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第百二十九話 デリラちゃんのいちにち その2

 朝ご飯が終わると、ウェルはさっさと自分の工房へ。


「ぱぱ、いってらっしゃいなの」

「おう、デリラちゃん。行ってくるね」

「あいっ」


 ナタリアは、マリサとクリスエイルの治療のため、二人の部屋へ。


「まま、おばーちゃん、おじーちゃん。いってらっしゃいなの」

「行ってくるわ。デリラ」

「ありがとう、デリラちゃん」

「あぁ、行ってくるね、デリラちゃん」


 鬼人族の集落で、ウェルを見送ったときのように、こうして毎日デリラちゃんは『いってらっしゃい』をする。


 デリラちゃんは、テーブルを拭いているオルティアを見る。

 他人(ひと)より表情の乏しい彼女は、それでも手を止めて口角を上げて微笑んでみせる。


「大丈夫ですヨ、わたくしはお仕事がありますのデ。いってらっしゃいまセ、姫様」

「うんっ、いってくるのっ」


 オルティアに見送られて、デリラちゃんも食堂を後にする。


 デリラちゃんは、六歳の誕生日あとに、ナタリアから強力(ごうりき)の魔法を教えてもらった。

 そのあと、宝飾品職人としてクレイテンベルグ王国(このくに)でも有名になっているウェルが作った、純魔石製の腕輪をもらう。

 それはとなりの国、クレンラード王国の宝物庫に眠る『聖女の杖』同様、魔法の効果を増幅することがわかっていた。

 ナタリアがやってみせたように、デリラちゃんもしっかりと腕輪を使いこなせている。

 今や無意識レベルまでに強力を使いこなしているデリラちゃん。

 腕輪へマナを通すこともこれまた、自然にやってのけているのだ。


 六歳になったばかりのデリラちゃんは、普通に考えれば歩幅も狭く、もし走ったとしてもたいしたことはないように思えるだろう。

 だが、強力と腕輪を使いこなしているデリラちゃんは、普通の子供とはひと味もふた味も違う。

 鬼人族の若き勇者、ライラットたちを除けば、本来強力というのは、重たいものを持ち上げたりする場合に使われるもの。

 ただ、その使い方を完全に理解してしまったデリラちゃんと、普通の同い年の子たちを比べてはいけない。

 デリラちゃんは、体内に内包するマナの総量が、鬼人族で一番多いとされているナタリアの娘だけはある。

 比べたことはないのだが、エルシーの調べでは、おそらくは勇者たちより多い可能性があるのだ。

 その上、それなり以上の長い鍛錬の末に、魔剣や魔槍の魔石制御と、強力を同時に展開するということを成し遂げた勇者たちよりも、デリラちゃんはマナの操作に長けている。

 だからだろう、もしデリラちゃんと同じ方法を同い年の子たちがやってのけたとして、マナがすぐに枯渇してしまう。

 そういう意でデリラちゃんは、血は繋がっていなくともウェルの娘。

 十分に『おばけ』の素質があるというわけだった。


 デリラちゃんは強力を使い、足腰を基準にした身体能力の底上げをすると、子供たちがスキップをするかのように走り始める。

 ただそれは、世間一般の子供の姿ではあり得ない姿である。

 なぜならデリラちゃんは腰壁を走ってしまうから。

 突き当たりを曲がろうとする際、速度を落としきれないこともあり、遠心力で壁を駆け上がってしまうのだ。

 極まれに、壁に小さな足跡がある場合、それはデリラちゃんがつけたものだったりする。

 今のデリラちゃんにとって、王城の中は狭すぎるのかもしれない。


 この王城は、領都にあるクリスエイルの領城と同じ造りだから、それなり以上に広いが、実のところここに住んでいる人数も少なければ、ここに勤める人数も多くはない。

 オルティアが来るまでは、勇者たちが(ひき)いる、鬼人族の少年少女が集う若人衆が、持ち回りで掃除などをしてくれていた。

 だが今現在は、フレアーネとオルティアの二人で、午前中の間にほぼ掃除や洗い物を終えてしまう。

 フレアーネはオルティアの義母でありながら、侍女としての師匠でもあり、家事の玄人。

 二人揃えば、若人衆の出る幕もないほど、見事な仕事をやってのける。

 そんな状況下だからか、王城でありながら城勤めの者が少ない。

 だからデリラちゃんが強力を使い、縦横無尽に走り回っても、ぶつかる心配がないのであった。


 階段を駆け下りて一階へ。

 ここは、ウェルの工房や、鍛冶屋のグレインの住居と工房。

 グリフォン族の執事、ルオーラと彼の妻テトリーラが住む住居と工房がある。

 もちろん、勇者と若人衆が使う詰め所もある。

 デリラちゃんはジャンプ一番、ある女性に両腕を広げて飛びついた。


「おはようなのっ」

「あら? 姫様、おはようございます」


 それは物静かな受け答え、長い髪の鬼人族の少女。

 王都で一番大きな酒場の一人娘、ジェミリオの姿。

 デリラちゃんの勢いをものともせず、しっかりと抱き留めてしまう。

 なぜならこう見えても、ジェミリオは勇者の一人で、強力の使い手だからだろう。

 一年前、鬼人族の集落にいたときのデリラちゃんを知っている。

 人見知りが酷く、族長の屋敷から姿を見せることはなかったからだ。

 だが今はどうだろう?

