もそれは賛成だわ。仕上がり次第かもしれないけれど」
『あなたが作るよりは、立派な物ができあがるでしょうね』
一部、さんざんな評価だけど、それを実行に移すということになったんだ。
グレインさんの工房で、俺の前にいるのは、おかみさんのマレンさんと、木工職人でルオーラさんの奥さん、テトリーラさん。
「テトリーラさんにはね、これをこう。こんな感じに、作ってほしいんです」
『別に難しくはありませんよ。マレンさん。ウェル様の採寸、お願いできますか?』
「あぁ、すぐにできるよ。任せておくれ」
「それでマレンさんには、この部分の金具を作ってほしいんですね。こう、固定できるように固定具も一緒に」
「これは面白そうだね。それで、鬼というと、私たちに伝わる『赤羊鬼』や『青羊鬼』みたいな感じでいいのかな?」
赤羊鬼と青羊鬼の話は、以前文献をみせてもらいながら、話をしてもらったことがあったんだ。
鬼人続の祖と言える、遙か昔に人と交わったらしい、本物の鬼と言われた化け物らしいんだよ。
もう、滅びてしまったらしいんだけどさ、男性や子供たちの赤い角も、女性の青い角も、その赤羊鬼と青羊鬼の血を引いてことが関係してるんじゃないかって、そういう話。
「赤羊鬼かな? かっこよかったし」
「ウェル様は、子供たちと同じ感性を持ってるんだねぇ」
そう言って、マレンさんは笑う。
『えぇ。良いことだと思いますよ』
なんでテトリーラさんも納得してるんだか?
『ウェルはね、まだお子様だっていうことなのよ。きっと』
はい。
どうせ俺は子供だよ。
「ちょっとグレインさん。動かないでよ」
「いや、そうは言ってもなぁ」
「確かに僕もね、グレインさんのものが、一番雄々しい感じがすると思うよ」
「お館様まで、褒められてるんだか、よくわからねぇよ」
「なるほどね、ちょっと触るよ」
「くすぐったいんだが……」
「我慢我慢。なるほどなるほど。デリラちゃんや、ナタリアさんの角とはちょっと違うんだな」
俺は、グレインさんの角の生え際を見せてもらってる。
この、いかにも折れそうにないところも、男性って感じがするんだよ。
全く同じ角を持ってる人はいないんだ。
個性があって、男性なのに柔らかい印象があったり、グレインさんみたいに雄々しく、刺さると痛そうな感じだったりね。
女性でも、ナタリアさんみたいに優しい感じが多い反面、案外やんちゃそうな角をもってる子もいるんだよね。
グレインさんの角を直接見ながら、俺は空魔石を集めて大きくしたものを、似た感じに作り込んでいく。
最近、こういう加工も慣れてきてさ、案外細かい芸当もできるようになってきたんだ。
左右、結構違うもんなんだな。
面白いよ、実際。
「うん。いい感じだと思うよ」
「ありがとう。父さん」
「俺の角は、こんな感じなのか? こそばゆいというかなんというか……」
何気に照れてるグレインさん。
「はいはい。ちょっといいかしらね?」
「あ、マレンさん」
「ほら、動かないの。採寸しているんだからね」
「あははは。ウェル族長、動くなよ?」
「しっかりやり返されてるねぇ」
「別にいいんだけどさ」
何やら、目盛りの書かれた細い布を俺の頭に巻いたり。
頭頂部から顎に巻いたり、逆の顎に巻いたりして、俺の頭と顔の大きさを測ってくれてるのはわかるんだけど。
なんか、遊ばれてるみたいでちょっと微妙な気持ちになるんだよ。
実際、グレインさんは腹を抱えて大笑い。
父さんは、苦笑してるし……。
父さんの持ってる文献にも、昔あった重鎧を着ける際、頭を保護する鉄兜があって、頭全体すっぽり被るものもあったんだって。
それを真似て、全体が隠れるような、鬼の面を作ってもらってるんだよ。
鉄だと重たいから、木製のね。
木製っていったって、かなり丈夫だってテトリーラさんも言ってたし。
「いやしかし、見事なものだね」
「あぁ。これは外に知られてはまずいものだな」
俺は、空魔石で作った角に、マナを注いでる。
透明に近い状態だった角が、グレインさんの持つ角そっくりの赤みを帯びてくるんだ。
実際こうして再生した魔石で、明かりの魔法回路が動いたから、本物だってことになったんだし。
俺が一番驚いてたんだよね、自分でやっておきながら。
できあがった角をマレンさんに渡して、あとは組み上がるのを待つばかり。
面の目にあたる部分は、空魔石でオルティアに作ってあげた眼鏡を参考に、真っ平らで目の形にして、少しだけマナをながしてあるものを使う予定。
面の厚さは一小金貨くらい。それでも凄く軽いんだよ。
「どうだい? 苦しくはないかい?」
「そうですね。息苦しい感じはしないんですけど、ちょっと蒸れる感じはあります」
「そうかい。前から横か後ろに、うまく抜けるようにしないと、駄目だねぇ」
『えぇ、そうですね』
テトリーラさんは、爪にマナを流してるのか、まるで根野菜を切るみたいな感じで、あっさりと空気穴を開けるんだよ。
万が一割れてしまっても大丈夫なように、三つほど同じ物を作ってるらしいし。
仕事が早いよね、うちの職人さんって。
俺が作った角もね、中空にしてあるからそんなに重くならない。
だから空魔石の量も、比較的少なくて済んだんだよね。
「どうかな? これで苦しくはないかい?」
「はい。苦しくないです。蒸れる感じもないですよ」
「そうかい。それにしても」
「なんですか?」
「厳ついねぇ。子供がいたら、泣いてしまいそうなくらいに」
「え?」
俺は面を外して、正面から見たんだ。
木製の面を赤黒い染料を使って染めているから『赤羊鬼』の感じがよく出てる。
けどこれ、怖いか?
俺はかっこいいと思うんだけどねー。
「あとは角を取り付けて完成だね」
「ありがとうございます」
「いやさ、工芸品としても面白そうだからね。これを半分、顔の部分だけにしてもね」
『えぇ。面白いと思いますよ』
そうなのかな? まさかそのうち、子供たちが頭の横にくくりつけて遊び回るような、一般的な工芸品になるとは思わなかったんだけどね。
思ったよりも軽いし、頭から顔全体で支えるような感じになってるから、思ったよりもぐらつかない。
薄い空魔石の板越しに見える視線、オルティアはこんな感じに見えてるんだろうな。
できるなら、もう少し透明度を上げられたらいい。
そうなったら、新しい眼鏡を作ってあげようと思う。
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