第百三十五話 ふぉりしあちゃんがきた。その2
「とうちゃーく」
「お、おう」
俺の前に座ってるデリラちゃんが、両手をあげてそう言うんだ。
俺もつい、デリラちゃんに合わせて両手をあげそうになったから、誤魔化すように返事をするだけ。
「あれ? ここってどこ?」
それもそのはず。
デリラちゃんはきっと、場内をあちこち探検して回ったんだろうけど、俺はそれほど歩き回っていないんだよね。
外側はデリラちゃんと同じくらい、ぐるぐるしたと思うけどさ。
マナを使って、外壁を綺麗にしたときとかね。
この王城は、領都にある父さんの城を真似て作ったものだから、ある程度の土地勘みたいなのはあるんだ。
それにね、鬼人族の集落にあった、屋敷の延長みたいなものだと思ってたから、『ここがどこだかわからない』ってことはないと思ってたんだけどさ。
使うことも、探すこともなかったからわからなくて仕方ないけど、なるほどここが、『謁見の間』なんだろうね。
そういや、クレンラード王国で何度か似たような場所を見たことがあったかな?
こんな風に、ちょいと立派な背もたれつきの椅子が三つならんでたような、そうでないような?
真ん中が少しばかり小さくて、左が大きく、右が左よりやや小さい。
なるほどね、左が俺で、右がナタリアさん。
中央がデリラちゃんの椅子――いや、玉座ってやつか?
椅子は椅子でいいと思うんだけど。
並び順だけ聞かれたような記憶はあるな。
その並びにも、いくつか立派な椅子が置かれてるんだよ。
あ、もう、デリラちゃんが座ってる。
自分が座る場所、わかってるんだろうね。
「ぱーぱ」
「はいはい」
俺もデリラちゃんの隣りに座ったんだ。
ややあって、やってきたのは我らがナタリアさん。
「あなた、あたし、なぜこの部屋に?」
「ありゃ、ナタリアさんも知らされてないんだ?」
「はい。そうなんです。確かここは、何かの『式典』使われるはずだと聞いていたのですが、あたしこんな格好ですから……」
ナタリアさんの服装は、いつものように動くのが楽なようにと、鬼人族の民族衣装を着てるんだ。
これはさ、帯の部分が締まってぎゅっと持ち上げる効果があってさ、すっごく大きく――
『(ウェル)』
「はい、ごめなさい」
「あなた、どうしたのですか?」
「ぱーぱ?」
「うん。なんでもないんだ。心配させちゃってごめんね
『若奥様、どうぞおかけになってください』
「はい。ルオーラさん。あ、あなた、これ」
ナタリアさん、白鞘の大太刀持ってきてる。
あれってエルシーだよね?
昨日もしかして、お酒を飲んで寝ちゃって、……あ、そうか。
エルシーは最近、ナタリアさんが消費しきれないマナをもらってるって言ってたから。
俺からは受け取らなくなったんだよ、オルティアのこともあったからね。
エルシーでも、オルティアでもさ、枯渇ギリギリ限界近いところまでマナをもらってくれるとね、寝付きが良くなるんだ。
ついでに、朝、目覚めがすっきりするんだよね。
それはナタリアさんも俺も同じ意見だったはず。
「あぁ、エルシー。びっくりしたよ、寝てるもんかと……」
『わたしもね、ナタリアちゃんに起こしてもらって、さっき起きたばかりなのよ。その後ね、一緒に連れてきてもらったというわけ』
ということはエルシー、昨日、ナタリアさんからマナわけてもらうの忘れたんだ。
だから、寝てるうちにあの姿に戻っちゃったってことか。
最近、人の姿でいる時間が長いから、マナの消費も多いって話してたんだよね。
その上にお酒、飲んだらマナの消費が多くなるって言ってたっけ。
でも、エルシーの楽しみのひとつだから、それはやめてほしくはないかな?
「あ、そうだったんだ。ってことは、エルシーも知らないんだ?」
『なんとなくは知ってたのは知ってたのよ。「そろそろかしら?」と思っていたのだけれど、まさか今日だとは、ねぇ?』
ねぇ?
うん、俺はわかんないんだって。
隣の部屋があって、そこは謁見を待つ人の控え室みたいなものらしい。
あれ?
