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第百三十二話 はじめてのおでかけ その2

 デリラちゃんに手を振る人たちはその場を離れてしまったが、ジェミリオの笑顔の威圧を受け、我慢していた人たちは足を止めて見守っていた。

 よく見ると、デリラちゃんが進む方向へ、人の波が割れ、道ができてしまっている。

 デリラちゃんは笑顔でその道を歩いて行く。

 もちろんデリラちゃんは、道を譲ってくれた意味合いを肌で感じているからか、けっして走ったりはしない。

 デリラちゃんが向かうその先は、バラレック商会。

 入り口よりも、奥の奥。

 目的の人がいるはずの場所を、じっと覗き込む。


(うん、いるのね)


 デリラちゃんは、ひとり納得する。

 バラレック商会の正面に一度立ち止まると、オルティアがよく見せてくれる、会釈の仕草を真似る。

 オルティアのようにスカートが長くないから、両手で持ち上げているつもりの状態で、ぺこりと一礼。

 そのあと堂々と入るデリラちゃん。

 出迎えたのは、この売り場責任者、勇者のアレイラ。

 両手を大きく開いて、大歓迎の様子でいつも以上のお出迎えの様子。

 もはや来ることがわかっていたかのような、バレバレな状態。


「いらっしゃいま――」

「しー、なのね」


 デリラちゃんは口元に人差し指を添えて『お忍びなのよ』という仕草をした。

 それがまた、アレイラのツボにはまった。


「デリラちゃんね、おくにようがあるの。あとでまたくるのね」

『はい、おまちしてます』


 アレイラは、こっそり耳打ちする。


「うんっ、なの」


 通り過ぎた売り場の入り口には、デリラちゃんを一目見ようとするお客さんが群がっていた。


「はいはい。『お忍び』なので、今は立ち止まらないでください。あとでこちらへ来てくれるとのことですからねー」


 くすくすと笑い声が聞こえつつ、協力してくれる王都、領都の皆さん。

 一人だけその場に残った鬼人族の民族衣装を着たジェミリオ。


「お疲れさま、ジェミリオちゃん。異常はなかった?」

「姫様ったら、隠れるつもりがないものだから、すぐに見つかってしまうんですよ……」

「あー、まだ『お忍び』の意味がわからないのかも。……で、午後からはどうするの?」


 アレイラは上空にいたメアーザに手を振る。


「私はお昼のあと、お店に行ってしまうから、先生と交代する予定なんですよ」

「あー、先生も、ある意味、存在自体がお忍びみたいなものだから。領都の皆さんは、気づかないかもしれないわねー」

「そうね」


 二人が先生と呼ぶ人はもちろん、深酒をして寝坊している『あの人』のことだったりするわけだ。


 デリラちゃんは、お忍びにはあまりにも堂々とし過ぎた来店だった。

 ウェルと一緒にお買い物に何度か訪れているデリラちゃんにとって、勝手知ったるバラレック商会。

 デリラちゃんも大好きな、様々な甘味が所狭しと並べられている売り場の誘惑に負けないように、目標の場所まで一直線。

 先日、用事があって外出していた人を見つけ、強力(ごうりき)を発動させてジャンプ。

 酒場のカウンターのような受付机を飛び越えて、『誰もいないはず』の内側へ着地。

 そこは、ある女性の膝の上だった。


「あらぁ、姫様じゃぁ、ありませんかぁ?」

「マルテちゃん、ひさしぶりなのっ」


 声と同時に、回りと同化していた体色が戻っていく。

 デリラちゃんには、遠くてなかなか会いに行けないお友達と、近いけれど会いに行けないお友達がいる。

 前者は、グリフォン族の里にいるフォリシアで、後者はバラレック商会に勤める、スキュラ族のマルテだった。


「あらぁ? 陛下ぁ、ではなくぅ、ぱぱさんはぁ、どうしたのかしらぁ?」

「デリラちゃんね、きょう、ひとりで『おしのび』なのね」

「あらあらあらぁ? それはおめでたいですねぇ」

「あのね、みててほしいのっ」

「何をですかぁ?」

「えっとね、おなか――」


 デリラちゃんは、目をつむり、『ナタリア式マナ集中法』を続けていく。


「――せいれいさん、デリラちゃん、おねいがいなのね。みずをあつめてほしいのっ」


 前よりも流ちょうに、無理のないマナの動き。

 デリラちゃんはきっと、何度も練習したのだろう。

 両手を開いたそこに、二小金貨ほどの水の珠を集めてしまっていた。

 マルテと比べると、マナの総量も違っている。

 ナタリアですら、少ししか呼び出せなかった水の魔法。

 鬼人族とは相性が悪いはずのその魔法を、僅かとはいえ使って見せたデリラちゃん。

 額に少々汗は滲んでいたが、今度は倒れるようなことはなかったようだ。


