第百二十一話 精霊様ならほら、身近にいるじゃない?
お昼ご飯後のあと、ナタリアさんは父さんと母さんの身体の調子を見て、そのまま治癒の奉仕活動を終えて戻ってきた。
そのあと、父さんと俺とナタリアさんで、デリラちゃんにあったことを話してた。
デリラちゃんはひたすら眠ってるみたいだけど、寝言を言ってるから大丈夫だろうという話だ。
今は、オルティアと母さん、エルシーがみてくれている。
「なるほど、水の魔法は存在してたんだね」
「うん。俺もびっくりしたんだ」
「それにしても、マナが多いはずのデリラちゃんが、そこまでになるのは」
「そうなんだよね」
「いや、無理矢理発動させたんじゃないかな? って」
「え? 無理矢理?」
『ウェル』
「あ、ちょっと待って父さん。エルシーから話がね」
「うん。わかったよ。エルシー様を優先するといい」
「ありがとう」
どうしたの? エルシー?
『デリラちゃんだけど、やっぱりマナが枯渇してたみたいね』
そうなんだ、大丈夫なの?
『えぇ。枯渇したからといって、わたしやオルティアちゃんみたいに、わけてもらうわけにもいかないでしょうから。でも寝ていたら大丈夫だと思うのね』
そうなんだ、うん、ありがとう。
『いいえ、どういたしまして』
「デリラちゃん、やっぱりマナが枯渇してたみたい」
「大丈夫だったのかい?」
「ナタリアさんもこうしてここにいるくらいだから」
「えぇ、あたしもマナの枯渇だと思っていました。鬼人族は、小さいときによくあることなんです。ただデリラはですね、同い年の子と比べると、あり得ないほどマナがあるようですから、今まで起きなかっただけだと思うんですね」
そう言って呆れる表情になってたナタリアさん。
寝てたら治るなら、一安心だね。
俺だって何度も枯渇させたことがあるからさ。
「それとね、僕もやってみたんだ。マリサさんに教わって、あの手法をね」
「あ、ナタリアさん式の」
デリラちゃんがやってみせて、マルテさんの水の魔法が暴発気味になったあれね。
「やめてください。あれはその、あたしが考えたわけではありませんから」
珍しく強めに意思表示をするナタリアさん。
確かに、ナタリアさんも亡くなったお母さんから習ったんだろうし、昔から鬼人族に伝わる手法なのは、ちょっと考えたらわかるんだけどさ。
「まぁ、僕もマリサさんもね、デリラちゃんやオルティアちゃんと同じで、ナタリアちゃんが先生みたいなものだから」
うん、それは否定できない。
デリラちゃんが強力の魔法を教わるのを見て、母さんも父さんも覚えようとしたんだし。
「そ、そんな、あたし困ります……」
あらま、耳の辺りまで真っ赤に染めて照れるナタリアさん、めっちゃ可愛い。
「いいかな?」
「あ、ごめんなさい」
「いやいや、夫婦仲が良いのは素晴らしいことだから」
「父さん、それくらいに」
「あぁ、こちらこそ済まなかった。それでね、あれをやってみた結果なんだけど」
「うん」
「あれがね、強力を使えるようになったきっかけではあったんだ。けどね、僕の方がマリサさんよりも、圧倒的にマナは多いはず。でも、マリサさんほど出力があがるわけじゃないんだ。女性と僕たちの身体の構造的な問題なのかな? とも思った。おそらくなんだけど、マナを蓄積させている器官に多少の違いがあるのかもしれないね」
「なるほど」
……と言ってはみたけどさ、父さんは俺にもわかりやすく話をしてくれてるはず。
なんだろうけど、なんとなくわかったような気になるんだけど結局、よくわかんないんだよね、これが……。
「どちらにしても、女性ならあの手法で出力をあげることができる。そうだね? ナタリアちゃん」
「はい。それは間違いないかと。あたしもそうすることがありますので」
うん。
ナタリアさんもそうしてたよね。
「けれど、僕たち人間だけじゃなく、魔法に精通してるとはいえない種族にとって、ウェル君が聞いた話は、神髄ともいえるだろう。僕が読んできた文献にもなかったことだからね」
「えぇ、あたしも初めて聞きました」
「そういやさ、ナタリアさん」
「なんですか? あなた」
「ナタリアさんはやってみた?」
「何をです?」
「ウェル君。そういうことか?」
「そうです。うまく言えませんけど」
「では、僕がウェル君に代わって説明しようか」
俺が説明すると、くちゃくちゃになっちゃうかもだから、すっごく助かる。
父さんは俺から聞いた話をまとめて、それで説明できちゃうんだから。
もう、尊敬しかないよね。
