第百三十八話 魔剣と魔槍の話 その2
「さてウェル君」
「はい」
「あらかじめね、グレインさんには相談しておいたんだ。もちろん、ウェル君にも最終確認をしてから、やるかやらないかを決めるつもりなんだけど」
「はい」
「先日ね、クレンラード王国へ、いつもの交易に行った際ね」
父さんが言う交易というのは、毎月一度、クレンラード王国王家へ魔獣討伐と魔石の譲渡などの折衝のことを言ってるんだよね。
「はい」
「そのときに、これを預かってね。ロードにね、『できたらなんとかしてほしい』と、泣きつかれてしまってね」
確かに、これをやったのは俺だから、俺の責任でもあるんだよね。
いくら母さんを助けるためとはいえ、溶かしちゃったのはまずかったかな?
『そうねぇ。わたしも咄嗟とはいえ、後先考えてなかったわ』
あ、エルシー、起きたんだ?
『起きたのはついさっき。マリサちゃんから聞いたわ。「それ」のこと、十分相談して決めたらいいわよ。わたしは構わないから、判断はウェルたちに任せるわね』
うん、わかった。
父さん、グレインさんと相談して決めることにする。
『悪いわね』
ううん。
大丈夫だから。
なるほど。
父さんの話ではこうなんだよ。
あちらの王城前、中庭にある『休眠の台座』は、何も刺さっていない状態。
俺が両方の刃を溶かしちゃったから、刺さるわけもない。
次の代の国王、または女王が生まれて、良い国になったとなるまで、国庫に収納する約束はしてるらしい。
そういや、養子は不可で、頑張ってもう一人って話だっけ?
母さんがそれは引かなかったから、ロードヴァット兄さんも大変だな、これからだもんな。
ちなみに、ロードヴァット兄さんも、フェリアシエル姉さんも、父さんの具合が良くなった理由をはっきり知らないらしい。
父さんは、毎日諦めずに、負担がかからないよう長い時間鍛錬を続けた。
だから、自力でなんとか治すことができたのかもしれない、と。
だが、『これだけ時間もかかってしまったよ』と、苦笑するように説明したそうだよ。
もちろん、父さんと母さんが若返った理由は、とぼけたらしいよ。
マリサも毎日鍛錬を欠かさない。
『お前たちが運動をしていないからではないかい?』ってね。
母さんが言うには父さんは、ジェミリオさん、アレイラさんたちが持ってる魔剣くらいなら、余裕で制御できるんだって。
だから魔石だけで打たれた魔剣に挑戦したらしいんだ。
剣技だけなら父さんは俺以上だって、エルシーも認めてるくらいだよ。
ちなみに、エリオットさんと、バラレックさんところで調べた結果、『休眠の台座』は、金属と薄い空魔石の層が何層にもなっているのだろう、とのこと。
全体が魔石という俺の予想からは外れた感じだったんだ。
そもそも、クレンラード王国には魔石を制御できる人が、勇者以外にいない。
魔石が制御できなければ、魔剣に付随する魔石でできたものを作るなんてありえない。
『休眠の台座』がどうやって作られたか、誰が作ったのかも文献にも残っていない。
エルシーの時代にはすでにあったそうだから、謎のままなんだよね。
「さて、ウェル君。どう思う?」
「そうですね。あちら側で現在、魔石を制御できる人はベルモレット君だけですよね?」
「あぁあの、勇者だったという少年のことか?」
グレインさんには話してある。
マナの総量と放出量、勇者としての資質は正直言えば、ライラットさんにはかなり劣る。
十五のころの俺より少しはマシという程度なんだろうから。
「そうだね。あれから少しは、普通に暮らせるようになったと報告は受けてるけれどね」
ヴェンニルを使いすぎて、慢性的なマナの枯渇状態に陥った彼。
マリシエールさんがずっとついていて、治癒を続けたらしいけど、どれだけ役に立ったかわからないんだけどね。
なにせ、彼女は父さんの病を治せなかったんだから……。
「俺がもっとしっかりしていれば……」
「何もウェル君が悪いというわけじゃないさ。僕にだって責任はあるんだ」
「父さん……」
「そうだぞ。俺が考えるに、己を律することができなかった少年が悪い」
「グレインさん」
「もし、ライが乱心したらな、漏らしてガキのように泣きじゃくるまで、男として立ち直れなくなるまで、殴り続けるところだな」
「それは怖い……」
「たしかに痛々しいね……」
グレインさんならやるな、まじめに。
なにせ、ライラットさんに強力を教えるとき、腹を、腹筋を殴って教えたらしいから……。
「魔剣も魔槍も、薄くないと魔獣に刺さらない。それならとにかく、制御できないくらいに鈍器に近い状態するといいんじゃ?」
「なるほどね。以前よりも魔石部分が薄く、同じように見えても」
