第百二十七話 宿場町の引っ越し。
俺が育ったこの宿場町にある、母さん個人で作らせたっていうこの慰霊碑。
母さんは『専門じゃないからごめんなさいね』って言うけど、そんなことはないよ。
これは、クレンラード王国が建てたものじゃないから、管理なんてしてないんだ。
それでも、俺や母さんのような、魔獣に対抗できる者じゃないと、ここまで来ることはできないから、ここは俺か母さんしか訪れちゃいないはずなんだ。
大きさは、左右に百五十小金貨くらい?
高さは俺の背はないと思う。
幅は四百小くらい。
硬い平らにならした石に、ここにいたはずの人、七十人と、ここを訪れていた商人さんたち、旅の途中に寄った人たちの名前が刻んである。
わかる範囲なのは、わかってる。
でも、俺が思い出せるのは限界があった。
もちろん、父さん、母さんの名前も刻んであるよ。
俺は、水で濡らした手ぬぐいで、慰霊碑の名前が刻まれたところを綺麗に拭う。
「エルスタイン、……パラーシャ」
「ウェル様、もしや……」
「うん。話したことはないと思うけど、俺の父と母の名前だよ」
「そうでしたか。ウェル様がここへ来られるときは、一人寂しく語りかけるようにしていたので、わたくしは遠くでみまもるしかできませんでしたので」
「うん。そうしてくれたから、助かってるよ」
グリフォン族の皆さん、ルオーラさんに習って、一礼をしてくれてる。
ライラットさんと、ジョーランさんも、両膝ついて、手を合わせてくれてる。
「父さん、母さん、みんな。ここにいるのが、今の俺の仲間だよ。元気にしてるから、心配しないでほしい」
俺は慰霊碑全体を一度拭い終わると、みんなの顔を見た。
「よし、まずは、ライラットさん、ジョーランさん」
「「はい」」
無数に落ちてる、十年以上かけて潰していった魔獣のなれの果てを見て、俺は皆に指示を出しておく。
「二人は、グアールさん、ジアーラさんと一緒に、周りの警戒をお願い。俺が作業を終えるまででいいからさ。ここは猪型の魔獣しか出てこないから、適当にお願いするよ。骨だけになってる魔獣の死骸から、魔石の回収も忘れないように。あと、骨も墓地近くに集めておいてね」
「「わかりました」」
『『わかりました』』
俺は地べたに、母さんから聞き取りをして、父さんが清書したこの地の簡単な図面をみている。
この慰霊碑のおおよそ倍の幅、深さは五百小ほどと書いてある。
これらが全て入るような、入れ物を作ればいい。
幸い、ここには『材料が全て揃っている』のだから、俺にとっては容易いことだね。
俺は両膝を突いて、目の前に両手のひらをついた。
図面をみて、慰霊碑の場所をみて、頭に思い浮かべた半円状のものが固まるように。
幅は五十小くらいで、ぐるっと取り囲むように念じていく。
魔石の加工に比べたら、簡単だった。
縁の部分を周りの土を加工して、グリフォン族の人が掴めるくらいの持ち手を人数分作っていく。
俺はその持ち手を持って、足を思い切り踏ん張る。
「せぇのぉ、どっこいしょっ!」
すり鉢のような、大きな物体が、ほんの少しだけ持ち上がる。
「やっぱり俺一人じゃ無理か。でもみんなに来てもらってよかったよ……」
俺は同じような持ち手を複数作っていく。
そこにグリフォン族の人たちを配置して、ルオーラさんにも手伝ってもらう。
『それでは皆さん、いきますよ?』
『はいっ』
王都と領都を結ぶ街道を作ったときも、あの重たい石材を運んでもらえたんだ。
これもいけると思ってたんだよね。
うん。
俺の予想通り、少しずつ持ち上がっていく。
「一度そこに下ろしてくれる?」
『はい』
俺は半球状に凹んだ墓地に降りてみる。
ところどころ掘り返しては、土の面に遺骨が残っていないのを確認する。
うん、大丈夫みたいだ。
「じゃ、そのまま骨を落として」
『はい』
かなりの数の骨で、墓地があった場所を埋めていく。
「グリフォン族の皆さんは、抱えられるくらいの岩を各自もってきてくれるかな?」
『はい』
骨の上に積まれた岩。
俺はそれを崩すように、念じてマナを込める。
すると、骨の隙間に埋まっていく。
もう一度マナを込める、今度は平らになるように。
「こんな感じでいいでしょ。まず誰も来ることはないと思うけど、穴をあけたままにしたくなかったんだよね。うん。俺、皆を連れて行くから。今見守ってくれてさ、本当にありがとう」