「まず、前提として、僕たち男はおそらく『出力系』の魔法がうまく発動しない。これはわかるかな?」
「はい。先日教えてもらったので、理解できます」
「デリラちゃんはまだ子供だから、難しいかもしれないんだけどね。バラレック君のところの商会にいる、マルテさんもそう。ナタリアちゃんも、マリサさんもそう。男と違ってそれほど難しくはないはずなんだ」
「……はい」
「ナタリアちゃんは、長い間治癒の魔法を使ってきた。ということはね、出力系の魔法に長けてるということなんだ」
「はい。そう思います」
んー、難しいこと言ってるような気がしてきたよ。
多分、母さんも同じことを言うかもしれないね。
俺と母さん、似てるからさ。
「ナタリアちゃんたち、女の人はさ、火起こしの魔法が使えるでしょう?」
「はい」
「けれど、僕やウェル君。グレインさんには、無理なことなんだ」
「そうですね」
うん、何度も試したけれど、俺も父さんも駄目だった。
鍛冶屋のグレインさんですら、自分の工房にある炉への火入れができないから、マレンさんにお願いしてるって話だし。
領都に前から伝わってる、魔石を使った魔法回路でも火は起こせる。
魔石は安いものじゃないからといって、それでもかなり長い間使えると聞いてる。
でも、火起こしの魔法を使えるナタリアさんたちは、使おうとしないんだよね。
魔法が使えるからだとは思うけどさ。
「そこで、ウェル君がマルテさんから聞いてきた『精霊様』の話。実はこの説、信頼に足るものだと思えるんだ」
「それはどうしてでしょう?」
「もちろん、エルシー様がいるからだよ」
「……言われてみたら、そう、ですね」
「あ、そっか。フォルーラさんが言ってたっけ」
「そう。そのとおり。グリフォン族の族長さんの、フォルーラさんが言うんだ。エルシー様は間違いなく『精霊様』だってね。だから、水、火、風の精霊様。いや、他の属性を持つ精霊様がいるのは間違いないんだ」
「えぇ、お父様の仮説はただしいかと」
「いやちょっと待って、今、『地』が抜けてたんじゃない? それくらい俺にだって――」
「ウェル君。僕が思うにね、地の精霊様は、エルシー様のことだと思うんだ」
「へ?」
「そう思わないかい? 鉄にも魔石にも宿れる。石や土に宿った経験はないかもしれないけど、必要ないから、またはなんらかの理由があってだと思うんだ。いや、他にも土の精霊様はいるのかもしれない。もしかしたら、土の上位精霊様の可能性だってあるんだよ」
「えぇ、そう言われてみると納得できますわ」
「……んーごめん、よくわかんないわ」
「あははは。ウェル君はあまり難しく考えなくてもいいよ。そうだね、考えてごらん? ウェル君の力と、エルシー様との親和性を。少なくとも、『同じ系統じゃないかな?』と思うには、十分すぎるくらいの条件が揃ってるんだ」
どう思う?
父さんは、エルシーが地の精霊様かもしれないって言うんだけど。
『わたしにはよくわからないわ。でもね、フォルーラちゃんも、わたしのことを精霊だと言ってたものね。それ自体は間違いないしょう。けれど、他の精霊さんに会ってみないとなんとも言えないのもまた、正直な話し。クリスエイルちゃんの考えかたは、夢が感じられて良いと思うのよね』
なるほどね、ありがとうエルシー。
『どういたしまして』
「――エルシーもこう言ってるんだけど」
「良かったよ、僕の考え方が、まったくの的外れでなかったってことだとも言えるからね。……さて、話を戻そうか」
「はい」
「うん」
「水、火、風の精霊様が、僕たちの周りにいてくれるものと仮定して進めよう。ここはまず、鬼人族の女性も、最近はマリサさんもできるようになった治癒の魔法について考察すべきだろうね」
「どういうことでしょう? お父様」
「おそらくこれまでの話を聞いたナタリアちゃんなら、想像できる仮説だと思うんだけどね。治癒を司る精霊様は、少なからず存在していて、治癒の魔法を使うに値すると認めれられた女の子に、寄り添ってくれているのではないか? ということさ」
「そう、ですね。全ての魔法には精霊様の力をお借りしていると仮定するなら、そう考えるのが自然なのかもしれませんね」
「うん。よくわかんないわ」
母さん、お願いだからこっち来てくれないかな?
すごく肩身が狭いんだけど。
『マリサちゃん、嫌って言ってるわよ』
まじですか……。
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