「あぁ。刃に見えるなら、刃でなければいいわけだ」
どうせしばらくの間は、クレンラード王国の国庫に収納される。
国王の世代交代とともに、時が経てばある程度の違いはわからなくなるだろう。
違和感があったとしても、『そういうものだと』認識されるはずだ。
刃部分を太く鈍く、ライラットさんたちでも制御がしにくいほどの形に整える。
もし『休眠の台座』に刺してあったとしても、誰かは抜くことは可能だろうう。
だが、刃として鋭くなりにくいなら、抜くのも難しくなるはずだ。
打ち終わったら、同じ魔槍使いのライラットさんに制御してもらってみて、刃として使いづらい程度に作ってみる。
同時に、俺や父さん、母さんくらいなら使える鈍さにすればいい。
柄や芯になる鋼部分は本物だから、見た目に違和感は出ないだろう。
打ち直したあとは、『使い手の命を縮めて刃を操作し、魔物を傷つけるのが可能になるだけ』と、それを伝えることを条件に、クレンラード王国に戻すことにしようということになったんだ。
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「ライラットさん。どうかな?」
「これ、恐ろしく使いにくいです。無理に刃を鋭くしようものなら、マナをごっそり持って行かれますし……」
ジョーランさんも、ジェミリオさんも、アレイラさんも同意見だったようで、『うんうん』と頷いて苦笑するばかり。
「どれ、ライラットくん。貸してごらん?」
父さんがライラットさんから、魔剣エルスリングを受け取った。
「うん。昔見たとおり、遜色ない仕上がりだと思うよ。どれどれ……」
父さんは余裕で制御してみせる。
「どうした? お館様に負けてるぞ? 結局だな、ライがだらしないだけじゃないか?」
「ひでぇ……」
皆、グレインさんとライラットさんのやりとりに苦笑する。
父さんの隣で、ヴェンニルを片手で握って制御する母さん。
額に汗を滲ませることもなく、難なくやってのけるのはさすがとしか言いようがないね。
「多少癖はあっても、こんなものじゃないかしらね?」
この魔槍ヴェンニルは、現役の槍の勇者、ジョーランさんも、ライラットさんも制御が難しく思ったはずだ。
二人が持つ魔槍と比べると、刃の部分がぶ厚く、魔獣を貫くのに必要な制御が倍程度になるからだろうね。
魔石の含有量も五割ほど多いから、制御する際に必要なマナの量も、必然的に多くなる。
しばらく練習したなら使いこなすことは可能だろう、グレインさんは、その程度の鈍化に成功したということだった。
アレイラさんとジェミリオさんも、魔槍ヴェンニルの制御は苦戦していたみたいだけど、魔剣エルスリングの制御だけは、なんとか成功していた。
それはおそらく、彼女たちのマナの放出量が、ライラットさん、ジョーランさんよりも多かった。
要は『お姉さん』だったからかもしれないんだよね。
「そういえばマリサさん」
「何かしら?」
父さんは、隣の母さんに話しかける。
「この二振りをね、仮に隣りに返しちゃうとするよね?」
「えぇ」
「ウェル君を傷つけることが可能になるんじゃないかな? って思うんだけどどうだろう?」
「そうねぇ……」
母さんも難色を示している。
「返すのやめたほうがいいかもしれないね」
「あ、父さん」
「なんだい?」
「きっと、『だいじょうぶ』だと思いますよ」
「それはなぜかな?」
「えっと先日」
俺はライラットさんたちを見て、肩をすくめた。
「俺、強力を意識的に使ってみたんですけど」
俺が無意識に強力を使っていたと仮定して、意識的に使ったとしたら、という実験をしてみたんだよね。
「うん」
「気合い入れたら、結構耐えられました」
「え?」
「え?」
「その、ライラットさんたちに斬ってもらったんですけど、魔槍で……」
すると父さんは、ものすごーく呆れた表情で。
「ウェル君」
「はい」
「君はどこまで『おばけ』なんだい?」
「全くよ。ウェルちゃん。大概にしないと」
「あー、ウェルさんなので」
「だよな。ウェルさんだから」
「そうね。ウェルさんですから」
「はい。ウェルさんですもの」
ライラットさん、ジョーランさん。
アレイラさんとジェミリオさんが、苦笑してる。
『だから言ったじゃないの。ウェルは「おばけ」なんだって』
みんな酷いよ……。
その晩、ナタリアさんには呆れられて、デリラちゃんは、お腹を抱えて笑ってたっけ。
「ぱぱはおばけだからねー」
「そうね。あなたは『そういう人』ですからね」
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