その控え室みたいな部屋から、なんでルオーラさんが出てくるの?
珍しいね、こんな姿は始めてみるんだけど。
『謁見の申し入れがありましたグリフォン族より、フォルーラ族長殿。どうぞお入りください』
『はい』
あれれ? 謁見する人って族長のフォルーラさんなの? だったら、エルシーとイライザさんがよくいる居間でも、食堂でもいいと思うんだけどな。
歩いてきて、ルオーラさんの左隣に立ち止まったんだ。フォルーラさんは名前を呼ばれたあとに、伏せをする感じに、頭を低くしてるんだ。
それと、見たことがない毛色のグリフォンさん。
多分女性?
首元に黒い帯状のリボンを結んでるんだよね。
可愛らしいっちゃ、可愛らしく見えるけど。
『続きまして、グリフォン族族長ご息女』
あ、あぁ。あのフォルーラさんより一回り小さい子って。
『フォリシア殿、どうぞこちらへ』
なるほど、育ったねー。
少し前、羊魔族の集落であれこれあったとき以来かな?
前に会ったときより、二回りくらい大きくなってる。
横に居るルオーラさんほどじゃないにしても、フォルーラさんの半分――いや、六割くらいの大きさはあるかな?
『本日はお忙しいところ、お時間をいただき、ありがとうございます』
あれ?
いつもと様子が違うんだけど。
『(なるほどね、今日がその日になったわけだったの)』
俺にだけ聞こえるように、話しかけてくるエルシー。
器用だね、相変わらず。
ところでさ、『その日』ってどういうこと?
『(聞いていたならわかるわよ)』
でもさ、俺もナタリアさんも、デリラちゃんも知らされてないわけでしょう?
『(何も困ったことじゃないわ。王様なんだから、もっとどっしり構えていなさい)』
はい、わかりました。
「俺に? それとも、ここにいるエルシーにですか?」
『(あのねぇ。あなたは何?)』
あ、はい。
ごめんなさい……。
「俺にですね、はい。わかりました」
『いえ、ルオーラを通して、このように急な席を設けていただいたのは、我々の側の勝手でございますから』
「大丈夫ですよ。本題に入りませんか?」
王城を建てて、国を興して、まだ一度も使われていなかった謁見の間。
実を言うと、この椅子に座るのは、俺もナタリアさんも始めてのはずなんだ。
デリラちゃんは、もしかしたら遊びに来たことがあるかもしれないんだけどね。
だから、ずっと感じてる居心地の悪さ。いや、座り心地の悪さって言うの?
堅いんだよね、座面が。
それに、ちょっとばかり、狭いんだよ、椅子がね。
尻の収まりが悪くて、あまり座っていられないような、そんな感じがするんだ。
さておき、デリラちゃんを挟んで、俺とナタリアさん、起きたばかりで大太刀姿のままなエルシーの前に現れたのは、グリフォン族のフォルーラさんだった。
もう一人の、一回り小さなグリフォン族の人はきっと、デリラちゃんが待ち切れなさそうな表情をしているのと、さっきテラスにいたとき、俺の膝の上によじ登ってきたときに、『ふぉり――』って言いかけてたやつ。
『はい。この度は、精霊様であらせられる、エルシー様にお願いがあって参りました』
『え? わたし? ウェルに、じゃないの?』
ルオーラさんのほうを見たら、俺から視線を外して、斜め上を見てるんだ。
珍しいね、ルオーラさんが読み違えるだなんて。
ついでに失敗を誤魔化そうとするのも、滅多に見ることができない姿なんだよ。
慌ててエルシーは姿を現し、ナタリアさんの側にある椅子に腰掛けた。
フォルーラさんは、エルシーがこうして大太刀から人の姿になるのを見慣れてるんだろうね。
フォルーラさんがエルシーのいる椅子に向き直ると、隣りに居るフォリシアちゃんも一緒に同じ方向を向いた。
「そ、それでどういうことなのかしら?」
『はい。エルシー様、ウェル様にお願いがございます』
「あ、俺にもなんだ?」
「当たり前でしょう? あなたは仮にも国王なんだから」
「あははは。仮にもって、まぁ実感ないからいいけどね」
「ぱーぱ、ぱーぱ」
デリラちゃんが俺を急かしてる。
エルシー、話進めてよ。
『(わかってるわよ)』
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