魔獣のせいもあって草一つ生えなくなってしまった、この故郷を見回してそう声をかける。
「じゃ、お願いするよ」
『はいっ』
ゆっくりと、皆を連れて、俺たちは俺の故郷を後にする。
元々隣の領だったから、それほど時間はかからない。
少し飛ぶと、鬼人族の墓地はすぐに見えてきた。
「おーい、族長さんよぉ」
国王になった俺を、未だに前のまま族長と呼んでくれる、グレインさんの声。
先にルオーラさんに下ろしてもらう。
「ここでいいのかな?」
「おう。皆も喜んで迎えてくれるだろうさ」
「だといいけどね」
俺は両手をついて、半球状にあっさりと穴を開ける。
「そうだ。もうすこし。よしそのまま。いいぞ」
グレインさんが指示を出してくれる。
「ぱーぱ」
ナタリアさんと一緒に、先に来てくれてたデリラちゃん。
俺の肩に飛び乗って、頭越しに様子を見てる。
「ん?」
「おじーちゃん、おばーちゃん?」
「そうだよ」
ひょいとデリラちゃんを持ち上げて、俺のとなりへ下ろした。
「ぱぱ、最後の仕事があるから」
「うんっ」
ずしんと響く、クレイテンベルグ王国の地と、皆が眠る墓地の塊。
「ありがとう、じゃ、最後の作業だ」
俺は両手を持ち手につける。
崩れて、この地と繋がるように、念じてマナを流す。
見た目は変わらないけど、これで引っ越しは終わりなんだ。
持ち手もなくなって、平らな土の面と同化してる。
「あなた」
「うん。俺の父さん、母さん、生意気な幼なじみと、いつかお嫁さんになってほしかった、となりのお姉さん。そして、みんな一緒にこっちに来たんだ」
気がつくと、国のみんなが集まってくれてた。
膝を突いて、手を合わせたり、手を組んだり様々だけど、故郷の皆の冥福を祈ってくれてる。
「父さん、母さん、みんな。今まで放って置いてごめん。色々あってさ、今日になっちゃったんだ。……この人が俺の奥さんのナタリアさん。この子が可愛い娘のデリラちゃん。俺ね、公爵様だったクリスエイル父さんと、勇者だったマリサ母さんの息子になったんだ。エルシーも母親のように、俺を育ててくれたんだ。もう、心配ないよ。鬼人族の皆と一緒に、ゆっくり休んでね」
俺の後に、エルシーと、母さん、父さんが来てた。
デリラちゃんが、とことこと慰霊碑の前に歩いていって。
両手を広げて抱きついてる。
「おじーちゃん、おばーちゃん。ぱぱをだいすきだったみなさん。ぱぱをありがとう。みんなだいすきっ」
そう言うとね、デリラちゃんは俺の前に来て泣くんだ。
凄く優しい、笑顔をしながらね。
俺はデリラちゃんを胸に抱いて、『ありがとう』と声をかけた。
「お父様、お母様、皆さん、初めまして。ウェルさんの妻、ナタリアです。ウェルさんと巡り合わせてくれて、ありがとうございます。あたしのお父さんとお母さんも、ここにいますから。仲良くしてあげてください」
ナタリアさんは俺の腕にしがみつく。
母さんが立ち上がって、慰霊碑の前に。
「皆さん、守れなくてごめんなさい。駄目な勇者で、ごめんなさい。歴代最強の勇者、ウェルちゃんを、送り出してくれてありがとう。ここにいる皆の命を救ったのも、ウェルちゃんなんですよ? 褒めてあげてくださいね」
父さんが母さんの隣に並んだ。
「マリサさんの夫で、元クレンラード王国第一王太子、クリスエイルと申します。マリサさんの罪は僕の罪。魔獣を屠れる力を持ちながら、何もできなかった僕の罪です。すみませんでした。そして、ウェル君を育ててくれて、ありがとうございます」
母さんが父さんにしがみついて涙を流してる。
母さん、本当は涙もろいんだ。
知ってるよ、話してくれたもんね。
「俺もいずれ、ここに入ることになるだろうから、それまで待ってて欲しい」
「あのねぇ、ウェルみたいな『お化け』、何年かかると思ってるのよ?」
「エルシー、ここでそれを言う?」
笑い声が聞こえる。
「ぱーぱ」
「うん。じゃ、また来るよ。すぐ近くだからさ」
徐々に日も暮れてきた。
空は綺麗に晴れてる。
きっと、素晴らしい夜空になるだろうね。
「ウェル」
「ん?」
「なにか、憑き物が落ちたみたいな、晴れやかな顔になってるわね」
「まぁね、エルシー」
お読みいただきありがとうございます。
この作品を気に入っていただけましたら、ブックマークしていただけたら嬉しいです。
書き続けるための、モチベーションの維持に繋がります、どうぞよろしくお願いいたします。