「あらぁ? 気持ち悪くならないのかなぁ?」

「だいじょぶよ」

「姫様ぁ、よくできましたぁ」

「えへへ……」


 デリラちゃんはどうしても、マルテに会いに来たかった。

 水の魔法を使えるようになったと、言いたかった。

 マルテに褒めてほしかったのだろう。

 もちろん、マルテは驚いた。

 あれからそんなに時間は経っていないのに、少しだけ進歩していたから。


 しばらくの間、たっぷりマルテとのお話を堪能したデリラちゃん。


「マルテちゃん、またくるのねっ」

「お待ちしてますわぁ、姫様ぁ」


 そう言うと、デリラちゃんに手を振りながら、すぅっと姿を消すマルテ。

 デリラちゃんには、しっかりと彼女の姿が感じられる。

 だから先ほども、迷いなく飛び込んで行けたのだろう。

 バラレック商会、雑貨売り場の入り口付近に、約束したアレイラの背中が見えてくる。


「アレイラちゃん、あまいのっ」


 振り向いて駆け寄り、デリラちゃんを抱き上げ、頬ずりまでしてくる。

 ナチュラルに『強力』を使いこなし、無駄のない素早い動き、さすがは勇者といったところだろうか?


「はいはい、待ってました。えっとね、今日はこれとこれと――」


 目移りしそうなほどに、キラキラと輝いて見える砂糖菓子や、果物の砂糖漬け。

 この品揃えの豪華さは、魔族領などにも足を延ばす、交易商が基盤となっているバラレック商会だけはあるだろう。


「……もってかえるとね、ままがこまったかおをするの」


 それは仕方のないことだろう。

 でりらちゃんは、甘いものを食べすぎると、ご飯を食べなくなってしまうのだから。


「あー、そうですね。それなら、ここで食べて行きますか?」

「いいの?」

「もちろん。美味しいお茶もごちそうしますよ?」

「たべていくのっ」


 砂糖菓子などが置いてある売り場のすぐそばに、椅子と机を持ってくるアレイラ。

 彼女にとってこの程度、強力を使えば容易いことだろう。

 デリラちゃんはちょこんと座ると、期待感を胸にじっと待つ。

 目の前に注がれた、香りの良いお茶。

 これは常温でも十分に美味しい、珍しいもの。

 お皿の上には、小金貨大に削られた様々な砂糖菓子と、数種類の砂糖漬けが少しだけ置いてある。


「では、どうぞ、お昼ご飯前だから、少しだけ、ね?」

「うんっ」


 デリラちゃんは、横に座ったアレイラに向かって、いつもウェルにするように、口を開けて待っているではないか?

 アレイラは恐る恐る、薄い砂糖漬けを一枚、薄手の匙ですくい上げる。

 そのままデリラちゃんの口へ、誘導する。


「は、はい、どうぞ」

「あむ――んーっ、あまいのっ、すっごくすっごく、おいしいのっ」


 デリラちゃんは、両手のひらを頰に添えて、蕩けそうな表情を見せる。

 店先で、その姿を見守っている、王都領都の皆さんは口々にこう言う。


『あれ、すごく美味しそう』

『あとで、買って帰ろうかしら?』


 このチャンスを逃さないアレイラ、ちゃっかりデリラちゃんを広告塔にしてしまう。


「おいしいのっ」


 こうしてこれからもたまにだが、王都領都の皆さんたちに温かく見守られながら、甘い物を堪能するデリラちゃんの姿が見られるようになるのだった。


 お茶を飲んで、口の中に残った甘い物を流したあと。


「アレイラちゃん、あのね?」

「なんでしょ?」

「おはな、たくさんよういしてほしいの」


 デリラちゃんが、何を言いたいのかすぐに察するアレイラ。


「わかりました。お昼あとにもういちど寄っていただけますか?」

「うんっ、わかったの」


 王都にいる皆さんとすれ違う恐れがあるときは、強力を使っていなかった。

 万が一、怪我をさせてしまうのは怖いと、デリラちゃんは肌でわかっているのだろう。

 ただこの甘い物を堪能している間も、弱く強力を使って、しっかりマナを消費している。

 何故かというと、マナを増やして、オルティアにあげたいからだそうだ。


 王城の裏手から城内に戻る。

 デリラちゃんがドアを開けようとしたとき、内側から音もなく開くと、そこにはオルティアが待っていた。


「おかえりなさいまセ、姫様」

「うんっ、ただいまなの」


 お昼の時間にはまだまだ早いが、オルティアに抱き上げられて、お部屋へ戻るデリラちゃん。

 着替えを手伝ってもらい、寝間着に着替えると、ベッドへ飛び込む。


「でハ、お昼前にお迎えしますネ」

「うんっ、おやすみなの」


 さすがに初めての外出。

 少し疲れたのか、お昼より早く戻ってきてお昼寝することになった。



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