 こうして姿を見せるどころか、わざわざ会いに来てくれて、笑顔まで見せてくれる。


「あー、ジェミリオちゃんずるいっ。姫様、私も、私もっ」


 駆け寄ってきたのは、バラレック商会の看板となったアレイラ。

 ジェミリオごと抱きつくような感じでデリラちゃんにすり寄る。


「アレイラちゃんもおはようなのっ」

「おはようございます、姫様」


 アレイラの声で気づいたのだろう。

 若人衆の女の子たちが集まってくる。


「姫様」

「あい?」

「今朝はどうされたんです?」

「あ、そうだったの。エルシーちゃんがね、けさはむりっていってたのっ」


 ぽんと両手を叩いて納得してくれるアレイラ。


「そうだったんですね。わかりました。みんな、今朝は自主練よ。わかった?」

『わかりました』


 各自、自分でできることをするべく、アレイラの号令で戻っていく。

 そんな中、じっとこちらを見ている視線に、デリラちゃんは気づいた。


「あ、おはようなの。ライラット、……」


 あれだけ逃げ回っていたライラットにも、ふりふりと手を振っておはようをする。


「ひ、姫様……」


 嬉しさを噛みしめようとしていたライラットだったが――


「おじちゃん?」


 こてんと首を傾げてデリラちゃんはとどめを刺す。


「またおじちゃんだって。ライラット、ダメダメだなー」


 落ち込みかけてるライラットの肩をバシバシと叩くジョーラン。


「あ、ジョーラン、おじちゃん。おはようなの」

「お、おじちゃん……、ですか?」

「ぷぷぷぷ。デリラちゃんからみたら、十歳以上離れているんだもの、そりゃそうよね」


 アレイラがそう言うと、ジェミリオは無言で頷く。


「みんな、がんばってなのっ」


 手を振って、笑顔で詰め所を後にする。


 次に訪れたのは、一年前のデリラちゃんでは考えられない場所。


「グレインおじーちゃん。おはようなの。マレンちゃんも、おはようなの」


 詰め所の並びにある、鍛冶屋の工房。


「あらあら。姫様。おはよう」

「うんっ」


 グレインの妻、マレンがデリラちゃんを抱き上げる。


「なんと、ご成長されましたな、……姫様」


 グレインが涙を流して喜んでいた。

 グレインの手を握り、頭に乗せて『なでろ』という仕草をするデリラちゃん。


「い、いいのか? 本当に?」

「壊さないように、手加減するんだよ、お前さん」

「わかってる」


 恐る恐る、壊れ物を扱うようにそっと手を動かす。


「ごつごつー、ぱぱといっしょなの」


 ウェルの手は、剣の鍛錬で豆を何度も潰していた。

 若いころからずっとだったこともあり、けっして綺麗な手のひらではない。

 だからだろう、『ぱぱといっしょ』と言ったのは。

 もちろんデリラちゃんは、感じ取って知っている。

 この手が、魔獣を倒すために頑張ってきたということを。


 鬼人族の集落、その族長屋敷へ幾度となく足を運んだグレインだったが、その度にデリラちゃんが隠れてしまっていたのを覚えている。


 デリラちゃんは、手を振って『またなの』をして隣へ。

 グレインの鍛冶工房のとなりは、ウェルの工房になっている。


(ぱぱ、いっしょうけんめいやってるの)


 ウェルの工房にこっそり入り込む。

 いつも、お昼ご飯、晩ご飯時に呼びに来るのだが、ウェルはデリラちゃんが声をかけるまで気づかない。


(ぱぱ、がんばってなのっ)


 集中して作業をしているウェルの背中に声をかけるようにして、部屋を出て行くデリラちゃん。

 グレインの工房、ウェルの工房の並びにある工房。

 これまで二つの工房とは雰囲気ががらっと変わっている場所。

 王城は石材を組み合わせて作られているが、この工房の内装だけは、グリフォン族の里にある建物そっくり、部屋の中が木材で作られている。


「テトリーラちゃん。おはようなの」

『これはこれは姫様。おはようございます、あ、作業中なので、前に回らないでくださいね』

「わかってるの」


 デリラちゃんは、テトリーラの背中に顔を埋めて、その柔らかさを堪能しているようだ。


「おじゃましたの。またくるのっ」

『はい。いつでもいらしてくださいね』

「うんっ」


 

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異世界転移ものです

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勇者召喚に巻き込まれたけれど、勇者じゃなかったアラサーおじさん。暗殺者(アサシン)が見ただけでドン引きするような回復魔法の使い手になっていた。

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